第27話 いつもの

 五時十五分、会社の終業のベルが鳴る。

 私はいつものように、作業着をスーツに着替えると、夜の街へと繰り出した。

 いつもの角を曲がり、その先にあるいつものスナックへと向かう。

 そのスナックはうらぶれたビルの二階にある。一階にはコンビニエンスストアーが、三階には麻雀荘の看板が・・・

 

 いつものように、軽いステップを踏んで、狭い階段を一段抜かしでコツコツと上っていく。

 私は曇りガラスのドアーを静かに開けた。

 そこにはいつものように、カウンターの中にマスターがひとり。これまたいつものように、グラスを白い布で拭いている。

 お客はまだ、ひとりもいない。まあ、いつものことだ。


 「やあ、いらっしゃい・・・」

 いつもの挨拶にいつもの笑顔で返し、いつのも席に座る。そう、私の指定席はカウンターの右から二番目。

 私は胸のポケットからタバコを取り出すと、口にくわえた。

 すかさず、いつものようにマスターがライターの火を近づける。

 マスターはいつものように、優しく語りかけてくれる。

 「お飲物は何になさいますか?」

 私はバーボンやコニャックなど様々なお酒が並ぶ棚を一通り眺めてから、いつものようにこう答える。


 「マスター、いつものを・・・」

 その時には、マスターはもうすでにウイスキーのグラスを私の前に置いている。いつものように氷は二つ。

 それをコースターの横にと置いていく。

 マスターは、私がいつもこの店のコースターを持ち帰るのを知っているからだ。そして、いつものようにチェイサーがひとつ。

 私はウイスキーを口に含むと、タバコの煙をひとつ天井に向けて吐きかけた。

 それから、マスターは私の前にいつものようにメニューを広げる。


 「おつまみは、何になさいますか?」

 私はいつものように、こう答える。

 「では、いつものを」

 間もなくすると、私の目の前にはチーズとナッツが入った皿が置かれる。もちろん、いつものように幾つかの干しブドウも混ざっている。

 私はそれらを摘むと、アルコールで潤った口の中に放り込む。

 いつものように、至福の時間がゆっくりと流れていく。


 マスターが急にマイクを向けてきた。

 いつものように、私の十八番をかけてくれたのだろう。私はマイクを握ると、いつものように松山千春の「大空と大地の中で」を熱唱する。


 何杯グラスを重ねただろうか。私はかなり酔ってしまったようだ。

 時計の針は、もう十一時を回っている。いつもの時間だ。

 私はマスターに小声でそっと耳打ちをした。

 「勘定はいつものように月末で・・・」


 マスターはニコッと笑うと、私にこう囁いた。

 「はい、いつものようにですね・・・」

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