(6)
ショートホームルームの終わりを告げるチャイムが鳴り、放課後が訪れた。
廊下でキスをされてから、志帆の私への態度は他人行儀で、どこか心の距離を感じた。
志帆は足早に帰り支度を済ませると、私の横を通り過ぎた。
きっと志帆は私が夏希さんを抱きしめるところを見ていたのだろう。
そう考えると、志帆が夏希さんに対して、異様に冷たい態度を取る理由も納得できた。
無神経な自分の行動に腹が立った。誤解を解かないといけないと思った。
夏希さんのことは好きだけれど、それは志帆への好きとは別のものだ。それでも志帆にとっては、私が志帆を抱きしめるのと同じような意味に感じたのかもしれない。
――怖かった。
志帆と上手く行き、先を往く私を、夏希さんは妬み、嫌うのではないかと。
そして、それが原因となって、またあの時のように、いじめに遭うのではないかと。
相変わらず臆病な自分に、嫌気が指した。
夏希さんにこんなに良くされているのに、こんなに優しくされているのに、私は夏希さんのことを信じきれなくて怖いのだ。
でも、それはきっと、志帆も同じなのだろう。
だから、あんな監禁みたいなことを、私にしたのだろう。
そう考えると、志帆の不可解な行動の理由も少しは納得できた。
きっと不安だったのだろう。
夏希さんに気があるのではないかと。
本当は夏希さんのことが好きなのではないかと。
誤解を解かないといけないと思った。
志帆以外の人と付き合うなんて、志帆以外の人を好きになるなんて、私には考えられない。
私はどうしようもなく、志帆のことが好きなのだ。
「……くるみちゃん?」
気が付くと、夏希さんが心配そうな表情で私の顔を覗き込んでいた。
「白鳥さん行っちゃったけど……いいの?」
夏希さんが首を傾げながら、私の顔を窺う。
相変わらず夏希さんは優しい。
嫌われるのではないかと、過去に傷に囚われて、夏希さんを疑う自分が酷く惨めに感じた。
「その……夏希さん」
「どうしたの?」と首を傾げて、夏希さんが不思議そうに私を見つめる。
「昨日の返信……ごめんなさい」
頭を下げて、夏希さんに謝った。
恐らく志帆が消したのだろう、夏希さんがどんなメッセージを送ってきてくれたのか、志帆がどんな言葉を使って夏希さんに返事をしたのか、履歴には何も残っていなくて私には分からない。
それでも志帆の分まで、迷惑をかけてしまった事を謝らないといけないと思った。
「……ううん、気にしてないよ。返信したの……くるみちゃんじゃないんでしょ?」
思わぬ言葉に、
「……どうして」
「なんだか素っ気なかったし……文面もくるみちゃんっぽくなかったから、そうなんじゃないかって薄々感じてた。でも確信出来たわけじゃなくて……もしかして、白鳥さんと何かあった? 私のせい……?」
「いえ……。夏希さんは……何も」
私の言葉に夏希さんは、
「そっか……。でもほら、早く白鳥さんを追いかけないと」
そう言って、ぽんっと優しく私の肩を押して、
「私のことはいいから、早く行っておいで」
屈託の無い笑顔でそう言って、私を送り出してくれた。
急いで正門を出て、走って志帆を追いかけた。
セミが忙しなく鳴いている。汗で制服が肌に纏わりついて余計に暑さを感じた。
急がないと。まだ、そう遠くまで行っていないはずだ。
久しぶりに走ったせいか、脚が重たい。
胸が揺れて、少し痛い。一年生の頃はそんなことなかったのに。この頃、少し胸が大きくなってきたようなそんな気がする。
途中で何度も転びそうになりながら、がむしゃらに走り続けた。
聖月学園からバスターミナルに向かう途中の、中間地点辺りにある大きな橋の上を志帆はひとりで歩いていた。
きゅっと志帆の手を掴むと、志帆が驚いたように振り向いた。
息をするのが辛くて、言葉が出てこない。
少し呼吸を整えて、なんとか言葉を捻り出した。
「……待ってよ志帆」
一瞬、今にも泣きだしそうな表情を見せると、志帆は私から視線を逸らした。
「志帆が好きだよ。誤解なの」
志帆が私を見た。
「夏希さん……美子さんのことが好きで……相談にのってたの。それで、夏希さん……美子さんに告白したんだ……。でも、上手く行かなくて……だから……」
言葉が出てこない。伝えたいことが沢山あるのに、上手く言葉が出てこない。
ゆっくりと私の手を解き、志帆がメモ帳に言葉を書き込んだ。
そして、いつもに増して真剣な表情で、志帆はメモ帳を私に見せた。
「藤原さんと関わらないで」
――志帆は続ける。
「それが出来ないなら、もう私に構わないで」
それは、拒絶の言葉だった。
胸が痛んだ。ずきずきと、胸を蝕むように痛んで、私を掻き乱す。
まるで自分を嘲笑うように悲し気に微笑んで、志帆が私に背を向けた。
どうしてこうなってしまうのだろう。
志帆が歩き出した。
志帆が遠ざかっていく。
私を振り向くことなく、置き去りに。
「待って……」
咄嗟に志帆の手を掴んで、
「……分かったから……関わらない……から……」
気が付けば、そう口にしていた。
志帆が振り向いた。優しく微笑んで、そして私を抱きしめた。
少しの間、私を抱きしめると志帆は身体を離して、いつものように優しく微笑んだ。
私もなんとか微笑んで、志帆に応えた。
志帆がメモ帳に言葉を書き込む。
「マリア帰るの遅くなるみたい」
「……うん。家……寄ってもいい……?」
脳裏をよぎるのは、夏希さんの笑顔。
胸の痛みが治まらなかった。
どこか申し訳なさそうに、志帆が私の手を握った。
私も志帆の手をぎゅっと握った。
離れないように、離さないように手を握り合って、私と志帆は歩き出した。
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