(3)

「そういえば。今週の日曜日に彼氏と彼氏の友達二人とカラオケに行こうって話が出てるんだけど、理穂とくるみも来ない?」

 昼休み。購買で買った二人の昼食を片手に教室に戻ると、突然加奈がそんなことを言い出した。

「えー行く行くー。加奈の彼氏イケメンだし、友達も絶対イケメンじゃんー」

「プリあるよ?見る?」

「見る見る!!」

 そう言って加奈が見せてきたプリクラには、制服のブレザーで身を包んだ、お洒落でかっこいい男子達が写っていた。

「めっちゃかっこいいじゃん。確か一個上だよね?」

「そうそうー。私たちのプリクラを見せたら、是非二人に会ってみたいって言ってたよ!」

 勝手に自分のプリクラを見せられたことに、戸惑いを感じながらも、加奈と理穂のやり取りを黙って訊いた。

「もしかして……脈あり」

「うん。全然あると思う! もちろんくるみも来るよね?」

 二人の視線が私に集まる。

「ご、ごめん。その日バイトがあるんだ」

 私がそう言うと、

「バイトなんて休んじゃいなよーー」

 加奈がすかさずそう言ってきた。

「そうそうー彼氏作るチャンスだよ?」

 加奈に続いて理穂が言った。

 ため息を零しそうになりながら私は、

「ごめん……人手が足りてないから……また誘って?」

 微塵も思っていないことを、二人に言ってしまった。


 私の家は、街中からバスで約二十分の所にある。

 閑静な住宅街の中に、ひっそりと経っている、三階建てのマンションだ。

 帰宅してすぐに制服を脱いで、部屋着に着替えた。

 ベッドに身を委ねて、傍にあったタオルケットに包まる。

「はぁ……」

 落ち込んでいるのかもしれない。

 いや、落ち込んでいる。

 悩みに悩んで決めた、クラス選択。

 その結果が、これだ。

 昼休みになれば、加奈と理穂にいいように使われて、クラスでは独りぼっち。挙句の果てには、入学当初から密かに憧れていた白鳥さんに嫌われて――

「だめだ……私」

 とりあえず気分を紛らわすために、音楽を聴こうと思い立った。

 ベッドから起き上がり、通学用のバックからイヤホンを取り出して、スマートフォンに繋いだ。

 再びベッドに戻り、イヤホンを耳に当て、最近お気に入りの歌を再生した。

 音楽を聴いたり、歌を歌ったりするのは、小さい頃から好きだ。

 自分の高く幼い声は嫌いだけれど、嫌なことがあっても、歌を歌えば少しはすっきりするし、明るい歌を聴くと、元気が出る。

 ――何か、白鳥さんの気に障るようなことをしてしまったのだろうか。

 白鳥さんに楽譜を渡した時の光景が、頭をよぎる。

 戸惑いながらも、まるで私を拒絶するような、白鳥さんの表情。

 音楽を聴きながらも、頭に浮かぶのは、白鳥さんのことだった。

 憧れだったのだ。

 入学式の時、初めて見た、その時から。

 綺麗で、可愛らしくて、私なんかと違って、周りに怯えたり、話しかけられても無理に話を合わせたりしようとせずに、常に堂々としていて。

 ふと、肩まで伸びた髪を摘まんでみた。

 だいぶ伸びたと思う。

 高校生になるまでは、ずっとボブだった。

 白鳥さんに憧れて、髪を伸ばそうと思ったのも、今では良い思い出だ。一層のこと、切ってしまおうか、そんなことを思った時、

「ただいまー」

 こんな時間なのに、珍しく母が帰ってきた。

「あれ、お母さん。どうしたの?」

 イヤホンを外して、身体を起こした。

 母は、私の部屋のドアを少し開けて、顔を出すと、

「お財布忘れちゃった。おかえり、くるみ」

 満面の笑みで言った。

 母は私と違って、身長が165センチもあって、スタイルも良い。それに三十六歳という年齢には見えない程、若く見えて綺麗だ。

 母に比べて、私はこんなにも背が低くて、スタイルも全然よくない。

 本当に母の娘なのかと、不安に思った時期もあるけれど、くっきりとした大きな目とか、どこか幼さの残る顔立ちを見ると、自分は本当に母の娘なんだと安心する。

 母は、街中にあるスナックで働いている。

 お昼から夕方にかけては地元のスーパーのパート。パートが休みの時は、スナックの同伴で夕方には家を出る為、顔を合わせる機会はあまり無い。

 父がいなくなってから、母は私を、女一人でここまで育ててくれた。

 母には本当に感謝してもしきれない。

 高校のこともそう。私立で沢山お金が掛かるのに、母は嫌な顔一つせずに、くるみがそうしたいならと、背中を押して応援してくれた。

 リビングへ向かい、お財布を回収すると、開けっぱなしの私の部屋のドアから、母が再び顔を出した。

「そうそう、くるみ」

「んー?」

「新しいクラスどう? 楽しい?」

 にこやかに微笑む、母の表情に、

「うん。楽しい」

 なんとか微笑んで、答えた。

「そっか、よかった。ご飯と洗濯ありがとう。行ってきます」

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