(7)

 変わるのが遅いと有名な信号に捕まり、小さくため息が零れた。

 丁度、下校時間なのだろう。街は制服を身に着けた学生達で溢れていた。沢山の学生の中、聖月学園の制服を身に纏う高校生を見かけて、懐かしい気持ちで胸がいっぱいになる。卒業してからそんなに日が経っている訳じゃないのに。それでも、どこか懐かしく感じてしまうのは、楽しい高校生活を聖月学園で送ることが出来たからだろう。

 本当に色々なことがあった。

 あの後、私と志帆は、私達のことで色々と迷惑を掛けてしまったことを、夏希さんに謝った。

 夏希さんも思う所があったのだろう。夏希さんも志帆に謝って、二人は握手を交わした。それから二人とも少しずつ仲良くなっていて、他愛もない話をするくらいには、志帆は夏希さんに対して心を開いていった。

 そして、なんと私と志帆は、夏希さんと美子さんに誘われて生徒会に入った。

 生徒会の仕事は思っていた以上に大変だった。

 学校行事の進行や、裏方の作業。

 学校生活をより良いものにする為の、アンケートやイベントの計画。

 ボランティア活動や、募金活動。

 私と志帆は、生徒会長になった美子さんと、副会長になった夏希さんをサポートするべく、生徒会の業務をこなしていった。

 生徒会に入ったことで、夏希さんと一緒に夢見ていたことも、ついに叶った。

 昼休みになると、昼食は四人で生徒会室で食べた。

 長期休みになれば、四人で旅行に行き、テスト前は四人でファーストフード店や、志帆の家でテスト勉強をしたり、本当に楽しい日々を送ることが出来た。

 スキンシップが多く、よく志帆を揶揄う夏希さんに、そんな夏希さんを冷たくあしらう志帆。二人のやり取りが面白くて、私と美子さんも思わず笑ってしまう。二人とも中々いいコンビだと思う。

 三年生になると、志帆は一年生や二年生の間で人気になり、ファンクラブを作る子まで出てきた。志帆は一年生の子達によく告白をされた。恥ずかしいことに私はその度に嫉妬してしまい、それが原因で喧嘩してしまったこともある。

 高校を卒業して、夏希さんと美子さんは、市内の大学に通っている。

 二人とも相変わらずいい雰囲気で、たまに美子さんから同性愛についての相談を受けたりもする。「早く、くっつけばいいのに」と、志帆は少し不満気だ。

 加奈と理穂からは、今でもたまに連絡が来る。

 二人からは、高校二年の終わり頃に、志帆と一緒に呼び出されて謝られた。

 なんでも、二人の友人の辻村さんが、祐二君と付き合って酷い目に遭ったみたいだ。

 私と志帆は、二人を許した。私も言いたいことが言えなくて、非があったのは事実だし、二人とも凄く申し訳なさそうだったからだ。

 志帆も、私が許すならと、二人の謝罪を受け入れて、許してくれた。

 二人とも、保育士を目指す為に、市内の専門学校に通っていて、忙しい日々を送っているみたいだ。

 母には、ついに彼氏が出来た。今までは年頃の私を気にして、恋人を作るのは控えてくれていたみたいだ。ずっと母にプロポーズを続けている男性がいたらしく、私の後押しもあって、私が高校を卒業して家を出ると、母はその男性と付き合い、同居を始めた。会社に勤めている、物腰が柔らかく真面目な方で、私も安心だ。

 マリアさんは実家に帰って、祖父母の喫茶店のお手伝いをしている。来年には、高校の頃から付き合っている彼氏と結婚して、式を挙げるみたいだ。マリアさんの晴れ舞台を、志帆と二人で見に行くと約束をした。マリアさんのウエディングドレス姿を見るのを、志帆も私も楽しみで仕方がない。

 志帆は、県内の音楽大学に進学した。

 ピアニストになるのが、志帆の夢だ。

 でも、その先に、志帆の本当の夢があるのだと、私は思う。

 ピアノが好きな母の耳に届くような、有名なピアニストになる。

 きっと、それが志帆の夢なのだ。

 志帆のお父さんは、志帆の本当の母の現在について、今も口を閉ざしたままだ。志帆は本当の母に会って、しっかりと話をして、過去の傷と向き合いたいのだと思う。

 正直、私は反対だ。志帆の本当の母が、更生しているのか分からないし、会っても嫌な思いをするだけかもしれない。

 でも、それが志帆の望むことなら、私はそれを一生懸命支えようと思う。

 楽しい日々だけでは無かった。

 志帆と何度も衝突して、喧嘩をしたりもした。

 志帆がストーカーに悩まされたり、私も駅で酔ったおじさんに無理矢理キスをされたり、理不尽で悲しいこともあった。

 振り返ってみると、本当に色々なことがあった人生だった。

 それでも今は、生きていてよかったと、心の底からそう思える。

 いつか、親友だったあの子と街ですれ違ったら、私は堂々と胸を張って、あの子の横を通り過ぎようと思う。

 以前の私では考えもしなかっただろう。

 でも、今の私は、怯えて泣いてばかりだった、あの頃の私ではない。

 守るべきものが、大切なものができたのだから。

 マリアさんが運転していた高級車を、今は私が運転している。

 最初は緊張して、がちがちだった車の運転も、今では安心して乗れると、志帆のお墨付きだ。

 歩道を歩く学生の姿を横目に思い出に浸りながら、駅の横にある送迎用の駐車レーンに車を駐車して、志帆を待つ。

 今日の夕飯は何にしよう。そういえば、志帆がハンバーグが食べたいって言ってたっけ。

 でも、昨日作ったカレーがまだ沢山余っているから、今日もカレーを食べないと。

 なんてことを考えていると、駅を出る志帆の姿が目に入った。

 志帆が私に気付いて、車に駆け寄ってきた。車のドアのロックを外して、志帆が車に乗り込む。荷物を膝に置き、シートベルを絞めようとする志帆に向かって、

「お疲れ様」

 労いの言葉を掛ける。

 志帆が微笑んだ。そして、私に身体を寄せて――浅いキスをした。

 突然の志帆の行動に、思わず顔が熱くなる。

「見られちゃうよ……ばか」 

 志帆が照れくさそうに微笑んだ。そして、か細くて綺麗な声で、私に言った。

「ありがとう。くるみ」

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ユキノシズク 宇月零 @utukirei

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