第4話 デブで何が悪い!

・高野康弘(43歳)の場合


高野は、毎年メタボ健診で引っかかるような典型的な肥満体形のサラリーマンだ。

医師からは、生活を見直すようにと再三言われているものの、高野自身は、仕方がない、と半ば諦めている。


営業マンとして、ずっと働きづめの高野は、取引の付き合い上、毎週のように遅くまで飲みに出かけている。後輩の面倒見もよく、金曜日には、必ず後輩を連れて、行きつけの飲み屋に行く。高野にとって、そうした付き合いが何よりも自分の楽しみであり、また仕事の成果にもつながっているのだった。人当たりの良い高野は、自分から誘っても嫌な顔をされず、誘われたら喜んできてくれる稀な存在でもあった。


誰が見ても太っているその体は、その代償でもあり、高野にとっては勲章のようなものだった。


しかし、そんな高野がいま、とても暗い表情で落ち込んでいる。『健康度レベル制定法』による判定結果のせいだ。


高野の判定はDだった。


医療費負担は4割に増えるうえに、交通機関の利用についてもこれまでの、1.5倍かかる。肥満からの疾病が多いこと、重量の多さによって、バスや電車の負担が重くなるといったことから、そのような設定額になるとのことだ。


自分の人生は間違っていたのだろうか。

いつも前向きな高野の思考にそんな言葉がよぎる。


働き始めた頃は、まだ標準体重だった。飲みに連れて行ってくれる楽しい先輩が大好きで、仕事もできる人だった。この人のようになりたい、人とのつながりが仕事をよくしてくれる、そう自分のやり方を信じて、ここまでやってきた。


その結果が、これだった。



これまでの人生を否定されたような気分になった。


電車に乗るのが怖くなった。太ってるんだから、高い料金を払うのは当たり前だろう、なんて言われていい気はしない。むしろ、周りの人が今までずっとそんな風に思っていたのか、と思うと、人を信用できなくなった。


この「医療・インフラ負担均衡法」ができるとき、高野は「障害者」とはもっと生活に困難を抱えている人間のことだと思っていた。自由に飲み食いできて、仕事もしている自分は、それには当てはまらないはずだった。


「障害者」にもっと権利を、と言われていた時代があった。障害者の人もいろんなところへ出かけられるべきだし、仕事も自由にできるのが当然だ、と。何より、差別や偏見をなくし、誰もが対等にいられる社会を作ろう。そんな掛け声に違和感はなかった。違和感があったのは、過剰な優遇制度のほうだった。障害者だと割引が受けられる、その割引は、税金によって賄われる。働いている高野たちが、その負担を負っている。

だから、その負担を是正するこの法律には賛成していた。きっと、自分の負担は軽くなるものだ、と思っていたのだ。


しかし、確実に負担が大きくなる「障害者」たちは、法律の成立が確実になるにつれて、「本当に障害を持っているのは私たちだけなのか」と訴え始めた。眼鏡をかけている人は、社会に負担をかけていないか、太っている人はどうだ、とさまざまな「障害」の事例を加えることで、障害者の数を増やし、障害者全体の負担を軽くしようと試みた。

そうした、障害者たちの活動が実った結果、これまで「障害者」と見做されなかった多くの人たちも、この法律の対象となることになった。「障害者」の人たちにとっては痛み分けの苦肉の策だったが、「障害」という言葉によって作られた健常者との壁は、少し無くなったのかもしれない。


少なくとも、高野のような人にとっては、「障害」は自分事になった。



だが、高野にはまだ救いがある。メタボを解消し、標準体重に戻ればその判定は覆るのだから。


しかし、高野はそのことに大きな不安を感じている。

これから先、多くの取引先との飲み会の予定を断らなければならない。

高野の武器の一つであったものが、無くなることは高野の仕事に大きな影響を与えるだろう。

後輩たちの誘いも無くなるのだろう。高野さんは、いま「判定改善中」だから、と。

そんな目で見られることの惨めさ、誘われない寂しさ、それらを想像するだけで、辛くなる。

たった一つの判定で、こんなにも自分の人生を変えられてしまうのか。


俺の何が悪かったというんだ。

こんなに頑張ってきたじゃないか。


デブで何が悪い!


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あなたが弱者になるとき 結城 @lazy-planet

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