Ⅲ-Ⅴ

「ねえねえ、風呂から上がったらギルドの建物に行ってみましょうよ。旅の軍資金ぐらいだったら稼げるでしょうし」


「ギルド? どういう建物なんだ? そこ」


「魔物を狩ることを生業にしてる人たちが集まってるんですって。アタシも知り合いから聞いただけだから、詳しくは知らないんだけど……」


「魔物か……んじゃあ後で行ってみるか。メラネオスさんの方は、まだ準備に手間取るだろうし」


「じゃあそうしましょ。……あ、でもその前に一つ、お願いがあるんだけど……」


「うん?」


 風呂という場所を考慮する以上に、ヘルミオネの顔が赤くなっていく。

 意外と初心な彼女のことだ。女の子らしくて、可愛い頼み事でもするつもりなんだろう。俺としては叶えるまでの話である。


 こっそり指を絡めつつ、上目づかいで彼女は密着してきた。

 艶やかで赤い唇が、ゆっくりと愛情の籠った言葉を紡いでいく。


「あの、キス……」


「へ?」


「こ、この身体になってから、まだしてないから。だから早くして欲しいんだけど……?」


「――お安い御用だ」


 こっちだってまだである。ブリセイスの場合は頬っぺた止まりだったし。

 姿勢を変えて、正面からお互いを見つめる。


 柄にもなく緊張してしまうのは、この世界で初めて、という認識がある所為だろうか。召喚される前に交わした口付けの記憶も、身体を強張らせるのを手伝っている。


 ヘルミオネはとっくに目を瞑って、行為を今か今かと待つだけ。

 なら後は、こちらの決心一つで。


「ん……」


 味わい尽くした唇の感触は、不思議なぐらいに初々しい。

 そのまま肩に置いていた手を背中へ回す。僅かに振るえるヘルミオネだが、そう抵抗することなく身を委ねてくれた。


 ややあって、重ねていた唇がいったん離れる。


「……ねえ、ヒュロス」


「うん?」


「今、すっごい幸せ……」


「俺もだ」


 もう一度強くなる、彼女の温もり。

 相思相愛の男女に許された時間が、穏やかに過ぎていった。

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異世界生活は神々の加護で! 軌跡 @kiseki

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