(5)
それから私は意識を失った。
どれくらい意識を失っていたのだろうか。私が意識を取り戻すと、志帆は冷静で、そっと私の身体を抱きしめて、何度も頭を優しく撫でた。
どうしてこんなことをするのか志帆に訊くと、志帆はその答えの変わりに私にキスをした。そして、そのまま私の身体のあらゆる所に口づけをして、行為を始めた。意識を失っている最中も、目を覚ました後も、目隠しや、私の手首の拘束はそのままで、それでも、行為中の志帆は優しくて、一つ一つの行動に、私への好意や思いやりを感じた。
私はひたすらに志帆の行為を受け入れて、志帆を満足させることに集中した。
行為の途中、志帆は何かを思い出したように身体を震わせると、私の手首の拘束を外し、私の手を動かして、自分の首に添えた。
その時の志帆がどんな表情をしていたのか、目隠しをされたままの私には分からない。それでも、私の手を握り、私に首を絞めるように促すときの志帆は、恐怖と諦めに染まり、このまま死にたいと願っているように感じた。
行為を終えた後も、私の拘束が外れることは無かった。
食事、入浴、排泄、私は志帆の管理で全てをこなし、志帆は片時も私の傍を離れなかった。
幸いにもトイレに行く回数は普段より少なく済んで、それでもしている所を見られるのはやっぱり抵抗があって、加えて目隠しをされている分、音には敏感で恥ずかしくてどうにかなってしまいそうだった。
求められるがままに求めて、その日の夜、志帆は私を拘束する物を全て外した。
拘束を外した後の志帆は、まるで嫌われるのを覚悟しているように、素っ気なくて、余所余所しい態度で――、
そんな志帆を、私は後ろから抱きしめた。
それでも、志帆が好きだった。
強張っていた身体がゆっくりと解れて行って、いつものように大好きだよと囁くと、志帆はすぐに眠りに就いた。
ふと、目についたのは無防備に晒された太ももの付け根にある、自傷の傷。
また増えている。目にする度に、何もできない自分の無力さに胸が痛くなる。
私はどうすればいいのだろう。
どうすれば志帆の傷を癒せるのだろうか。
ふと、自分が泣いていることに私は気づいた。
何とかしようとすればするほど、おかしくなっていく志帆の行動に、自分の無力さに、私はいつの間にか涙を流すようになっていた。
「くるみちゃん……?」
夏希さんの手が肩に触れて、我に返った。
気が付くと夏希さんが心配そうな表情で、私の顔を覗き込んでいた。
昨日の出来事で頭がいっぱいで、ついぼうっとしてしまう。
「どうしたの? 今日ずっと様子おかしいよ」
「気のせいです」
何とか微笑んで、夏希さんに答える。
「昨日は……ごめんね」
突然、夏希さんが申し訳なさそうに言った。
「昨日……ですか?」
「うん。忙しいのに長々と付き合わせちゃって」
訳の分からないまま、夏希さんが申し訳なさそうに俯いてしまった。
「一体なんのこと――、……志帆……」
気が付くと、私の隣には志帆がいた。
志帆が私の手を掴んだ。そして、そのまま強引に、教室を後にしようと廊下へ連れ出される。引かれるがままに連れられて、
「ま、待って。次、移動教室だから……」
弱まった志帆の手を解き、机の引き出しから教科書と筆入れを取り出した。
訳がわからない。私が何かしただろうか。
夏希さんと目が合った。何かを察してくれたのか、夏希さんは首を横に振ってくれた。
夏希さんに頭を下げて、志帆を追いかけに教室を後にした。
早足で追いかけると、人気の無い第一音楽室と第二音楽室のある廊下を志帆は歩いていた。
「なんで怒ってるの……」
私に振り向くことなく、志帆は歩みを続ける。
「私、何かした……?」
夏希さんに謝られた理由に、一つ心当たりがあった。
昨日、目を覚ました時、志帆が私のスマートフォンを弄っていた事だ。その相手がきっと夏希さんだったのだろう。
「……夏希さんになんて返信したの」
志帆が足を止めた。やっぱりそうだ。
「どうして……そんなことするの」
志帆の傍に駆け寄って、
「夏希さん、悪い人じゃないよ。志帆とも仲良くなりたいって――」
突然、志帆が私を抱き締めた。
「……志帆」
志帆を抱き締めようと、私も手を伸ばそうとした。
でも、志帆の身体はゆっくりと離れて――、
目が合った。悲し気に微笑んで、志帆は私の頭を撫でる。
まるで、愛おしむように。
まるで、諦めるように。
立ち尽くす私に、浅いキスをして、志帆は第二音楽室へ入っていった。
置き去りにされたまま、近づいてくる生徒達の楽しそうな話し声を蚊帳の外に、私はゆっくりと思い出す。
――あの時、この場所で。美子さんに振られて落ち込んでいた夏希さんと、抱きしめ合ったことを。
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