第7話 成層圏外フィオリトゥーラ ②
「アイリス、やらないといけないことって――」
「他の女王さまも助けてきたよ!」
何なのかと聞こうとした矢先に、二人の女の子を連れて子供たちが追いついてきた。……二人?
「フリージア! 良かった!」
「心配していたのよ。痛い思いをしているんじゃないかって」」
「……ごめんなさい。みんな」
片方の声には聞き覚えがある。――ペンダントから聞こえてきた声だ。ということは、“秋の女王”ダリアと他の‟季節の女王”? ……そうだった、‟季節の女王”ならば春夏秋冬の四人のはず。アイリスと、子供たちに助け出され合流した二人。
そして――残りの一人は。
「……カトレアは?」
「ごめんなさい。まだ見つけていないの」
カトレアというのは恐らく、機械を凍らせたという“冬の女王”の名前だろう。それなら、彼女いる場所もだいたい予想がつけることができるんじゃないか?
「――きっとこの奥だ。急ごう」
……この階層に来た時と同じ。螺旋階段を上っていくうちに、ひんやりとした空気が上から漂ってきて――辿りついたころには、壁に霜が降りていたのだ。それならきっと、このまま冷気の強いところへと向かえば……。
「……え?」
壁だけではなく、天井までもが霜で真っ白になっている通路を、奥へと進んでいくと――氷の壁にぶち当たった。行き止まり……そんなまさか。冷気の元を辿って向かっていたはずなのに。最後尾を走っていたおじさんも、先頭にいた僕たちの元へと追い付いて、全員で立ち尽くす。
「――アタシに任せて」
「お願い、ユッカ」
「いったいなにを――」
燃えるような赤い髪の毛を腰まで伸ばした女の子が、悠然と前に出た。春のアイリス、秋のダリア、冬のカトレア。となれば、彼女が夏のユッカなのだろう。たとえ“季節の女王”だからといって、この道のない状況を打破できるとは――
「わぁすごい! どんどん氷が解けていくよ!」
「おい、奥に扉があるぞ」
――できていた。
ユッカが手をあてたところから、見る見るうちに氷が解けている。……そうか、塔の内部をここまで氷漬けにできたのが“冬の女王”なら、“夏の女王”に同等の力があってもおかしくはない。
「よし、これで先に進め――……あれ」
そうして出てきた扉へと、カードキーを差し込む。――が、セキュリティに弾かれてしまった。次から次へと試してみても、扉が開くことはない。なんだよ、あまりにも冷たすぎやしないか?
「せっかく扉が見つかったのに……これ以上進めないの?」
……いや、まだ手はある。ここに深く関わっていそうな男が、最高責任者らしき男が、僕たちの手の中にいるじゃないか。
「……お前のカードキーなら、この扉を開けられるな?」
「ふざけるな! お前らにこの《季節の塔》の“部品”を奪われてたまるか!」
相変わらずぐるぐる巻きに拘束されたままの男が、口から泡を飛ばしながら喚き散らす。どうしてこの状況で、そんなに強気になれるのだろうか。
「すぐに警備員がやって来て捕らえられるんだよ、お前らは! “部品”どもは今度こそ逃げられないように、もっと厳重な檻へ――」
「――っ!」
「――それを止めろって言ってんだよ!」
こんなことで時間を食うのは不本意だけれども。割を食うのは分かっているけれども。それでも、これだけは言わないと気が済まなかった。
「ちょっと不思議な力を使えるだけの、か弱い女の子だろうが! たとえ人間じゃないとしても――だからって、彼女たちの涙の上に成り立つような生活があっていいはずがない!」
「何も分からない餓鬼は口を――ぐっ」
「おっと、口を動かすのはここまでにしときな。
鍵は持ってるのか? 持っていないのか?」
おじさんが太い腕を首に回し締め上げる。こちらをチラリと見たのは気のせいじゃないだろう。『こんなところで時間を使うな』そう言われている気がした。
「んー。あったよ!」
「ぐ……お、おい――!」
僕がそんなことをしている間にも、子供たちはごそごそと男の服のポケットなどを漁っていたらしい。こいつらときたら……逞しいことこの上ない。
予想はズバリ的中していて。カードキーを挿すなり、あっけなく扉は開いた。扉の奥はこれまで以上に辺りが凍っていて。再び凍えるような冷気が、僕たちの体を包む。
「アタシが先に進むから――」
再び“
「カトレア! もう大丈夫、みんな開放されたの! 力を使うのをやめて!」
仕切りの扉を開くなり、アイリスが飛び出して氷の中の少女に呼びかける。その声に反応したのか、カトレアと呼ばれた少女が氷の中で、ゆっくりと目を開いた。
アイリスが手を触れた途端、ぴしりと結晶にヒビが入り粉々に砕け散った。辺りの空中に細かい氷の粒が舞い、あたりがキラキラと瞬いている。……ダイヤモンドダスト? 刺すような寒さの中にも関わらず、あまりの美しさに目を奪われていた。
「――タクト。私たちを外に連れていって。できるだけ高い所がいいの」
「――あ。……高い所?」
呆けていたところをアイリスの言葉に引き戻され。そしてまた頭に疑問符が浮かぶ。……外に出たいのは分かっているけれど。むしろ、それしかすることは無いけれども。……‟高い所”というのはどういう意味だろうか。
「……それなら屋上だな。もうちっと頑張れるかい、お嬢さん」
おじさんの方は、その言葉になにか意味があるた感じたのか、迷わず上の方を指示した。……ここから屋上へ、エレベーターは止まっているだろうから、再び螺旋階段を駆け上がることになるだろう。
「どうするつもりだ? アイリス」
「――私もタクトの役に立ちたいの」
「…………?」
意味も分からず、全員で屋上を目指す。その横で、ガチャガチャと子供たちがなにやら大荷物を担いで走っているのが視界に入った。
「……今度は何を持ってきたんだ」
「ハイビジョンカメラ!」
「集音マイク!」
「折り畳みレフ版!」
「カチンコ!」
……いや、だから、そんなものを何に使うんだと。特に最後のやつ。それらがカメラだのマイクだのというのは見れば分かる。先日の一斉放送がこの《季節の塔》から発信されたのは、嫌というほど覚えているのだから。
「このまま外に出ても、どうせ犯罪者として捕らえられちまうのがオチだ。いっそのこと、コロニー中にこの塔で何があったのか知ってもらおうと思ってよ。こいつはそのための撮影機材だ」
「――――」
――どうかしていた。終わった後のことを全く考えていなかった。頭の片隅で、きっと逃げ切れるだろうと、この事態を楽観視していた。
確かに『犯罪者になろうが、どうだっていい!』と啖呵を切っていたけれども、突入からあまりにも時間が経ちすぎている。……このまま正面から外に出たら全員捕まってしまうことだろう。その打開策としての。一発逆転の。コロニー中のみんなを味方に付けられるかもしれない方法だった。
「――着いたよ! 屋上!」
「――これは……」
天辺にある扉から屋上へと出ると、あれだけ吹き荒れていた吹雪も止まっていた。あんなに真っ白で、僕たちが数か月苦しめられていた景色が。まるで嘘だったかのようになりを潜めていた。
その視界を覆うものは何一つない。
コロニーの端まで、どこまでも遠くが見渡せるぐらいに空気が澄んでいた。
……
「3、2、1、アクションっ!」
「っ!?」
急に鳴ったカチンッという音に驚いて後ろを振り返ると、いつの間にか撮影機材は全部セットされていて。今はおじさんや子供たちがこちらに向けてカメラを回していた。
「……え。あー、あの……」
どう喋ろうかなんて考えているはずもなく。ましてや、台本なんて物があるはずもなく。突然にカメラを向けられて言葉が上手く出て来ない。どうすれば、みんなに思いを伝えられるのだろうか。良い言葉が思いついたとしても、頭が真っ白なこんな状態で上手く言えるのだろうか。そんなふうにまごついているうちに、ダリアたちがカメラの前へと出ていた。
――“秋の女王”のその声は、静かに、それでもはっきりと聞こえてきて。
「――私たちは季節を司る女王です。‟地球”という星で過ごしていたところを、このコロニーの人に捕らえられ、今までこの《季節の塔》に閉じ込められていました」
――“夏の女王”のその声は、力強く、それでも暖かさが込められていて。
「春、夏、秋、冬と交代で装置にかけられて。……アタシたちは無理矢理に季節を廻すことを強いられていた。アタシたちが“季節の女王”という種族だから」
――“冬の女王”のその声は、冷たくありながらも、無色透明に澄んでいた。
「これまですべてを覆っていた雪も、私たちの力によるものです。……“冬の女王”である私が、無理矢理に引き出された自分の力を制御できずに、何もかもを氷漬けにしていました」
そして、‟春の女王”の声は――震えていた。
「……まだ冬はちゃんと終わっていないけど、安心してほしいの。みんなが見ている前で、これから‟春の女王”である私が、この冬を終わらせるから――」
アイリスが、“春の女王”としての力を使って。これからコロニーに‟春”を呼ぶ。それでみんなが幸せになれる、なのに彼女が悲しそうな顔をしている理由は――
「……アイリス」
「みんなの顔に、きっと笑顔が戻ると思うからっ――……?」
精いっぱいに何かを伝えようと、必死に言葉を紡ぐアイリスの手をそっと握る。
……この先、彼女が何を言おうとしているのか。分かってしまったから。
『きっと笑顔が戻ると思うから――』
『どうか、私たちを――みんなを、許してください』
――謝罪。
あの冬の教会で。あまりの雪に、子供たちも遊ぶのを諦めたあの日に。
一緒に遊ぶことができないから、悲しそうな顔をしていたわけじゃなかった。
今まで終わらない冬の中で苦しむ人々を見て、アイリスは心を痛めていたのだ。
自分が逃げたことで起きてしまった事態。
そんな苦しみに、声を押し殺しながら苛まれていたのだ。
……アイリスたちが悪かったわけではないのに。全部、彼女たちを塔に押し込めた人間たちが悪かったことなのに。それなのに、彼女は謝ろうとしていた。彼女は――誰よりも優しすぎるから。
だからこそ、止めなければいけない気がした。優しい彼女に、絶対にさせてはいけないことだと思った。じゃないと、僕が一生後悔するような気がした。
「このコロニーで生活している全員に次ぐ!」
「――タクト……?」
「涙を流しながら季節を廻していた女の子たちがここにいる! 俺たちが勝手に季節を望んだせいで、泣いてた女の子がここにいるんだよ!」
新しい市長に決まって、コントロール・タワーが建設されて。やってきた季節の正体が何かも知らずに、《季節の塔》に思いを馳せていた自分が馬鹿みたいで。こうして自分の感じた罪の気持ちを吐き出さないと、自分の身体が、恥ずかしさで破裂してしまいそうだった。
「――彼女たちは犠牲者だ……! みんなもよく考えてみてくれ! いったいどっちが間違って――っ」
――不意に。ダリアが、ユッカが、カトレアが。アイリスと握っていた右手を包んでいた。暖かくて、熱くて、時々ひんやりとしていて。身長も性格もバラバラな三人が、アイリスのお姉さんたちが、静かにこちらを見上げている。
「……ありがとう、タクト。でもね、私たちも――久しぶりの人と出逢えて嬉しかったのよ」
「人が地球という惑星を捨てて数十年。私たちと動物以外誰もいない星で、それでもひっそりと季節を廻し続けて」
「――どこかで望んでいた。みんなと過ごしたかっただけ。……でも、こんな形じゃなくて、もっと別の形で」
初めに
「私たちが季節を廻して。それをみんなが喜んでくれて。そんな世界を――できることなら、もう一度。私はタクトたちと歩いていきたいの」
「……それを望んでいいのなら。もう一度、アイリスたちが許してくれるなら。
……僕らはお互いを赦し合って。こうして、手を握って。
それ以上言葉を交わすことなく、ただ深く頷く。
「――――」
アイリスが握っていない方の手を空へと掲げると、力強く風が吹いた。
春一番。これまでの何もかもを吹き飛ばして、新しい季節を告げるようなそんな風が、僕らを中心に吹き出し始める。地表の雪が全て吹き飛ばされ、そのあとを追うように暖かい風が通り抜けた。
「わぁ――」
それに煽られるかのように舞い上がってきたのは――大量の桃色の花弁。
塔を中心に伸びている街路樹に植えられていた木々が。これまで夏、秋、冬とただそこに立っていただけの木々が。今、一斉にピンク色の花を付けていた。
――桜が、咲いていた。
アイリスによって吹き上げられた花びらが、塔の屋上にいる僕たちの周りをグルグルと旋回する。四方八方、三百六十度を桜の花びらのカーテンに包まれていた。
それは僕が過ごしてきたどの季節よりも美しくて。どの季節よりも鮮やかで。実際に見たことはないはずなのに、どこか懐かしい気持ちが溢れてきて。これが本物の季節。本当の自然。本当の地球の風景なのだと、教えてくれているようで。
この自然の神秘はきっと、コロニー中の人々の目にも映っていることだろう。
これで今までの過ちは全て取り払われて。
忌まわしい《季節の塔》も、解体されて。
自由になった彼女たちは、新しい住人として受け入れられて。
みんなで、幸せに暮らせるのだと思う。
僕たちが大切なことを忘れない限り。
来年も、再来年も。そして、この先もきっと――
地球から遠く離れた無重力の宙の中。
僕らのコロニーには――桜吹雪が舞う。
(了)
無重力《ウニヴェルソ》の桜 Win-CL @Win-CL
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