秋の風物詩 -4-

 非常階段にある喫煙所から見下ろせば、揉めに揉めている男達。

 問題を起こした客は、二人の強面に挟まれても、虚勢を保つ程度には勇ましい。


 明日香は店内から持ち出した、金属製のバケツを足元に置く。その中にはバケツの底に敷き詰められた新聞紙がある。

 バイト仲間が買ってきては玉砕する競馬新聞の残骸で、普通の新聞より色鮮やかな一面が、よく燃えそうだった。


 浮き上がった新聞紙の隙間から覗くのは、かつては本棚で現在は立派な廃材となった木の欠片。

 邪魔なので捨てようということになった際に、粗大ゴミとして出すのが面倒だからと、踵落としで粉砕した代物である。


 意外なところで役に立ったことを褒めてやりたいところだが、踵落としをしたバイトは横領の疑いで店をクビになった。因みにそれは何か月も前のことで、なぜ未だに廃材が残っているのかと言えば、誰もゴミ捨てに行かなかったからである。


「えーっと、ライターは……。あった」


 朝、真から借りたままだったユニコーンのライター。

 新聞紙を一枚だけ取り出して、それを捩じって火をつける。十分に着火したところでバケツに戻せば、予想以上に燃え上がった。


「麻木ー」


 上に声をかけると、待っていたとばかりに真が顔を出す。


「客の忘れ物、こっちで燃やしておくね」

「おーう、まかせた。置いておくとトラブルの元だしなー」


 わざと大きな声を出したので、客が何か変な声を出したのが聞こえた。

 慌ててこちらに来ようとして、しかし両側の男に止められている。


「赤い財布は?」

「それも燃やそうぜー」

「オッケー」


 燃え盛る競馬新聞。炙られるお馬さん達。

 夢破れたギャンブラー達の断末魔を代弁するかのように、心地よい音を立てて燃える。


 明日香は賭け事には興味がない。彼女が興味あるのは、手近にノーリスクで手に入る小銭である。

 例えば落ちている貨幣などがこれに該当する。そういうものを見つけたら、よほどのことが無い限りは拾い上げることにしていた。


 ここで誤解のないように言えば、彼女には善悪の区別はある。

 善悪の区別があるからこそ、百円玉はスムーズに拾う。千円札は右を見て左を見て、また右を見てから素早く拾う。交通指導員が泣きながらスタンディングオベーションするほどの慎重さだろう。


「わー、よく燃える」


 下では、自分の荷物が燃やされていると絶賛勘違い中の男が、悲痛な声を上げている。しかし明日香の知ったことではない。例えその男が泣きそうな顔をしていたとしてもだ。

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