第11話 ハーヴィ

「どりゃあ!」

 気合いとともに放った右蹴りでアグレイは岩魔を葬った。

「あと何体いやがるんだ、ユーヴ」

「さあ、〈完蝕〉を含めて七、八十はいるだろうね。〈完蝕〉は僕に任せて、アグレイ君は岩魔の方を頼む」

「分かった」

 短い言葉を交わして二人は離れた。

 アグレイは手近にいた岩魔に向き直る。その右手は淡く青い光を放っていた。アグレイも肉体を侵蝕されているという点では、〈完蝕〉と同じ存在である。

 稀にアグレイのように身体を侵蝕されながらも異能を発揮できる人物がいる。肉体を侵蝕された部位を〈蝕肢しょくし〉と呼び、アグレイの〈蝕肢〉は心臓であった。

 その侵蝕された部分を血流に乗せて身体各所に移動、強化させることができるのがアグレイの能力だった。

 現在は右手に侵蝕部を移動させることで皮膚を硬度化させ、また膂力を強化させているのだ。

その能力でアグレイは岩魔を粉砕する。

アグレイの横手から完蝕された男が手斧を振るった。余裕を持って回避したアグレイだが、反撃せずに後退する。

「っく! こういうのは苦手だ! ユーヴ、任せてもいいか?」

「もちろんだ。人には得手不得手というものがある。アグレイ君の不得手を補ってやるのもやぶさかではない。んでもって、僕の不得手をだね……」

「心得ておりますわ、ユーヴ。守りは任せてくださいまし」

 リューシュが進み出る。すでに完蝕された敵を数人ばかり屠った後である。彼女なりの決意を持って参戦しているのだ。

「そういうわけだ。僕を十秒ばかし守ってくれたまえ」

 そう言ってユーヴが空中に文字を描き出す。その間、アグレイとリューシュがその周囲に敵を寄せ付けず、しっかりと防御していた。

 きっかり十秒後、ユーヴの文字列が完成する。

「紡ぎし罪の詩。効果は、範囲内の完蝕者の掃討だ。苦しみは無い」

 ユーヴが文字列の最後尾に終止符を打つと、その文字列が虚空に消えていき、そこから同心円状に波動が広がった。その波動に触れた完蝕されし者達は粉末のように四肢を粉砕されて消滅していった。まさに苦しむ間もないはずだった。

「さて、この技は〈喰禍〉には効果が無いのは知っているだろう。後はアグレイ君に任せる」

 ユーヴの言葉通り完蝕者は消滅したものの、数体の〈喰禍〉は健在である。波動をものともせずにアグレイ達へ進行してくる。

 そいつらは問題ではない。アグレイ達の目を釘付けにしたのは、ただ一人残った完蝕者の姿だった。

「……ユーヴ、片手落ちだな。肝心な奴が残っているじゃないか」

「うーむ。彼は特別製らしいな。僕の詩が効かないとなると、直接戦うしかない」

 ハーヴィ。

 かつてそう呼ばれていたケニーの恋人は、ユーヴの波動を受けても消滅せずに悠然と立っていた。ハーヴィのように強力な完蝕を示す者が稀に存在するのだ。

 かつてのアグレイの弟と同様に。

「ハーヴィ。あんたに恨みは無いが、俺はあんたを殴らなきゃならねえ。済まないな」

 そう言い放ち、アグレイは両拳を構えて見せた。

 ハーヴィはのっぺらぼうの面をそれでもアグレイに向けていた。首元にはケニーとお揃いの首飾りが無機質な輝きを放っている。

 アグレイとハーヴィが対峙した。

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