秋の風物詩 -5-


 明日香には凡そ、人として大事なものが欠落している。

 よく女性の特徴として言われる「口先では褒めながら、腹の中では馬鹿にしている」という処世術。あれはまだ、ちゃんと腹の中で考えている分、可愛げがある。


 明日香は何もない。


 口先ではいくらでも「可愛い」「おしゃれ」「可哀想で涙が出る」などと言うが、その時に何を考えているかと言えば、全く何の感情も抱いていない。

 口から出るもの全ては嘘、ハリボテ、虚構である。


「もーえろよ、もえろーよーー」


 虚言の塊のようなクズは、楽しく歌う。

 多少音痴であるが、この際それは問題ではない。火が燃える音が激しさを増すごとに、彼女の歌もテンションを上げていく。


 暫くすると、真が階段を使って降りて来た。

 その手には、串に刺さった白い塊がある。明日香はそれを認めると、嬉しそうに目を細めた。


「出来たでー」

「ありがとう。これも燃やそうか」

「おう」


 串をバケツの火に近づけると、途端に甘ったるい匂いが鼻をついた。

 近所の食料品店で売られていた大きなマシュマロは、火に炙られて少し小さくなる。


 芋があれば申し分なかったが、流石に炭もなければアルミホイルもない。そのためだけに買うのはバカバカしいので、焼き芋は断念した。

 代わりに買って来たマシュマロは、少しオシャレな空気を醸し出してくれる。


「あー、甘い」


 マシュマロを口に入れた真が、そう呻く。


「でも美味しいでしょ」

「そうだな」


 階下の情けない男の姿を見下ろし、食べるマシュマロは絶品である。

 バケツの火が弱くなってきたのを見ると、明日香は新聞をその中に追加した。


「みらくる てぃんくる らぶあっぷる☆」

「おい、やめろって。マシュマロ食えねぇから」


 真は大笑いしながら抗議する。


「意外と言いやすいんだよね」

「俺も今度使うわ」


 階下の攻防戦は、明らかに黒服二人のほうが有利だった。

 客は「止めろ」だの「俺の荷物」だの叫んでいたが、最終的に黒服二人にドナドナされた。

 あくまで紳士的に、しかし有無を言わさぬ態度で男を引きずっていく姿を見送りながら、明日香はマシュマロを頬張る。


「まぁ後で戻ってきたら返してあげようか」

「結構楽しめたしな」


 食べ終わった竹串をバケツに放り込みながら、真は続けて訊ねた。


「マシュマロ、まだ沢山あるんだけど、どうする?」

「えー、流石に沢山は食べれないし。冷蔵庫にでも入れておけば誰か食べるよ」

「そうするかぁ」


 バケツの火の前で、二人は揃って煙草を取り出した。

 明日香の煙草は最後の一本で、煙草を抜き出すと同時に箱を握りつぶす。ソフトパッケージではないので、ひしゃげた拍子に箱の角が掌に食い込んだ。

 その横で真が思い出したように、手のひらを上にして明日香の方に向ける。


「俺のライター、返して」

「あぁ、ゴメン。自分の点けさせて」


 明日香は煙草に火を点けてライターを返す。

 マシュマロを食べて甘ったるくなった口の中に、煙草の苦い味が染み込んだ。

 手の込んだ遊びも、終わればただ煙草の邪魔である。明日香は残った甘さを吐き出すように、口を上に開いて煙を追い出した。


「で、これって灰はどうするー?」

「え、杉野さん考えてねぇの?」

「考えるわけないじゃん」

「まじか」


 他人の不幸は蜜の味。他人の無様はマシュマロの味。

 しかし、それでも行き着く先は煙草の味、というのがなんともクズらしい。


「多分可燃ごみだと思うけど、後で調べておくよ」


 割とまともなことを言って、明日香は煙草の空箱を火の中に放り込んだ。

 東京のど真ん中のビルで焚火をすることの是非よりも、赤の他人を揶揄う必要性よりも、彼女にとってはゴミの分別のほうが大事だった。 


END

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