(7)
その日の夜、私は夏希さんに電話で事の顛末を話した。
恐らくあの時、私と夏希さんが抱きしめ合う所を志帆は見ていたという事。
きっとそれが理由で、志帆は夏希さんに対して異様に冷たい態度をとるのだという事。
誤解を解くために、志帆の傍に居たい事。
しばらくの間、学校で夏希さんと話すことが出来ないという事。
何度も涙を堪えながら口にし、夏希さんはそんな私を慰めて、二つ返事で承諾してくれた。
それから私と夏希さんは、学校で関わるのを一切やめた。
学校では夏希さんと一言も喋らないしお互いに干渉したりもしない。
それでも、夜になると時々、夏希さんは電話で私と志帆のことを気に掛けてくれた。そうしているうちに、私も志帆のことを相談したり、夏希さんと学校で話せない代わりに電話で他愛のない話をするようになって――いつの間にか、独りの夜に夏希さんと電話をすることは私の日課になっていた。
夏希さんと関わることをやめられるわけがなかった。
だって夏希さんは大切な友達なのだ。
またあの時のように、いじめに遭うのではないかと怖くなる時もある。
それでも、そんな不安を掻き消すほど、夏希さんはこんな私に優しくしてくれて――、
本当に最低だと思った。
夏希さんと関わることを一度でも否定してしまい、そして、志帆に隠れて今も夏希さんと関わっている。二人を裏切るようなことをしている、弱くてずるい私は、どうしようもなく最低だ。
日に日に志帆に首を絞められる頻度は増えた。きっと志帆は、私と夏希さんが今も連絡を取り合い関わっていることに感づいているのだろう。
何か気に障ることがあると志帆は、私を呼び出し、人気の無いトイレや廊下でキスをしたり行為を求めた。首を絞める行為も、段々と要領を得て、意識を失いそうになるぎりぎりのタイミングまで、何度も何度も、首を絞めるようになった。
いつからか、私は志帆に気を遣うようになっていた。
志帆を不安にさせないように、志帆の気に障らないように、今日は首を絞められないようにと、常に志帆の顔色を窺い、怯えて過ごす日々は、まるでいじめに遭ったあの頃のようで――
夜な夜な優しかった志帆の影を思い出して涙が零れた。
楽しかったあの日々はもう戻らないのだと、自分が壊してしまったのだと思うと胸が張り裂けるように痛かった。
いじめられていたあの時のことを、夢で見ることが多くなった。
眠れない日々が続いた。
何も喉を通らない日々が続いた。
ある日、私は学校で倒れた。
誰かの言い争っている声が聞こえて目を覚ました。
頭が酷く痛む。身体に力が入らなくて、起き上がるのがままならない。
適度な空調に、独特の匂い。白い清潔なベッドとカーテンから、ここが保健室なのだとすぐに理解できた。
「――いつまでくるみちゃんを苦しめれば気が済むの」
夏希さんの声だ。
何かが倒れて、物が落ちる音がした。
「こんなことしたって、くるみちゃんが悲しむだけだよ!」
抵抗する様に夏希さんと誰かが暴れている。
嫌な予感が胸をよぎった。
なんとか身体を起こし、恐る恐るカーテンを開いた。
目の前の光景に、思わず息を呑んだ。
倒れる椅子や机。床に散らばる体温計や本。その中で、夏希さんは志帆の身体の上に跨り、床に押し付ける様に志帆の手首を抑えていた。
怒りで敵意を剥き出しにして抵抗する志帆。夏希さんの首は、私が志帆に首を絞められた時の様に酷く赤くなっていて――、
「――なにしてるの」
二人の動きがぴたりと止まった。
「……くるみちゃん」
夏希さんが申し訳なさそうに俯いた。志帆の手首を離し、志帆の身体の上から降りて、ゆっくりと立ち上がる。
志帆もゆっくりと身体を起こして、制服についた埃を掃った。
志帆が私の方へ向かってきた。
私の手を掴んで、ここから離れようと私に促す。
「答えてよ、なにしてるの」
思わず声が大きくなった。
志帆が驚いたように私を見た。
志帆の手を振り解き、問いかける。
「どうして……こんなことするの……」
私の問いに、志帆はただ俯く。
涙が溢れた。怒っているのか、悲しんでいるのか、自分でもよくわからない。
疲れた。どれだけ志帆の誤解を解こうとしても、もう私にはどうしようもできない。
もうどうしようもないのだ。
どんなに志帆のことが好きで、どんなに志帆を想っていても、もうあの頃の志帆はそこにはいなくて、いつか夏希さんと美子さんと志帆と私の四人で思い出を作ろうなんて言ったくれた夏希さんを、こんな目に遭わせてしまって――、
自然と怒りが消えた。悲しさも消えた。残ったのは諦めと喪失。
戸惑う志帆の目をしっかりと見据えて、私はそれを口にする。
「もう……私に関わらないで」
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