だいよんわ




キーンコーンカーンコーン。



……だめだ。


 午後の授業も全部終わってしまった。あとは、掃除をして、HRで、帰るだけ……。



俺は騒がしい教室に、またつったっている。


休み時間に声をかけようとも、名前の席順を崩してしまったらもう席も遠いし、何しろ性別も違う。


 彼女には彼女の友達もいるわけで、俺みたいなヤツが近づけるような人じゃない。


それに、彼女を傷つけた野郎だと友人たちが知ってしまったら、俺は死ぬほど叩かれるだろう。どうする、親にまで知られたら。担任どころじゃなくなってしまう。バカにされるどころじゃない、……逮捕だ。


最悪、死刑かもしれない。



そのくらい彼女は、気高く美しいんだ。俺が声を掛けられるような位ではない。


カーストが、違うんだ。



ああ、悪気は、全くないんだけどな……。



机に椅子をひっくり返して乗せて、前に押す。それからみんな各自の掃除場所に行くけど、俺は教室だ。もそもそと、ほうき取りに行く。



テストなんか忘れたような賑やかさが、あたりを埋める。埋め尽くす。俺がいれる空間なんか、ない。



もう、謝るのは無理かもしれない。明日とか引き延ばせば誠意は見えないし、だからといって、今日はもう終わるし。



もう、どうしようもないってことだろ。



別に、いいじゃないか。人ひとり傷つけたことくらい。


俺だって何度も傷つけられてきた。でもあっためてももらえた。カニクリームコロッケみたいな友達が、彼女にはたくさんいるんだから。



……あったかくて、優しくて。



今更さっきのことを掘り返されて、なんだって話だ。


かえって、迷惑になるなら、俺はなんもしないほうがいい。



テキトーに床を掃いて、平然と、淡々と、帰る時間を待っていた。



時間のスピードは、いつもより早いか遅いか分からない。ほんとにあやふやで、記憶もない。気づいたら既にリュック背負って昇降口に立っていた。


 先生今日、なんの話したっけ…。



「……あ」



教室に鍵を置いてきた。別にいいか…いや、よくない。今から乗って帰る自転車の鍵だ。


普段の小さい忘れ物だったら置いて帰るけど、チャリキーとなればそうもいかない。帰れないから。


めんどくさいけど仕方なく引き返して、階段を上がる。2階の教室の、確か、机の上か?


「えっ」

「あっ」



 教室のドア開けると、そこにいたのは、



「ひ、菱田くん、」

「えっと、あ……」



理科の教科書と便覧を胸に抱えている彼女は、驚いたようにしたけれど、怒った様子もなく。


なぜだか、ほほえんだ。



「吉田です、吉田あずみ。こないだ親が離婚して、鶴岡から吉田に変わったの」



…つる、つるおか? りこん?



「ごめん、苗字混ざっちゃったんですよね。さっきは当たってすみません」



脳内真っ白だ。中身がない。



「こっ、こちらこそ! 良くしてくれたのに、名前間違えるし、謝れないし、ほんと、ごめん…」



口から言葉は、話せていた。思ってたこと。

ちゃんと。



……ああ、よかった。



「じゃあ、なかなおりです。はい」



彼女は細くて白い右手をさしだす。それと、彼女の顔を交互に見合わせた。


あ、笑ってる。かわいい。



俺もそっと、右手を出す。




「よろしくね、菱田ひしだ健人けんとくん」

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