(7)

 私達は、その行為を続けた。

 部屋に二人きりになると、どちらからともなくキスをする。

 ベッドに押し倒されてもすることは変わらない。

 志帆は私に、ひたすら深いキスをした。頭がふわふわして、身体が切なくなって、何も考えられなくなって、そんな私の様子を見ると、志帆は熱い私の下に脚を押し付けてくる。思わず声が漏れる。恥ずかしくて、もっと触れてほしくて――、そんな期待も虚しく、そこから先へ進むことはなかった。

 行為が終わると、志帆は私を抱き締める。

 火照っている私の身体とは対照的に、行為を終えた後も、志帆の身体はひんやりと冷たくて、私だけが勝手に熱くなっているようで恥ずかしいけれど、それ以上に、私の下からは密のように何かが溢れていて、慰め方を知らない私は一生懸命意識を逸らすことしか出来なかった。

 綺麗にしてくれているだけ。

 ただそれだけなのだと、行為を続ける度に私は、自分にそう言い聞かせた。


 放課後になると、志帆が珍しく私の家に寄りたいと言ってくれた。

 二人でバスターミナルへ向かい、やってきたバスに乗り私の家へ向かう。

 衣替えの期間がやってきた。

 温かくなってきたので、衣替えの期間が始まってすぐに私は夏服に替えた。

 志帆はまだ冬服のままだ。暑くないのか疑問に思い志帆に訊くと、夕方はまだ少し肌寒いしようで、加えて半袖はあまり好きじゃないみたいだ。

 バスを降りて自宅までの道を歩いていると、志帆が手を繋いできた。

 制服の袖から志帆の白い肌が見えた。

 そういえば、志帆が肌を出すところを私はあまり見たことがない。

「志帆の手って、冷たくて気持ちいい」

 私がそう言うと、志帆はそっと微笑んで私の手を更に握ってくれた。


 鍵を開けて玄関に足を踏み入れると、蒸し暑い空気が流れ込んできた。

「ちょっと換気してくるね。待ってて」

 靴を脱いで、急いでリビングの窓を開けた。

 起床してから呑んだのだろうか、ソファーの周りにはビールの空き缶が幾つも転がっていた。

「……まったくもう」

 空き缶を抱えて、台所へ運んだ。後で中を洗わないと。

「ごめんね。お待たせ」

 志帆がリビングに来た。

「エアコンつける?」

 首を横に振って、志帆が微笑んだ。

「ちょっと他の部屋も換気してくるから、ソファーでゆっくりしてて」

 マンションの三回なので心配は少ないかもしれないけれど、母は家を出る際に戸締りを徹底している。女二人で生活しているので当然と言えば当然なのだが、夏場は帰宅すると熱気が家に篭って大変だ。

 自分の部屋の窓を開けた。ベッドの上のパジャマと部屋着を畳んで、ローチェストの上に置いた。母の部屋に入ると、服や下着が脱ぎ散らかしてあって、足場がなかった。

「こんな所にもビールの缶……」

 ベッドの周りに転がっているビールの缶を拾い上げ、なんとか足を踏み入れて窓を開けた。

 リビングに戻ると、ソファーに座る志帆がスマートフォンで誰かとやり取りをしていた。

 ビールの缶を台所に運んで、志帆の隣に座った。

「マリアさん?」

 私に気がつくと、志帆が頷いた。

 今時の女子高生なのに、志帆は学校でも外でも、あまりスマートフォンを弄らない。

 志帆がスマートフォンを弄るのはマリアさんに連絡を取る時が殆どだ。

 ふと、強い風がリビングに吹き入れた。

 髪を押さえて、志帆が再び窓の外を眺める。

 思わず見惚れていた。志帆がそこにいるだけで、変わりないリビングの一室が、特別な場所に感じる。

「うちに寄りたいだなんて珍しいね」

「迷惑じゃない?」

 志帆が心配そうな表情で、メモ帳を見せた。

「全然そんなことないよ。むしろ、嬉しい」

 私の言葉に、志帆が微笑んだ。そして、メモ帳に言葉を書き込んだ。

「今日は帰りたくない」

 志帆が見せてくれたメモ帳には、そう書かれていて、

「マリアさんと何かあったの……?」

 志帆が首を横に振る。そして困った表情でメモ帳の言葉を書き込んだ。

「母が来てるから」

「東京に住んでるんだよね……? 会わなくていいの……?」

 志帆が頷いた。

「本当の母じゃないから」

 そう書かれたメモ帳を見せる志帆の表情は、どこか寂し気で――、

 私が言葉を口にする前に、志帆がメモ帳に言葉を書き込んだ。

「くるみのお母さんは優しい?」

「……うん。色々と気に掛けてくれたり、私の家はお父さんがいなくて、裕福じゃないのに、高校も私立なのに嫌な顔せずに背中を押してくれたり……優しいよ」

 嬉しそうに志帆が微笑んだ。そして、再びメモ帳に言葉を書き込むと、

「寂しくない?」

 今度は心配な表情で、メモ帳を私に見せてくれた。

「寂しくないっていえば嘘になるかも……。家に帰ると誰かがいるのって……少し憧れなんだ。だから、志帆の家に行くと楽しい」

 思わず弱音を吐いしまい。

「へ、変な意味じゃなくて、ほら、風邪ひいた時とか、心細いし……家事とかしないとだから、その」 

 志帆がメモ帳に言葉を書き込んだ。そして、どこか真剣な表情でメモ帳を見せてくれた。

「その時は、私が看病する。傍に居る」

 メモ帳には、そう書かれていて、

「本当に……?」

 志帆が頷いた。そして、私の頭を優しく撫でてくれた。

 自惚れもいいのだろうか。

 志帆は私のことを、どう思っているのだろうか。

 キスをするのは、ただ慰めてくれているだけなのだろうか。

「志帆は……どうしてそんなに優しくしてくれるの」

 この前の答えだけじゃ足りない。

 きっと、私はその先の答えを探している。

 ゆっくりと志帆の顔が近づいてきて、私にキスをした。

 浅いキス。志帆は唇を離すと、再び私の頭を撫でた。

 曖昧な返事を私にして、志帆は微笑む。

「志帆の本当のお母さんは……? どんな人だったの?」

 志帆の動きが止まった。

 私の問いに、

「ん……」

 志帆は私にキスをする。

 舌を入れてきた。まるで、私の口を塞ぐように、深いキスを繰り返す。

 求めるように、求め合うように舌を動かして、志帆を感じた。

 身体中が切なくなって、頭がふわふわする。

 唇を離すと、唾液が糸を引いた。

 少しの間見つめ合い、どちらからともなく、再び深いキスをする。

 長く、深いキスを終えると、志帆が私をソファーに押し倒した。そして、私の下に脚を押し付ける。思わず声が漏れそうになり、必死に抑える。

「……綺麗にして欲しい所があるの」

 志帆が首を傾げた。

「胸……舐められたの。だから、その……気持ち悪くて」

 優しさに付込んで、欲を満たそうとしていることに罪悪感を感じながらも、触れてほしくて堪らなかった。

 志帆が微笑んで、頷いた。私の制服のボタンに手を掛ける。

 志帆の腕を掴んだ。志帆の視線が私に向けられる。

「ここじゃ嫌……。ベッド……行こ……?」


 自室のベッドに押し倒されて、見つめ合う。

 切り揃えられた前髪から覗く、右目の泣きぼくろ。

 志帆に触れたくて、触れてほしくて堪らなくなる。

 深いキスをした。求め合うように舌を動かす。

 厭らしい音が部屋中に響き渡る。キスを止めると、志帆が私の制服のボタンを外した。上から一つずつ、ゆっくりと。制服を捲られて、下着が露わになる。

 恥ずかしい。どうにかなってしまいそうな程、身体が熱い。

 志帆が下着越しに胸に触れた。

「んっ……」

 私の様子を窺うように、志帆がゆっくりと私に触れる。

 果実に迫り、優しくそこに触れた。

 身体が小さく跳ねる。息が荒い。声が漏れてしまい恥ずかしい。

 志帆が私の下着を外した。露わになった私の身体をじっと見つめてくる。

「……志帆」

 華奢な身体を手繰り寄せて、深いキスをした。深いキスを繰り返す。何度も何度も。

 壊れてしまいそうな程、恥ずかしい。

 もっと触れてほしい。もっと先へ進みたい。志帆を求めるように、舌を動かした。


「迷惑をかけてごめんなさいね」

 遅い時間になると、マリアさんが志帆を迎えに来た。

 どうやら、志帆の母は東京に帰ったみたいだ。

「いえ、全然大丈夫です」

「まったくあの子ったら、いつも逃げ出すんだから」

「そうなんですか……?」

「そうなの……学校から帰ってこなかったり、休みの日だと突然姿を消したり」

 マリアさんは困ったように微笑むと、

「色々とね、複雑なの……。今日はありがとう」

「いえ、全然……」

「これからも志帆のことをよろしくね。おやすみなさい」

「はい。おやすみなさい、お気をつけて」

 マリアさんが車に乗った。

 寂しさが込み上げてきた。家に戻ればまた一人だ。

 車のエンジンが掛かる。それと同時に、助手席の窓が開いて志帆がメモ帳を見せてくれた。

「また明日ね」

 そう書かれたメモ帳を見せる志帆も、寂しそうな表情をしていた。

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