第26話 ユニバーサルペットショップ

 ここは巨大デパートの七階にあるペットショップ。

 このショップの入り口の横には、子供が大好きな屋上遊園地へと続く扉がある。そのため、このペットショップはいつも子供連れのお客でいっぱいだ。

 ショップの自動ドアを入るとすぐに女性の電子音の声がする。


 「いらっしゃいませ、ユニバーサルペットショップへようこそ!」


 それに続くように、入り口のすぐ右側にいる大きなベニコンゴウインコが口を開く。


 「イラッシャイマセ、ユニバーサルペットショップヘヨウコソ!」

と、こんな具合だ。

 私は入り口から続くインコや小鳥達のゲージに目を向けながら、さらにショップの奥へと足を進めた。


 それにしても、さすがに巨大デパートのペットショップである。小鳥だけでもゆうに七十種以上を越えている。

 それに、もともとこの巨大デパート、とにかくそのスケールが他のそれとは桁違いに異なるのだ。

 デパートの中には飲食街は当たり前、病院や理髪店、カルチャー倶楽部から温泉、私設幼稚園に交番まで、果ては結婚式場から葬儀屋さんまで揃っている。まるでひとつの街が、すっぽりそのまま建物の中に入ったような感じだ。

 なんと今では、この系列の巨大デパートが、全世界に五百店舗以上もあると言うのだから驚きである。


 しばらくの間、小動物や昆虫などのブースを眺めていた私に、ショップのスタッフが元気な声を掛けてきた。


 「ペットアドバイザーの高橋と申します。何かお気に入りのペットは見つかりましたか?」


 ショップの方針なのだろう、スタッフがお客に声を掛けるときは、必ずこのように名札を見せながら、大きな声で自分の名前を名乗るのだ。

 私は熱帯魚や海水生物のコーナーの場所を聞いてみた。

 そのショップスタッフ、ここでは高橋君としておこう。高橋君は私の前に立つと、素早く熱帯魚のコーナーへと向かう。

 もちろん、途中目に入る様々な動物たちの紹介も忘れてはいない。と、その時、


 ピンポンパンポーン 

 『ご来場のお客様にお知らせいたします。美咲ちゃんという3歳のお子様が迷子になっています。保護者の方は、三階インフォメーションセンターまでお越し下さい』


 天井のスピーカーから、こんなアナウンスが聞こえてきた。

 なるほど迷子が出てしまうもの、こんな巨大なデパートならではの悩みでもあるのだろう。

 私は別に気にとめるわけでもなく、高橋君の後を追う。


 熱帯魚のコーナーに到着すると、今度はそこにいるスタッフ達が挨拶をしてきた。

 「ペットアドバイザーの吉岡です。熱帯魚のブースへようこそ!」

 「私、ここの責任者、ペットアドバイザーの一ノ瀬と申します。ペットのことでしたらどのようなご希望にも添わせて頂きたいと存じます」

 なるほど、名前を名乗るところ以外、後半の下りはみんなバラバラなんだな。などと思いながらも、私はその責任者と名乗る一ノ瀬さんと店内を見て回ることにした。


 一ノ瀬さんは、年の頃なら四十代半ば、優しそうな目と七三にキチッと分けられた前髪とがとても印象的な人である。

 それに、私がするどんな質問にも瞬時に解答を導き出してしまう。彼が語るひとつひとつのうんちくは、まさにペットショップの生きた字引と言っても過言ではない。

 本当に、ペットショップがこんなに神秘的で興味深いところだとは思いもしなかった。


 私がソフトコーラル(海水中に生息する無脊椎生物)の説明を受けていると、中年の夫婦が彼に声を掛けてきた。

 品の良い、どう見ても上流家庭の夫婦といった感じだ。それにきっと、経済的にも恵まれているのだろう、婦人が手にしたバッグは何とかというブランド品のはずだ。


 一ノ瀬さんは、私に手で「すみません!」と小さく拝むまねをすると、その夫婦と話し始める。

 私は目の前にある大きな海水用の水槽を眺めながら、聞くとは無しに聞こえてくる、彼らの話に耳を傾けた。


 「一ノ瀬さん、その節は本当に有り難うございました。お陰様で、私たち夫婦も本当に楽しい人生を歩んでくることができました」

 話の様子からすると、夫婦は以前彼からペットを世話してもらったのであろう。

 夫婦はさらに言葉を続ける。

 「お陰様で先週、家を出ていきました。また、二人だけの生活に戻ってしまいましたよ」

 その言葉に、私は少しの違和感を感じながらも、さらに耳をそばだてた。


 「では、如何いたしましょう、この次は一生保証の付いた子にしてみては?・・・」

 彼は、これまた妙な事を提案しているようであったが、その夫婦は首を横に振りながら丁寧に断っていた。

 「一ノ瀬さん、もう私たちもそれほど若くはありませんもの、今度はワンちゃんにでもしますわ」

 ご婦人は、もうすでに意中の犬がいるのだろう、犬のパンフレットを手にしてはこんなことを言っている。

 それにしても、今度はワンちゃんにするとは、以前は何を飼っていたのだろう? 私はひとり想像を巡らせていた。


 ここでまた館内放送が鳴る。 


 ピンポンパンポーン 

 『ご来場のお客様にお知らせいたします。六階レストランフィールドで宏太くんという4歳のお子様が迷子になっています。保護者の方は、三階インフォメーションセンターまでお越し下さい』

 またしても迷子を知らせるアナウンスが、天井のスピーカーから流れた。

 それにしても、いくら巨大なデパートとはいえ、随分と迷子はいるものだ。


 私は先程から気に掛かっていたあの疑問を、彼にぶつけてみた。

 「一ノ瀬さん、先程のご夫婦はどんなペットを飼われていたのですか?」

 彼は私の顔をまじまじと見ると、小さな声で囁く。

 「お客様も飼ってみますか? ただし、絶対に他言無用ですよ。約束できますか?」

 私は思わず「はい」っと返事をした。

 「わかりました、あなたを信じましょう」

 そう言うと、彼は私をショップの奥の部屋へと導き、もう一度尋ねてきた。


 「この部屋へお通しするお客様は、すべて特別な方達なのです。ですから、ここで見たことはすべて他言無用でお願い致します」

 私は、部屋の向こうにいる様々なペットに頭を巡らせる。


 きっと、その部屋ではワシントン条約で輸入が禁止されている動物が飼われているのだろう? それとも、遺伝子操作か何かで造られた新種なのか?・・・


 彼は何重にも掛けられた部屋の鍵を一つずつ開けながら、こう語りかけてくる。

 「すべて去勢はしてありますので、飼い主に反抗することはほとんどないと思います。大人になったらこちらで引き取ることもできますが、先程のご夫婦のように一生飼いたいとおっしゃる方もいらっしゃいます」


 最後の鍵を開けると、彼はその部屋のドアーを静かに開けた。

 私は彼の背中に続いて、その部屋へと入る。


 一ノ瀬さんは、たくさんのゲージを前に、優しくこういった。


 「さあ、皆さんの新しいご主人様ですよ。ご挨拶なさい・・・」


 部屋の中からは一斉に返事が返ってくる。

 「こんにちは、ご主人様!」


 格子の向こうからは、世界中の国々から集められた、たくさんの子供達が私をその目で見詰めていた・・・

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