Ⅲ-Ⅲ

「でもヒュロス君、おかしいと思わない?」


「? 何がです?」


「神託によって都市が守られている、ということよ。もし中にいる人間も守られているとすれば、人質は意味を成さないんじゃないかしら?」


「そうかもしれませんけど……まだ人に効果があるって決まったわけじゃないですよ?」


「確かにその通りね。でもだからこそ、警戒はしておく必要があると思うの。ラダイモンにとって、既に市民は足枷でしかない可能性を、ね」


「まさか……」


 もう、始末されている?

 悪寒に急かされるまま、ヘルミオネの方に横目を向ける。即座に意図を組み取ってくれた彼女は、勢いよくかぶりを振るだけだった。


 でも確かに、ブリセイスの言葉は記憶に留めておくべきかもしれない。都市が自給自足という形を捨て去っているのも明らかだ。


 一刻も早く、オレステスを討つ。

 そうやって決意を新たにしていると、一人の女性が湯船から上がった。


「あれ? ブリセイスさん?」


「私はこの辺りで失礼するわ。ヒュロス君の作戦が順調に行くためにも、お手伝いしておいた方がいいでしょうから」


「そうですか?」


 頷く彼女は、これといって惜しむ様子もなく歩いていく。

 タオルに隠された細い背中を見つめるのは、俺だけでなくヘルミオネもだった。呆気なさすぎる退場に、二人揃って面喰っているというか。


 出口の前でブリセイスは止まると、胸元のタオルを押さえながら一言。


「ヘルミオネちゃんって可愛いのね。――お姉さん、貴方のことも気に入っちゃった」


「っ」


 一瞬だけ舌舐めずりを見せてから、彼女は改めて浴室を去っていった。


 残された俺とヘルミオネは、お湯に浸かったまま唖然としている。最後に放ってくれた言葉が、どこか危険な意味を持っているように聞こえたからだろう。


 俺以上に痛感しているであろうヘルミオネは、これまでの警戒心と異なり困惑を露わにしている。


「……あの人、もしかしてそっちも行けるクチなのかしら?」


「そっち?」


「い、いいわ、気にしないで。アタシの勘違いかもしれないし」


「?」


 なんだか余計に興味を引かれるが、ヘルミオネが気にするなと言ったのだ。いわゆる女同士の話なんだろうし、男の俺が口を突っ込んでも仕方ない。


 二人になったことで寂しいような、落ち着いているような雰囲気の中で、肩までお湯の中へと入っていく。


「はあ、これでやっと時間が取れるわね。夫婦水入らず、じっくりお話しようじゃない」


「お、いいぞ。どんな話する?」


「そうねえ……やっぱりまずは、新居についてじゃないかしら? 神々はアタシ達に打倒帝国を求めてるけど、やっぱり一個人としての幸せは捨てられないわよね。幸い、今は国を率いる立場でもないんだし」


「そうだなー。俺もゆっくりできる場所は欲しいし」


「でしょ!?」


 我が意を得たとばかりに、ヘルミオネは俺の両肩を掴んでくる。

 おまけに大きく目を見開いて必死だ。それだけ彼女にとって個人的な、平凡な日常は掛け替えのないものなんだろう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る