(4)
休日は、街はずれにある喫茶店で、アルバイトをしている。
洋風の落ち着いた雰囲気の喫茶店で、サンドイッチや、パンケーキ、マスター自家製のコーヒー豆で作った、コーヒーが評判のお店だ。
少しでも、母の負担を減らそうとアルバイトを探していた時、母が紹介してくれた。
母は幼い頃から、この喫茶店のマスターに良くしてもらっていて、母も高校生の頃は、この喫茶店でアルバイトをしていたらしい。
「まるで、昔の沙織ちゃんを見ているようだ」
私の働いている姿を目にすると、マスターは懐かしむように言う。
その時のマスターの表情は、とても嬉しそうで、なんだか私も嬉しい。
ついでに、沙織というのは、母の名だ。
母は、何故か名前を書くときに、平仮名で「さおり」と書く。
私の名前が平仮名で「くるみ」なのは、母曰く、平仮名の方が可愛いからという理由みたいだ。
学校では内気で、愛想笑いしか出来ないけれど、この喫茶店のお客様は、優しい常連さんが多く、私は怯えること無く、楽しく働いている。
なんだか、いじめに遭う前の、昔の、本当の自分で居られるような、そんな気がして、私は喫茶店で働くこの時間が大好きだ。
「いらっしゃいませ」
お昼のピークが終わり、清掃や資材の補充を行おうとした時、入店のベルの音と共に、マリアさんがやってきた。
「こんにちは、くるみちゃん。今日も可愛いわね」
「マリアさん! ありがとう……ございます。いつものコーヒー豆で大丈夫ですか?」
「うん、お願い。あと、サンドイッチと、コーヒーをお願いできる?」
「はい、かしこまりました。マリアさんがお昼を食べていくなんて、珍しいですね」
マリアさんは、とある家で家政婦さんをしていて、毎週日曜日になると、マスター自家製のコーヒー豆を買いに、喫茶店に足を運んでくれる。
家政婦さんをしていることもあって、マリアさんは上品で綺麗だ。
黒く長い綺麗な髪は、肩辺りから巻かれていてほんのりと良い匂いがするし、背も高くて、スタイルも良い。
マリアさんは、私がここで働き始めた時から良くしてくれて、時々相談にも乗ってくれる。姉妹がいない私にはよく分からないけれど、マリアさんは私にとって、姉の様な人だ。
マリアさんをカウンター席へ案内して、マスターの奥さんが作ってくれた、サンドイッチとコーヒーをお運びした。
「くるみちゃん」
不意に名前を呼ばれて、
「どうしました?」
「今日は少し、元気ない?」
マリアさんはそう言って、首を傾げた。
「いえ……元気です」
もしかして、態度に出ていたのだろうか、咄嗟に背筋が伸びた。
「本当に? さっき、ため息をついてたわよ」
マリアさんに言われて、思わず右手で自分の口を塞いだ。
アルバイト中に、しかも、お客様がいる前でため息をつくなんて、最低だ。
「そんなことをしても、ため息は戻ってきません」
両手を腰にあて、胸を張るマリアさんの仕草に、
「えへへ……そうですね」
思わず笑みがこぼれた。
「今は私だけしかいないし……ね? お姉さんに話してみない?」
上目遣いで微笑むマリアさん。
「マリアさんには、本当に叶わないです……」
「その通りー、ほらほら」
この時間帯は、来店して下さるお客様も少ないので、マスターは休憩に、マスターの奥さんは、裏方の作業や、花壇の花の水やりをしていて、店内に私しかいないことが多い。
もしかしたら、ずっと誰かに相談をしたかったのかもしれない。
張り詰めていた糸が切れた様に、私はマリアさんに、白鳥さんとのことを話し始めた。
「前、話した、私の憧れている人……覚えてますか?」
「ええ、もちろん。この前、同じクラスになったって、くるみちゃん話してくれたわね」
「そうなんです。その人に……話しかける機会があって、話しかけたんですけど……無視されちゃって」
マリアさんは、私の話に真剣に耳を傾けてくれている。
「それで、落ち込んでたの……?」
「はい……。二年生になって色々変えようと思ったんですけど、なにもうまく行かなくて、自己嫌悪しちゃって……」
少しの間の後、
「くるみちゃん、前に言ってたわよね。その子、優しい人だって」
「はい。話したことは一度もないんですけど……優しい人なんです。放課後に偶然見かけたんですけど、道路に落ちていたハンカチを拾って、見つけやすくて踏まれない場所に置いたり、足にすり寄ってきた猫を優しく撫でてあげたり、だから……私、嫌われてるのかなって」
「そんな優しい子が、理由も無く、くるみちゃんを嫌うはずないと思うわ」
「そうかな……」
「くるみちゃん、その子に何かしたわけじゃないんでしょう?」
「はい……多分」
「きっと、その子は、くるみちゃんのことを嫌ってなんかないわ」
どこか申し訳なさそうな表情をするマリアさん。
マリアさんは付け加えるように、
「その子、話せない子だったわよね……? もしかしたら、急いでたのかもしれないわ。気にせずに、もう一度話しかけて見たらどうかしら……?」
微笑みながら言った。
もしかしたら急いでいたのかもしれない。
急に話しかけられて、驚いたのかもしれない。
自分にそう言い聞かせたら、少し気持ちが楽になった。
「そうですね……私の考えすぎかもです。もう一度話しかけてみます」」
なんとか微笑んで、マリアさんに答える。
本当にそうだったらいいと思う。考えすぎだと、そうあってほしいと心の底から思う。
それでも、あの時、白鳥さんが見せた、私を拒絶するような表情は、私の頭から離れることはなかった。
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