白球少年 4
あれから放課後になり、約束通りにグラウンドに足を運んでいた。綺麗に整備されたグラウンドにまだ使い始めたばかりの野球用品の数々。
「まだ創部されたばかりなのかな」
それなら指導者不足で自分が呼ばれるのも納得がいってしまう。
「お早い到着ですね」
「お先にお邪魔しています」
ユニフォーム姿に身を包んだら伊藤さんに挨拶を交わす。男子と同じユニフォーム姿なのに伊藤さんが着ていた品を感じてしまうのは凛とした佇まいのせいなのか。
「他の選手たちはまだ着替え中ですので、よろしければキャッチボールでもしますか?」
「いいですね」
使っていない右利きのグラブをお借りする。伊藤さんから返ってくるボールは綺麗な回転でフォーム自体もクセらしいクセもなくしっかりと基礎を磨いたのだろう。
「伊藤さんは、どのポジションをされているんですか?」
投げ返しながらついでに質問をする。
「由香でよろしいですよ。ありふれた苗字ですし、そちらのがありがたいです」
「そうですか。なら由香さんで」
いきなり呼びつけなのはさすがに緊張してしまう。
「……まあいいですかね。質問ですが、未熟ながら一塁手を担当しています」
一塁手か。てっきり投手でもしているのかと思ってしまった。
「投手とかされないのですか?」
「ふふ、私は野手が必死に守って送球したボールを捕球するのが好きですから」
それは由香さんならではの野球の楽しみ方なのかな。そういう独自の楽しさを持っているのは悪くない。
「由香さんに藍原さんもフライングですよ!」
しばらく続けていると遠くから水無瀬さんの声が響き、そこには他の部員の姿も見える。
「はぁ、光たちがゆっくりしているのが悪いのですよ」
「いやいや、由香さんの着替えが早すぎるのが問題です。男子ですか?」
「……何て言いました?」
会って僅かだが、いちいち一言余分な人だな。また叱られている間に俺の周りに他の部員が挨拶をしに来た。
「私は、
全く気にした様子もなく笑顔で謝罪をした人が水無瀬さんと昼食を賭けていた人か。
「初めまして。わたくしは、
「藍原 宗輝です」
桐生さんは物腰が柔らかいお嬢様みたいな人だな。
「はいはい!僕は
桐生さんとは対照的で明るい福原さんは、水無瀬さんと似た感じで仲が良さそうだな。
「……五人ですか?」
これだと試合が出来ないのでは?
「今日体調不良で休んでいる奴がいるけど、それでも六人で足りないよな」
その須田さんからは特に気にした様子は無さそうだった。
「須田さんは、試合に出れなくてもいいのですか?」
「いや、困るよ?」
当然のように言われてもその本人からは何も危機感が感じられないのですが。
「試合が一番楽しいのは確かだけど、私は今ののびのび野球が出来る環境も好きだからな」
「えー、僕はたくさん試合してたくさん活躍したいよ」
美智瑠さんの言葉が一般的だと思う。俺も試合で活躍したいと思って練習に取り組んで来たし、勝利は何にも変えられない対価だと思う。
「わたくしは初心者ですから出来ればもう少し練習したいですね」
「ハハハ、なら雫はたくさん練習しないとな」
「おっ、皆さん楽しそうにされているではありませんか」
水無瀬さんが、後頭部を擦りながらやってきた。……また叩かれたのか。
「よし、藍原さん。さっそくですが一打席勝負でもしましょうか」
「……いきなりだな」
「物事は常に唐突ですよ。それに女子野球の実力ーー興味ありませんか?」
「ふぅ、いいよ。真剣勝負だね」
本心を言うと女子野球というよりも俺はここの野球部に興味が湧いた。
「ほんとに引退したんですか?」
「あれ、どこかおかしい所でもあったかな?」
これでも素振りとかそれなりにして来たつもりだったんだけど。
「それが無いから驚いているんですよ!何ですかそのスイング、威嚇のつもりですか!」
風を切るような音が何度も鳴り、勝負する相手を間違えたのかと思わずにはいられなかった。
「……光」
「何ですか、美智瑠さん」
マウンドに集まる二人は神妙な面持ちでホームベース付近で素振りを繰り返す藍原の姿を見ていた。
「僕、抑えられる自信ないよ」
「ハハハ、何言っているんですか。配球を考えるのは私ですよ?美智瑠さんは、堂々と投げてください。私はどっしり構えてますから」
「堂々……どっしり」
「そうです」
視線を合わせてお互いに不敵な笑みを見せる。
やっべ、全く配球が思いつきませんよ。まず、藍原さんの苦手なコースや球種とかあるんですかね?
あの雑誌、打撃面よりも守備面ことばかり書いてて、打撃面は内角打ちが得意としか書いてませんでしたからね。
「……藍原さんで特集組んで欲しいものですよ」
水無瀬自身、無茶苦茶なことを言っているが、全く余裕がないためそれに気づいていない。
「水無瀬さん、捕手だったんですね」
美智瑠の投球練習を見ながら藍原が話を振る。
「そうなんですよ。私、同じポジションの藍原さんのファンでした」
「そういう嘘はいいです」
棒読みで言われるファンなら逆にこちらがお断りしたいぐらいだ。
「……アハハ。まあ試合をコントロールしている感じがして好きなだけですよ」
「あー、分かります。俺も打者の反応見ながら狙ったコースに打たせるのとか気持ちいいですし」
「二人とも肩が出来上がったからいつでも行けるよ」
美智瑠さんが、左肩をぐるぐる回して万全をアピールしている。
「さあ、藍原さんーー試合開始と行きましょうか」
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