第3話  白星

 さらに1週間ほど経った。午後の模擬戦は今日も苛烈を極める。


 突けばいなされ、薙げば打ち払われ、切り上げれば叩き落とされる。団長と俺が振るう騎士剣は同じはずなのに、描く軌道はまるで違う。何度切りかかっても的確に斬り返され、残るのは騎士剣を握る手の痺れだけ。


 ならばと思って殴り掛かれば肘鉄ひじてつを食らい、蹴りこめば足を取られてひっくり返される始末。剣も拳も遠く及ばない。


 ついに膝を蹴り崩され、仰向けに倒れ天を仰ぐ俺に、隊長の叱責が飛んで来る。


「立て、這いつくばっていいのは死んでもいい時だけだ。」


「……なら初めから俺を殺す気でいるじゃないですかっ」


実力の差は歴然としている。敵う道理はない。しかし、諦める訳にはいかない。


 俺は砂まみれになった騎士剣を拾い直すと、起き上がった勢いのままそれを団長に投げつけつつ突進した。


頭部に向かって飛んできた騎士剣を、首を倒すだけで躱した団長だが、反撃に転じるには隙が大きい。


2m程の距離を瞬時に詰めた俺は、騎士剣を切り払おうとしていた団長を、その右腕ごと蹴り上げた。弧を描く俺の右足は、左の胸辺りで構えられていた団長の右腕に吸い込まれるように命中し、衝撃で騎士剣を弾き飛ばす。団長の目の前に振り上げた足をそのまま膝に向かって振り落としたが、一瞬で硬直から脱した団長は狙われた膝を右半身ごと引くことで二撃目を躱した。


 今度は団長が反撃に転じる。振り落とした俺の踵が砂地を抉ると同時に、団長は風を切るような速さで左拳を真っすぐ突き出す。姿勢が崩れている俺は、振り下ろした右足で地面を蹴りなおし、左に跳躍する事で回避した。


 地面に倒れこむ寸前、両手で地面を叩いて姿勢を立て直す。しかし、団長に背を向けたこの状態では向き直っても防御は間に合わない。反撃も防御も諦めた俺はそのまま一直線に走り出した。


 しかし、団長が追いかけてくる気配はない。


 ある程度距離をとってから振り返ると、団長は拳を突き出したまま残心していた。


「今のは見事だ。褒めてやる」


「ならもう少し疲れた様子を見せてもらってもいいんじゃないですかね」


「それならボーナスをやる、次もお前から仕掛けさせてやる」


 残心から直った団長は、俺の精一杯の嫌味を気にする様子もなくハンデを与えてきた。蹴り飛ばされた右手を握ったり開いたりを繰り返している辺り、俺の半ば捨て身の攻撃はしっかり効いているようだが、その態度からはまだまだ余裕が見える。


 ゆっくりと団長との間合いを詰めつつ、次の手を考える。


 先程の攻防で団長も俺も騎士剣を手放している。お互いに徒手空拳しかない。しかし、素手でもまともにやり合えば俺に勝ち目はない。先の攻防で団長と張り合えたのは、ほとんど偶然といって差し支えない。


 奇跡は2度起きない。体力的に長く戦うことも出来ない。正攻法で攻めても勝てない。ならどうするか。


 思考を張り巡らす俺の脳内に、その時1つの言葉が浮かんだ。以前団長が言っていた言葉だ。


 戦に禁じ手はない、と。


「来い、決断の早さも戦の技術だ」


焦れたように言葉を投げる団長に俺は一言で返した。


「じゃあ行きます」


 俺はまず地面を——砂を蹴り上げた。弾けた砂粒は煙りながら放射状に広がり、団長に向かっていく。


 舌打ちしつつ腕で顔を覆う団長に向かっていきながら、今度は地面に指を滑らせて砂を掴み上げた。まさか、砂かけなどという騎士らしからぬ喧嘩技を食らうのは予想外だったのか、砂を払った団長は怒気を孕んだ声で叫ぶ。


「子供騙しがっはっ」


 腰を落とし両腕を広げた団長に、俺は掴み上げた砂をまたも投げつける。立て続けに砂をかけられた団長は悪態をつきながら顔を背けた。


 視界を失う団長に肉薄した俺は、タックルで切り込んだ。地を這うような低い姿勢から団長の足を掬い上げ、そのまま押し倒す。団長に覆いかぶさる形で地面に倒れこむと、そのままマウントに移行。固め技など、技術が必要な技など何も知らないので、俺は鉄製のグローブが壊れそうな勢いで必死に拳を振り下ろし続けた。


 腕を顔の前で交差させ、体を捩りながらひたすら耐えていた団長だが、俺の攻撃が緩んだ瞬間反撃に転じた。


「ふんっ」


 気勢をあげながら俺の手を払い除けると、団長は俺のチェストプレートの隙間に指を掛けると、体を引っ張り上げるように跳ね上げて頭突きを繰り出した。


 強烈な衝撃にヘルメットバイザー越しの隙間の景色が一瞬霞み、そのままひっくり返りそうになったがそうはいかない。「あのゴリラを黙らせる」と言った昨日のセリフを思い出す。バイザーごしの狭い視界では未だに火花が散っているが、俺は構わず頭突きを仕返した。


 上半身のバネを使って鉄槌の様に振り下ろしたヘッドバンは、狙い違わず団長の額に命中した。捨て身の攻撃をまともに受けた団長は、それきり糸の切れた人形のように脱力した。両腕は力なく投げ出され、荒い呼吸を繰り返している。


「戦には禁じ手など無いんですよね。俺の勝ちでいいでしょうか」


「ふぅ...ふぅ......そうだな、お前がそういった手段に訴えかけるのは予期していなかったが」


 戦は死ぬまで終わらない等と言い出しそうな団長の事だ。まだ油断はできないと思ったが、「よくやった、私の負けに変わりはない」と続く言葉を聞いて、やっと勝ったのだと安心した。


 訓練兵として実践的な訓練が始まってからの約2ヶ月において、俺が団長にあげた初めての白星だった。

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