第12話 灰よ……

 先に仕かけたのはアグレイである。ハーヴィに向けて突進し、蹴り足が後方に灰を巻き上げた。

 両者の間に立ち塞がる数体の岩魔を右腕の一閃で爆砕し、塵の幕を割ってハーヴィに肉薄。相手を拳の射程距離に捉えると、青白く発光する右拳を突き込んだ。

 のっそりとハーヴィが動き出す。さして速くもない動作に見えたが、アグレイの拳は彼に届かず空を切った。後退したハーヴィは右足を蹴り上げる。その左脇腹を狙った一撃を、アグレイは左肘で巧みに防御した。

 鈍い音が響き、アグレイがたたらを踏んだ。アグレイの驚愕の表情が威力を物語っている。

 ハーヴィが攻勢に出る。彼が繰り出したのは技とは呼べないただの殴打だ。まるで喧嘩慣れしていない素人の拳だが、躱す暇もなく受けたアグレイを打撃音とともに弾き飛ばす。

「くそ、やるじゃないか!」

 体勢を立て直したアグレイが両手を強化する。踏み込みざま小振りの連打でハーヴィに集中砲火を見舞った。ハーヴィは回避する素振りも見せずに自らその拳に身を晒す。

 振りが小さいだけに決定打を欠くアグレイの拳の弾幕を割ってハーヴィが急接近。たじろぎながら身を引こうとしたアグレイの顔面に頭突きを食らわせた。

軽い脳震盪を起こしたアグレイの両足がぐらついた。

「アグレイさん!」

「ケニーさん、危ないですよ!」

 後方からケニーの叫び声と、キクの制止する声が響いてきた。

 振り向く余裕も無く、アグレイは正面を見据えたまま呼びかける。

「ケニーか? 危ないから下がっていろ!」

「アグレイさん、ハーヴィを……ハーヴィを止めてください。お願い!」

「分かってる! キク、ケニーを頼むぞ」

 アグレイは己を鼓舞するために雄叫びを上げてハーヴィへと立ち向かう。

「ハーヴィ、あんた強いじゃないか! 人間だった頃も勇気のある男だったんだろうと分かるぜ」

 踏み込んだ左足を軸にして回転したアグレイは右回し蹴りを叩きつける。アグレイの動きに一拍遅れて灰が舞い、竜巻のように螺旋を描いた。

 アグレイの蹴りを防いだハーヴィがその衝撃に耐えきれず後退する。防御した両腕から塵の微粒子が飛んでいた。

「これ以上、ケニーを悲しませないためにも、俺があんたを殴り倒す!」

 アグレイは拳に縦の軌道を描かせる。突き上げる拳がハーヴィの両腕の防壁を打ち砕いた。

 二人の身体が密着するほどの間合いまでアグレイが歩を進める。撓めた全身の力を解放したアグレイの左正拳がハーヴィに打ちつけられた。

 ハーヴィの足が地を離れて吹き飛び、背面を木に激突させる。枝に積もった灰が落ちてハーヴィの身体を覆い隠した。

 一息吐いたアグレイがハーヴィの生死を確かめるため、灰の山に近づいた。その瞬間、灰を突き破ってハーヴィが立ち上がり、不意打ちの右鉤打ちを放つ。

 凝縮した時間のなか、アグレイは身を反らしてその攻撃を紙一重でいなしていた。ハーヴィが驚愕をその面に浮かべたかは分からない。その頭部へアグレイの打撃が炸裂し、亀裂を生じさせていたからだ。

 今度こそ致命傷を与えたと確信したアグレイは充分な距離をとってから構えを解いた。そこへ、後背から足音が近づいてくる。

「ああ、ハーヴィ! ハーヴィ!」

「待て。危ないぞ」

 警告を発したが、強いてアグレイは止めようとしない。ハーヴィに戦闘継続の余力がないことを看取しているのだ。

「ハーヴィ!」

 ケニーはハーヴィの名前を呼び続けた。そうしてハーヴィが過去を思い出すことを期待しているように。

 すでに消滅するのを待つだけとなったハーヴィは四肢の末端を塵にしつつよろめいた。そのハーヴィをケニーが抱き留める。

「あなたを一人にしてごめんなさい。やはり、あのときもっと強く引き止めるべきだったのね。こんな結果になるなんて……」

「……」

 ハーヴィが返答することはない。ただケニーに身を預けるのみである。

 ふと、ハーヴィの肉体が崩れた。ボロッと胴体が塵となり、遅れて頭部が燐光を帯びた粒子となって消えていく。

「ハーヴィ!?」

 ハーヴィは全身を塵へと帰し、降り積もる灰と混じるように消え去っていった。彼がそこに存在したという証拠は、地に落ちた首飾りのみとなっていた。

 ケニーが首飾りを拾い上げ、胸に抱きしめた。

「灰よ、あの人に告げて……」

 ケニーが誰に聞かせるでもなく呟いていた。

「愛していた、と」

 寂しげに佇むケニーの肩に、深々と灰が降り積もる。

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