(3)

「そこ……舐めるの……?」

 私の言葉に、志帆が不思議そうな表情で首を傾げた。

 息が掛かって恥ずかしい。変な匂いがしないかとか、おかしい形をしていないかとか、心配や恥じらいで志帆の顔を離そうと抵抗するも、そっと私の手を押しのけて志帆は行為を再開した。

 厭らしい音が部屋中に響き渡る。必死に声を抑えながら、少しでも志帆の顔を離そうと抵抗した。

 気持ちいい。それと同じくらい恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうだった。


 志帆と付き合い始めて、二週間が経った。

 キス止まりだった私達の行為は枷を外したように、その先へ進んだ。

 志帆はそういった行為に手慣れていた。行為中の志帆は妖艶で淫らで、直視できない様な行為を私に曝け出し、そして、私に求めるようになった。

 勿論、そんな志帆も愛おしい。けれど――、

 誰にそのような行為を教わったのだろう。

 私が初めての相手ではないことは明らかだ。想像すると胸が痛んだ。胸を掻き乱しているのは、不安と嫉妬。それでも、その答えを訊くことなく、私は志帆の行為を受け入れた。

 志帆が行為を止めて、キスをしてきた。

 深いキス。求められることが嬉しくて、幸せで、私も志帆を求めるようにキスで答える。

 長いキスを終えると、志帆が恥ずかしげに下着を脱いだ。

 行為中、志帆は上着を脱がない。どうにも身体の傷や痣を見せることに抵抗があるようだ。

「気にしないから脱いでほしい」そう伝えると、志帆は申し訳なさそうな表情で首を横に振る。だから、それ以降は何も言わないようにした。少しずつでいい、今は無理かもしれないけれど、少しずつでいいから、その痣や傷を私に打ち明けてほしい。

 深いキスを繰り返した。志帆は昂ると私に跨り、そして、自分の物を私に曝け出した。

 志帆が恥ずかしそうに視線を逸らす。何もせずにそのまま見つめていると、物欲しそうに私の頭を撫でてきた。

 可愛い――、どうしようもなく可愛くて愛おしくて、理性が飛びそうになるのを必死に抑えた。

 焦らすように周囲を愛でながら、ゆっくり志帆の物に舌を這わせる。志帆の身体が一瞬跳ねて、志帆の荒い息と、志帆の物を愛でる厭らしい音が部屋中に響き渡る。

 ふと、目についたのは太ももの付け根に刻まれた傷。

 その傷は、太ももの付け根を覆いつくように、直線で規則的に×印を描いて、そこに刻まれていた。

 新しい傷を見つけた。まだ赤みの残った深い傷が痛々しい。

「また切ったの……?」

 私の言葉に、我に返ったように目を見開くと、志帆はそっと私の身体を降りて、傍らにあったタオルケットで傷を隠した。

「……怒ってないよ」

 身体を起こして、俯いてしまった志帆を抱き締めた。ほんのりと温かい志帆の体温が伝わってくる。

 初めて、志帆の自傷の跡を目にしたときは、心底驚いたし、思わず涙を流してしまった。

 志帆がどうして自分を傷つけているのか、理由は分からない。

 それでも、これ以上自分を傷つけてほしくないと告げると、志帆はもう自分を傷つけないと約束してくれた、はずだった。

 ゆっくりと志帆を押し倒して、深いキスをした。

 首筋から胸、腹部へ舌を這わせた。志帆の自傷の跡を、指でなぞり、そして口づける。

 志帆が抵抗する様に、私の頭を抑えた。

 少しでも自分を許してあげてほしい。傷も全部、私が受けとめるから、だから、どうか一人で抱え込まずに、私を頼ってほしい。

「……志帆……?」

 異変に気が付き、顔を上げる。

 志帆は震えていた。まるで何かを思い出したように、怖い悪夢をみているように、身体を強張らせて、怯えるように目を閉じて震えていた。

「大丈夫だよ……?」

 冷たくなってしまった志帆の身体を、ひたすらに抱きしめた。

 声は届かない。それでも、取り乱す志帆を抱きしめ続けた。

 志帆が私の身体を離そうと、必死に押しのけようとする。

「大丈夫だよ、大丈夫……」

 思わず涙が零れた。過去に何があって、どれ程の傷を志帆は抱えているのだろう。

 ただ抱きしめることしか出来ない自分の不甲斐なさに、胸が痛んだ。


 志帆が落ち着きを取り戻すと、私達は行為を再開した。

 何度も果てて行為を終えると、志帆は深い眠りに落ちた。

 朝、学校で会えば隈を作ってきたり、授業中もぼうっとして、足取りもふらふらだったり、この頃あまり眠れていないようだ。

 志帆があんな風に取り乱すようになったのは、つい最近だ。

 理由は分からない。志帆に訊いてみても、話を逸らされたり、キスで口を塞がれて上手くはぐらかされてしまう。

 これ以上、志帆に自分を傷つけてほしくない。それでも、何もできない自分には自傷する志帆を責めることが出来なかった。

「大好きだよ」

 静かに寝息を立てて眠る志帆の身体にタオルケットを掛けて、頭を撫でた。

 ベッドの上に脱ぎ捨てられた制服を身に着けて、志帆の部屋を後にする。

 一階に降りると、リビングに明かりがついていることに気が付いた。

「あら、くるみちゃん」

「マリアさん。お邪魔してます」

 読んでいた本をテーブルに置き、マリアさんがソファーから立ち上がった。

「ちょうど夕食が出来たから、どうしようか訊きに行こうと思ったところだったの。志帆は寝ちゃったかしら……?」

「はい。最近あまり眠れていないようで……」

「寝かしつけてくれてありがとう。珈琲を淹れようと思うのだけど、くるみちゃんもどう?」

「頂きます。ありがとうございます」

 マリアさんに座って待っているように言われて、ダイニングテーブルの椅子に腰かけた。

 珈琲の良い匂いが漂ってくる。

 毎日のようにお邪魔しているのに、マリアさんは嫌な顔一つしない。

 好きな人と、お姉さんの様な人と、一緒に過ごすことの出来るこの家での時間は、温かくて、かけがえのない時間だ。

「おまたせ、くるみちゃん」

 マリアさんが珈琲を運んで来てくれた。

 小さく息を吹きかけて、少しずつ珈琲を口に運ぶ。

「……美味しいです」

「ふふふ、よかった」

 マリアさんが微笑んで、対面に腰掛けた。

「いつもお邪魔してすみません……」

「気にしなくていいのよ。毎日来てほしいくらいよ。あの子も、凄く嬉しそうだし」

「そう言って頂けて嬉しいです……」

 マリアさんは本当に優しい。

 たまに意地悪だけれど、優しくて、落ち着きがあって、話しを親身になって聞いてくれる。

 ふと、脳裏に浮かんだのは、私達の関係のこと。私と志帆の関係を知ったら、マリアさんはどう思うのだろうか。

「ところで、志帆との交際はどう?」

「――――っ!!}

 珈琲を吹き出しそうになり、咄嗟に口を押えた。

「っ……、ど、どうして」

「お姉さんの目をごまかせると思ったら大間違いです」

 マリアさんが満面の笑みで両手を腰に当てた。

「で、どうなの? どこまで行ったの?」

「え、あ、その……」

 恥ずかしい。自分でもわかるくらい顔が熱くなっている。どうしてマリアさんが知っているのだろうか、もしかして、声が漏れてたり――、

「冗談よ。志帆から時々相談を受けててね、なんとなく知ってたの」

「そ、そうだったんですね……」

 マリアさんが珈琲を口に運んだ。とりあえず落ち着こうと、私も珈琲を口へ運ぶ。

「どこか、デートに行ったりしないの?」

 揶揄っている訳でもなく、ごく自然に、当たり前のように、マリアさんは私に言った。

「マリアさんは、同性なのに付き合うって……その、変だと思わないんですか」

 私の問いに、マリアさんは懐かしむように宙を見ると、

「私ね、彼氏がいるの。遠距離なんだけどね。だから、私は男の人と付き合えるし、女の子を好きになったことがないから、くるみちゃんや志帆の気持ちはわからないけれど、でも、変だとは思わないわ」

「……マリアさん」

「くるみちゃんや志帆以外にも知ってるの、同性を好きになっちゃう子。よく通うバーで出会った女の子も彼女と同居してるみたいだし、どっちも行けるなんて子もいるし。それに、もし私が多感な学生の時期に、志帆やくるみちゃんみたいな、可愛くて健気な女の子に好意を寄せられたら、私も恋に落ちちゃったかもしれないわ。色々と公に出来ないだろうし、障害もあると思うけれど、でも応援してるのよ、私」

 そう言うマリアさんの表情は、とても優しくて、

「あの子のことをお願いね。くるみちゃんと仲良くなれて、本当に嬉しそうだから」

「……はい。ありがとう、マリアさん」

 温かい。マリアさんが淹れてくれた珈琲の温もりも重なり、心と身体が温かくて、そして、安心した。

「ところで、くるみちゃん。再来週の土曜と日曜って空いてるかしら……?」

「まだシフトを出してないので、全然空いてます}

「そう! よかった」

 嬉しそうに両手を合わせて、申し訳なさそうに首を傾げると、マリアさんは言った。

「二日間、用事があって帰省しないといけなくて、もしよかったらでいいのだけど、志帆の面倒を見るのを兼ねて、うちに泊まりに来てくれないかしら?」

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