第15話 予期せぬ事態

 百貨店の戦いから四日が経過した。

「悠介がいてくれて助かるよ」

 決して表情には出ないものの、学校に通いながらの『依代』の回収は、確実に剣持と釜坂両人を疲弊させていた。特に剣持は四日前に藤川を傷つけられたことで、かなり精神的に追い込まれているようだった、雪実が特殊な方法で回復を行ったという藤川の退院の時でさえ(少し表情を緩めたものの)その傾向は顕著で、原田が別段意識せずとも、自身を許していない様子が剣持の言動の端々から伝わってきた。

 原田はなるべく彼らが戦いやすいように様々な提案をし、それはおおむね功を奏していた。刀剣を自身の画材と一緒に運ぶことなどの補助はもちろん、街のあらゆる所に装備を隠し、いつでも使用できるようにしたのがその代表だった。これによって、どこで事件が起きても、彼女は対応し易くなった。だから、帰路で釜坂が口に出したことは世辞でもなんでもなく、本当に原田の助力に感謝してのものだった。

「そうかな」

 素気なく原田は返した。彼の助勢が役に立つのは、事が拡大化した裏返しでしかなかったからだ。良いことではない。

 秀長の『依代』の配布先が市内に留まったため、文字通り奔走する形で片端から解決できているが、集団化を確認してからの『依代』使用者の出現のペースは明らかにおかしい。

「そうだよ、この回収がいつ終わるか不安だったけど、この調子なら、やっと一網打尽にできそうだし」

 百貨店の事件以来、作戦会議の時間はまだ満足に取れていなかった。『依代』の所持者が始めて集団化して起こしたあの事件は、今までとは違って世間に隠し通すことができなかったからだ。

 最初の爆発を捉えた映像は、今でもテレビで繰り返されている。それは、原田にとってなんとも恐ろしいものだった。

雪実は連日連夜火消しに尽力し、三人は日に二つの割合で依代を回収していた。

「そうだな、恵一……もっと言うなら剣持さんや雪実さんからすれば、いつ終わるか知れない戦いだったわけだ」

 釜坂は中学三年生の時から、剣持は小学校を卒業した直後から、雪実に至っては、剣持の誕生後から秀長に騙されていたわけだ。そういった、ある種の膠着状態は、最悪の形で打破されつつあった。

「そうそう、余命宣告されて自殺したくなる心境かな。生殺しよりはマシってこと」

「解りやすいが、最悪だな、それ」

 しかし、その解決は意外な形で訪れるかもしれない。この段階になっても、集団化した依代所持者たちのリーダーが不明ということがそれを匂わせていた。このままでは、先に配布された依代が尽き、敵の影響力がなくなる可能性が高い。

詰まるとこは『依代』の枯渇による戦いそのものの自然消滅、或いは向こうの条件付の降伏だろう。無論その解決がもたらされるのはこちらが先に力尽きなければの話ではあるが……。

「それにしても、敵にも恵一みたいのがいるんだな」

 百貨店の戦い以降出現する『依代』の適合者は、ことごとく偽りの記憶を植えつけられているという、事件解決を阻む重大な問題があった。

偽りの記憶を植えつけられた者に共通するのは、数日前に何者かに『依代』を渡されたということ、使用法や、宿る神なども、頭の中に浮かぶらしいということだ。『依代』を渡してきた人間の特徴を聞き出してみると、十代から八十代の男か女で、身長は一五〇㎝から二〇〇㎝、体重は四〇㎏から一〇〇㎏超までと様々で、参考にしようがなかった。『依代』を配布する人間も『依代』で作り出しているのかもしれない。

「僕とは比べ物にならないほど高度なものだけどね、いや特化していると言うべきかな、完全に精神支配を念頭に置いているかのような性質だ」

 『依代』の悪用が、偶然に同時多発しているわけではないのは、ここからも明白だった。

「何はともあれ、解りやすい目標が出来たものだね。悪を魔法の剣で倒せば、秩序は保たれる、やっとそういう簡単な図式になってくれたんだ、有難いよ」

 自身が敬愛する有名なファンタジー作家の言葉を引用して、釜坂はこの状況を茶化した。

「今までも、元凶である秀長さんがいたのに?」

 原田は言った。そういえばそうだと釜坂が笑った、苦笑いだったが。

釜坂にとって、悪というものは多い。――「肉親が関わっているから協力している」との釜坂恵一の言葉を、原田が忘れている訳はなかった。

「今夜の集合は九時だ、それまで少しでも休んでおこう」

 釜坂と別れ原田は家に向かった。何とか設けられた作戦会議は、幸か不幸か、今後の命運を左右することだろう。二人は緊張していた。

 帰路、井戸端会議が嫌でも耳に入った。ちょうど百貨店の爆発について怨嗟の声をあげるものであった。

「恵一大丈夫かな」

 爆発の映像を思い起こす。原田がこの映像を恐れるのは、ひとえにあの映像が親友に与える影響を考えてしまうからであった。

 この問題は原田を悩ませはしたが、帰宅し時計を見て次の戦いに備えることを思い出した。

 急いで入浴と夕飯を済ませ、仮眠のためにベッドに潜りこんだ。睡眠不足には慣れているが、ここまで体力が消耗することは稀だ。タイマーを設定しなければ仮眠ではなくなってしまう所だっただろう。

流石に頻繁に外出するとおおらかな両親とて心配するので、今夜は窓から外に出た。部屋には以前モチーフにしたバスケットシューズが置いてあるので、それを使えば怪しまれる心配もない。

 迎えのタクシーに乗り、剣持の家に到着した。まだ釜坂は到着していなかった。普段なら釜坂も原田と一緒にタクシーで回収される手はずだが、釜坂から今日は自分で向うとのメールが届いていた。

「恵一はまだ来ていませんか? 駅にいるから自分で歩くというメールがありましたが……」

「まだお見えになりません。今迎えを頼みましたから、先に今後の計画を練っておきましょう」

 剣持が出迎えてくれた。釜坂の不在は気になるが、今まで溜まった情報も多いため、すぐに奥に案内され話が始まった。

「実力的に見ても、他のメンバーの記憶混乱から見ても、その巨漢が五人の中ではリーダーということで間違いはないと思います」

 剣持自らが状況を説明した。確かにそうだろう、格式高い神社の奉納の品の類である大太刀の所持や、貴重な情報の保有から鑑みるに、巨漢が敵の中である程度の地位を占めているであろうことは想像に難くない。

「これがあのとき回収した『依代』の残骸です」

 雪実が桐箱から取り出したのは、百貨店で使われた四つの『依代』だった。中には原田が銃で破壊したものもある。

「単刀直入に申しましょう。残念ながら、これは秀長によって最初に作られたものではありません」

 原田は息を呑んだ。剣持は、苦虫を噛み潰したような顔をしている。

「面目ありません。私も先ほど気付いたのです。結界の張り直しや、揉み消しに忙しく、まともに調査が出来ませんでした。昨夜回収したものと私が最初期に回収したものの中に重複した形のものがあったのです。それが確認できたのは、今朝帰宅してからでした」

 ――昨日、雪実は夜通し外にいた、朝、疲弊の中で気付いたのは、彼の注意深さが為せる技だろう。それ以前のものは精密調査をすればともかく、外見的には気付く要素が全くないのだから。

 兎にも角にも、まだ発覚が早くて助かった。秀長が再びこの『依代』を作ったのか、それとも他人が複製したのかは不明だが、これでは消耗に耐えられなくなるのは、こちら側だというのがはっきりした。敵は、兵士の育成も無しに大規模なテロを起こすことも容易い。

「しかし、一体誰がそんなことを」

 不可能ではないかもしれない。元にあるのが剣持の家の戦闘術なら、今でも退治の業務を行う分家の人々などの協力が得られれば、それほど複製にあたり障害はなさそうだ。新たな『依代』の製造は、秀長でなくても可能、画風を真似し、本人が描いたと錯覚させる贋作みたいなものだろう。

 剣持と雪実により、今までの状況が整理されていった。

「彼は確か、『加勢が一人では、今のままではどうにもならん』と」

 巨漢のセリフを、剣持が繰り返した。

「待ってください」

 原田の口から漏れた声は、自分にも他人にも向けられていた。

あの場にいた『依代』の所持者は、巨漢、白髪の女性、茶髪の少年、狼を宿した青年、猿を宿した青年、その五人だ。百貨店を襲ったあの巨漢の言葉を信じるなら、『依代』の所持者が後から一人加勢したはず。

 巨漢の言葉と、当時の状況は矛盾する。

『依代』の反応は五つ、喫茶店で雪実は確かに言った。最初から五人いて、巨漢の言うように加勢が一人来たとしたら、合計は六人でなければならない。

 一人を見逃した可能性もあるかもしれない(剣持も釜坂もいたのに妙な話だ)原田は彼に珍しく都合の良い方向に考える。

いや違う――、

「最初の破壊音は爆発だった」

 原田の言葉を聞き、剣持も雪実も、何か重大な問題に気付いた顔をした。

 あの『依代』所持者の中には爆発を起こせるような力を持ったものは居ない。後の調べでも爆弾が仕掛けられたような痕跡はなかったそうだ。

「そんなはずはない」

 彼の言葉を信じれば、彼は、その近所で食事をしていた――何故今ここにいないのだろう、彼が約束に遅れた記憶はない――はずだ。それに、彼がすでに持つ力の種類も爆発とはほど遠い……。

 しかしながら、あの場所に最も遅く駆けつけた人物、すなわち『加勢』と表現できるような人物とぴたりと符合するのは……。

「少し、確認させてください」

 沈黙する二人を他所に、原田は電話を取り出した。釜坂の親戚に電話をかける。

 祈るような心境で、通話を開始し、そして――、

「親戚の方と会っていた事実はないそうです」

芸術嫌いの慇懃無礼に対し、原田が平身低頭で聞き出したことから、その部分を抜き出し伝えた、剣持と雪実の二人に、そして楽観視していた自分に。

 原田の疑いは唐突だ、されどその唐突さを補綴する要素は二つある。彼はある例外を除き、決して約束を破らない。そしてその例外にあたる条件、それは彼の親に関することである。

「――恵一の親については、ご存知ですよね」

 拳を握り締め、原田は言う。

「もちろん」

 雪実が短く答えた。しかしその返答には重みがあった。

「あの爆発……似ているとは思いませんか。彼が母親を失ったあの事件に」

 頭の中に、あの惨劇が蘇る――爆発の後、燃え盛る高い建物の映像――克明に思い出せることを今は恨む。

 相手側の『依代』はおそらく無尽蔵、すなわち新たに供給される可能性は高い。雪実曰く剣持の『依代』に宿る神の能力は、彼女の精神性ゆえに特殊な発現をしたという。そこから導き出せば、精神は『依代』が宿す力の形式に大きな影響を与える――。

「恵一君を探しましょう」

 毅然とした剣持の言葉に、頷くことで精一杯だった。

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