Ⅰ-Ⅱ

「くく、怯えるがいい! これが我らの神――太陽神・アポロンより授かった力だ!」


「……」


 俺は平静を維持したまま、叫んだ彼の変化を眺めていく。


 蛇だった。ブリアモスを救助した際にも倒した大蛇が、次々に彼の身体へと喰らいついていく。


 男は苦悶の声を漏らさない。喜びに打ち震え、空を仰ぎながら歓声で喉を震わせる。

 太陽神・アポロン――ヘパイストスやアテナと同じギリシャの神だ。


 彼を象徴する動物の中には蛇がある。男がヤツらに身を捧げているのは、その辺りが由来となっているんだろう。

 しばらくすると、蛇どもは彼から離れていった。


「お、オオ……!」


「む」


 途端、男の身体が膨れ上がる。

 敗れる皮膚、弾け飛ぶ肉と鮮血。彼の内側から何か、まったく別の生き物が生まれようとしているのが明らかだった。


 数分と待たず、人間の規格が廃棄される。


 巨人だった。

 蛇のような皮で全身を覆った巨人。彼らと違っているのは手や足、さらには体格に合わせた剣と盾を持っていることだろう。


 全長は最低でも大人の倍以上はある。四、五メートルといったところだろう。


「はは……」


 見たことのない存在に、自然と笑みが零れていた。

 俺が生きていた時代のギリシャも神秘的な現象・魔性の獣が存在した世界だが、こうして怪物と称すべき相手と向き合うのは初めてだった。


 ああ、悪くない。

 この異世界生活、思った以上に楽しめそうだ――!


「行くぞ化け物!」


『来い、格の違いを見せてやる!』


 掲げられる大剣。もし受けに入れば、神馬紅槍ラケラ・ケイローンこと一刀両断にされてしまうだろう。

 幸い、動きは鈍い。避けようと思えば簡単に避けられる。


「っ――!」


 その通りになった。

 一瞬で側面に回り込み、そのまま『血脈の俊足』で距離を詰める。相手は盾を持っていたが、俺が回り込んだのは大剣を持っている右手。盾で防御に出ようとしても、彼は半回転する必要がある。


「下がれノロマ!」


『ギ――!?』


 神速の突きが、蛇の片腕を斬り落とす。

 


 もはや趨勢は決まったも同然。後は勢いに乗って、ヤツの急所を貫くのみ。巨体なだけあって狙い易さは一番だろう。


 だが。


『はははっ!』


「!?」


 切った筈の腕が、間髪入れずに生えてきた。

 想定外の展開に俺は一瞬だけ足を止める。敵が反撃を行うには、十分すぎる一瞬を。


 壁と見紛うような拳が、横から突っ走ってきた。


「っと」


 それでも当たらないものは当たらない。繰り出された拳の一撃、それ自体を土台にして跳躍する。


 お互いの位置は、戦闘を開始した直後の状態に戻った。蛇の巨人も、落ちた自分の腕から大剣を拾い上げる。


 もう一度武器を構え直して、彼は高らかに笑った。

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