第一章 快勝と旅立ち

Ⅰ-Ⅰ

 神域の中にある森を駆けること数分。


 武器を構えた荒々しい男達が見つかった。いずれも、荒野で出会った者達と同じ出で立ちである。


「おーい」


 木々という好都合な障害物を生かさず、正面から彼らに声をかけた。

 途端、彼らは驚きを露わにする。いつの間に、と口々に言っている辺り、俺の移動速度に反応できなかったんだろう。


 少し興醒めだが、まあ無理もない。俺に与えられている『血脈の俊足』と呼ばれる加護はそういうものだ。


 神速の加護、とさえ称される力。接近に気付かなかったのは自然なことで、彼らを批難する必要はない。


「……貴様、英雄か?」


「多分な。っていうか、今ので分かるもんじゃないのか?」


「――」


 肯定も否定もせず、彼らは改めて得物を構えた。

 部隊を率いている男を含め、敵の数は五名ほど。一方、木々の影にも何人か潜んでいる。向けられた殺気で丸分かりだ。


 さらにそのうちの数名が集落へと向かっている。呑気に相手をしている暇はなさそうだ。


「でもまあ、お尋ね者みたいだし? 名乗っておくとするかね。――俊足の猛将王・ヒュロスだ」


「……」


「おいおい、俺だけ名乗ってそっちはなしかよ?」


 なんて失礼なやつ。

 これは、色々と教育する必要がありそうだ。


「かかれ!」


 向こうもそのつもりらしく、槍を構えた部下達に命じる。

 当然、ものの数ではない。


「ふ――!」


「!?」


 一掃する。

 神馬紅槍ラケラ・ケイローンの第二形態を使うまでもなかった。敵が持つ槍は尽く切り落とされ、兵本人にも無数の傷が刻まれていく。


 残るは渋面をした隊長一人。


「お疲れ様……!」


 風の流れるまま、彼の急所へと神馬紅槍が吸い込まれていく。

 だが、


「おっ?」


 肌を裂く筈の紅槍が、金属音と共に弾かれた。


 反動で暴れる得物を抑えながら、改めて敵の様子を観察する。何せ、彼は棒立ちしているだけだった。にも関わらず防いだとなると、俺のような加護を持っていると考えられる。


「くく……」


 不敵な笑みを浮かべる、帝国の兵士。


 だがそれは俺も同じだ。

 こんなにも早く、特別な敵と出会えるなんて。オレステスの馬鹿が関わっている国と聞いて不安だったが、その心配は必要ないかもしれない。


 無論、手応えがあるかどうかは別の話。

 ヘパイストスから貰った籠手の実験台ぐらいは、務めてくれると嬉しいが。


「くく、マヌケめ。我らは我らの神に守られている。貴様のような若造が振るう槍など、届く筈もない」


「……確かに、今の俺は若造だな。でもアンタの部下はノビちまってるぞ?」


「信仰心が足りなかったのさ。神を称える者でなければ、かのお方は力を授けてくれない」


「ほう、ならアンタは神の力、その断片を持ってるわけだな?」


「然り。神子と言えど、貴様ごときではどうにもならない力だ」


「……面白いな」


 俄然興味が湧いてきた。

 神の加護を受けるということは、一角の英雄であることを示す。俺が持つ神馬紅槍ラケラ・ケイローン、『血脈の俊足』がいい例だ。


 この男は一体、どんな力を手にしているのか。

 第二形態の発動も視野に入れつつ、俺は敵の変化を凝視する。

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