Ⅲ-Ⅳ

「せっかく異世界で第二の人生を過ごすんだもの、昔と同じことしてちゃつまんないわよね。……やっぱりこう、森の中でひっそり、二人だけで過ごすのが王道かしら? ああでも、子供も欲しいし……」


「でもヘルミオネをチヤホヤする人間はいなくなるな」


「その分はヒュロスがやって頂戴。アタシの扱い方ぐらい、弁えてるでしょう?」


「ああ、危険物取扱注意だってことは知ってるぞ。怒ると口よりも先に、拳が出てきたりすることもな!」


「……そういう女、嫌い?」


 今までの活き活きとしてた表情からは一転、不安をたっぷり蓄えた顔付きに変化する。


 しまったしまった、彼女は結構な寂しがり屋。手を動かすのが早いことは、本人が気にしている欠点でもある。

 からかうつもりだろうと、素材としては不適切だった。


「あ、ああ、別に嫌いじゃないぞ。個性的だし、行動的なのがよく分かっていいと思う」


「なるほど……じゃあこれから、毎日殴ればいいのね?」


「いくらなんでも止めろ」


 死んだらどうする。

 しかしさすがに冗談だったのか、ヘルミオネは笑って流していた。無邪気な少女を連想させる、快活な笑みである。


 ブリセイスとは真逆とも言える性質だ。が、やはりこちらの方が安心する。

 恋人のような、妻のような、そして友人でもあるような女性。気兼ねなく話し合える関係だからこそ、俺は彼女に心底惚れたのだろう。


 あるいは。

 鳥かごの中へ押し込められた一羽のヘルミオネに、大空で生きて欲しいと願っているのか。


「はあー、しっかし落ち着くわね。やっぱり二人っきりっていいもんだわ」


「そうだな、喧嘩が起らないのは実に――って痛い痛い痛い! 抓むなよ!」


「だって反省が無さそうなんだもの。……まあヒュロスは、アキレウスさんに似てるところもあるし? 何人美女連れて来たって、文句は言わないけど、ねえ?」


「うん?」


「ちゃんとアタシの面倒は見てよ? 昔の約束だってあるんだし……」


「もちろん、覚えてるぞ」


 世界を見せてやる。

 初めて彼女に会った時、俺はそう断言した。過保護な叔母に育てられ、閉鎖的な環境にいた少女に向かって。


「地球にいた頃はまあ、死別になっちゃったけど……今回ばっかりは許さないわよ? きちんとアタシの手をとって、色々な世界を見せてね?」


 程良く上気した頬を見せながら、ヘルミオネは華奢な手を差し出してくる。

 もちろん俺は、強く握り返すだけだった。


「かしこまりました、お姫様。……ってマイホームはどうすんだよ? 平穏な日常は」


「あー、それは後回しにしましょ。ほら、まずはこの世界を回ってみないと、どこで暮らせばいいのか分からないじゃない? 実地調査は大切よ」


「そりゃそうだな。……でも予定とかあるのか? 俺、この辺りの土地については詳しくないぞ」


「別にいいんじゃない? 気の向くまま、風の向くまま進めばいいでしょ。帝国が妨害してこようと、ヒュロスの実力なら乗り切れるでしょうし」


「当然だな」


 しかし実行に移すとなれば、アテナ辺りは反対するかもしれない。そんなのことの前に帝国へ乗り込め! と怒鳴ってくることだろう。

 まあ何を言われようと、ヘルミオネの要望が最優先だけど。

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