真夏の風物詩

真夏の風物詩 -1-

[納涼ヲ求ム]


 世はお盆。海や山には人が渦巻き、電車は満員、プールも満員。

 実家に帰る者もいれば、旅行に出かける者もいる。主要駅は人の熱気で圧迫されて呼吸すら面倒くさい。


 そんな中にあって、都会の片隅にある貸し部屋業のビルは、とても暇であった。

 クリスマスと年末年始とお盆はいつもこんなもので、客集めしようにも手段がない。

 第一この界隈は、治安が悪いことから夏休みの間は警官がうろついており、下手にそこで商売でもすれば職務質問を受ける。

 此処で働く面々とて、その格好や髪型のせいで職務質問をされたことは二度三度ではない。

 そんなわけだから、この時期は彼らは暇を持て余すと同時に、あまり外に出ないことに決めていた。


「暇だ」


 結城智弘(ユウキ トモヒロ)はそう言って、携帯電話をテーブルに放り出した。

 画面には大きく「LOSE」の文字。去年の暮れごろからやっているソーシャルゲームだが、夏休みイベントとやらで出て来た巨大龍は、馬鹿らしくなるほど強かった。

 かといって課金するほど情熱を注いでいるわけではないので、負けは負けとして潔く認める。


「暇だし、負けたし、ろくでもねぇな」


 投げ出した携帯電話の下には、客の入室と退室とを記載するための紙がある。そこには二時間前の十三時を最後に一件も追記がない。

 その客も少し前には出て行ったので、今やビルは空部屋ばかりとなっていた。

 フロント内部と廊下をつなぐ小窓からは、外の蒸し暑い空気が遠慮なく入り込んでくる。


 暑いので、わざわざ外に行って煙草を吸う気力もない。

 フロント内は禁煙だし、そもそもこんな狭い部屋で煙草を吸ったら、大変な惨事である。


「なぁ、何か楽しいことない?」


 そう言って振り返った先には、智弘より年上のバイト仲間二人がいた。片方はクズ、もう片方もクズである。智弘もクズなので、スリーアウトゲームセット。甲子園には少し遅い。


「あるわけねぇべ」


 髪の毛を銀色という名の腐った灰色に脱色した男は、心底面倒そうに言った。


「こっちは休みだったのに、急に呼び出されてさ。しかもこんなに暇なら来なくてよかったじゃねぇか」


 麻木真(アサギ マコト)の愚痴に、その横に座った杉野明日香(スギノ アスカ)が肩を竦める。


「しょうがないじゃん。原島がバックレたんだから」

「あの馬鹿女、いつかやるとは思ってたけど、何も今日じゃなくていいじゃねぇかよ」


 原島、という名前に智弘は苦笑いをした。

 半年だかそれより前に入ってきた、まだ二十そこそこの若い女のフリーターだった。

 最初のうちは真面目に見えたが、それもほんの数日のみ。タブレットでDJの真似事を初めたあたりで、全員が「こいつヤベェ」とは思ったが、クビにも出来ないので放置していた。


 仕事も雑。態度も雑。注意すれば不貞腐れ、遅刻や欠勤は当たり前。来たと思えばタブレットでDJごっこ。

 ゲームなのか練習用のアプリケーションなのかは不明だったが、誰もが面倒くさがってそれを追求したりはしなかった。


「辞めるならちゃんと辞めろっつーの」


 皆から疎んじられ、社員からは「原島と大川はいらないなー。デッドスペース」と評されていたとしても、別に誰も彼女を苛めたりはしなかった。

 彼女からしたら、割と自由に仕事は出来ていたはずであるが、辞め方まで自由にされては堪ったものではない。

 大川、というのも似たような人材であるが、こちらはまだ辞めていないので救いがあった。


「まぁまぁ、怒らないでよ。掃除は私が行くからさ」


 明日香が寛容に言うが、真はそれを一瞥しただけで、首を左右に振る。この店で人に恩を受けるのは自殺行為に等しかった。


「しかし、なんでわざわざバックレるかね。神戸君みたいに横領したなら兎に角」


 真はエアコンのリモコンを手に取ると、除湿モードに設定した。フロントの中は十分に冷えているが、外が熱いために妙に湿った空気が漂っている。


「ゆとりって奴じゃない?」

「俺らだろ、ゆとり世代は。あいつらもっと下じゃん」

「じゃあ何?」

「単なる馬鹿だろ」


 頭のネジが生まれつきペンネパスタのような馬鹿である真に、そこまでハッキリ言われる原島が哀れであるが、そんな感情を抱く人間は此処にはいなかった。

 此処にいるバイトは皆クズである。クズでない者はそれに染まるか、耐え切れなくなって出て行くかの二択だった。


「言うねぇ」


 智弘が笑いながら言うと、真は口を尖らせた。


「他に言いようがないし。ったく、馬鹿って何するかわかんねぇから怖いよなぁ。……おっ」


 何か思いついたように、真は目を瞬かせた。

 社会人経験がないためか、あるいは童顔のせいか、またはどのどちらもか。幼さの残る目は三十路近い顔にアンバランスでもある。


「怖い話しない?」

「怖い話?」


 智弘は唐突な提案に眉を寄せた。


「夏と言えば怖い話だろ。自分で体験したことを話すっての、どう?」

「いや、世の中そんなに霊とか見る人いないだろ。……俺は見たことあるけど」

「私もあるけど、そんなに怖くないよ」


 真は二人の言葉を聞いて、嬉しそうに手を叩いた。


「いいじゃん、いいじゃん。早速怖い話しようぜ」

「怖い話するテンションかよ、それ……」


 冷静に突っ込む智弘を無視して、真はフロントの電気を落とした。

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