第22話 不可逆

 程なくして西牙が荷物片手にやってくる。


「お兄ちゃん、こっちこっち」

「早々こんなことになるとはね」

「それは仕方ないだろ。というかお前も連絡出来ないの分かっているなら戻ってくるべきだろ」


 早い再会早々可奈に苦言を呈する西牙。


「ごめんなさい…でも、クラスメイトが巻き込まれるとなってなんとか把握だけしたくって…」

「まぁ、似たようなことになったら俺もそうするかもな」


 そう話しながら西牙はスポーツバッグに入れていたアタッシュケースのひとつと西牙が持っているのと同じ拳銃型の専用道具を可奈に手渡す。


「とりあえず、段取り決めない?」

「そうだな。その前に前提として今回結界は無理だな」

「理由は?」

「結界を張っていても最初からその場所に向かうとかそういう意思が働いている時点で無意味になる」

「つまり、時間との勝負でもあるってことね」

「ああ。夜ならともかく、こういった時間だとどうしても人の出入りが多くなりやすい」

「確かに、今外壁の修復真っ最中だから意味がないわよね…そうなると、まずは…」


 腕輪―霊剣の回収と2人は結論づける。


「それと併せて本丸の土蜘蛛が潜んでいる場所を特定しないとな」

「その辺に詳しいのは2人だからあたしはその方向で」

「それじゃ、早速家の中から調べるか」


 話ながら再び自宅の前に戻り、3人は母屋へ足を踏み入れる。『見える』状態にして玄関を見渡すと問題ない状態に安堵し、アスカの部屋を目指して進む。

 警戒しながら進み、普通に扉を開けようとして西牙はアスカを制止する。


「ドラマにあるような形で開けた方が良い。開けたときの光景で絶句したくないだろ?」

「…言えてる」


 反対側に西牙が回り、可奈と共に手にしていた拳銃型の専用道具をいつでも引き金を引けるよう確認するとアスカが扉を勢いよく開ける。

 それと同時に西牙が銃口を部屋の方に向けて立つが、部屋の中にはなにも異変はなかった。


「…大丈夫だ」

「オーケー、それじゃ腕輪を用意しますか」


 そう話しながら自室に入ったアスカはいつも保管していたケースから腕輪を取り出して身につける。


「ここまででいないとなると可能性が高いのはどこになるの?」

「出入りの少ない場所か出入りがあっても気づきにくい場所、だな」


 そう西牙が答えアスカは少し考える。


「そうなると物置にしている納屋と道場にある更衣室か用具倉庫ね」

「じゃあ物置から…」

「お兄ちゃん、気づかれた!」


 警戒していた可奈の声に西牙は自身が持っていたアタッシュケースを開け、中に入っていた自分の専用道具を取り出す。

 その道具は二丁拳銃ではあるものの、銃身部分が大きくてやや長く非対称なデザインとなっている。

 それを手にし、廊下へ出ると同時に西牙は右手に持った銃の銃口を可奈が見る先へ向ける。

 それと同時に3人ともわずかながらも背筋からひりつくようないやな感覚から『なにか』が来ているのが分かる。そしてそれが一気に膨れ上がる。

 姿を確認するよりも早く、術の発現を意識するようにグリップに神経を研ぎ澄ませる。

 すると次の瞬間、ぼんやりと銃身の先端部分から光の輪が形成されその中にさらに6つの円が生まれ輪が回転しだし速度がどんどん上がっていく。

 膨れ上がった気配の正体である子蜘蛛がわらわらと現れ出すと、西牙はぐっと力を込めて引き金を引いた。

 まるでガトリング銃のように途切れることのない無数の光弾が廊下全体に広がり、一瞬にして子蜘蛛達を跡形もなく消し飛ばす。


「…蹂躙・虐殺ってこういうことを指すのかもね」


 ひょっこりと廊下へ顔を出したアスカは消し飛ばすその光景を見てそう漏らす。


「そうなるんだろうな」


 そう答えながらアスカの例えに西牙は苦笑する。


「ともかく感じた気配は途切れたみたいだけど…」

「可奈、急いで準備しろ。下に下りるぞ」

「分かってる」


 そう話しながら可奈はアタッシュケースから何かのパーツを西牙と自分の拳銃型の道具に取り付ける。

 一見するだけではどんなものかは分からない。

 その横で西牙もアタッシュケースに入れていたホルスターベルトと30センチくらいの棒2本をベルトの背面にある取り付け口に取り付ける。


「出来たよ」

「こっちも再準備出来た。不知火は腕輪も準備出来てる」

「こっちとしては術がどれだけ使えるかってところね」


 入念に確認しながら会話を続ける。確かにアスカは今日の時点で試した術の組み合わせで消耗している。そのためどのくらい使えるのか自身のキャパシティも把握すらまだ出来ていない。


「そのまま出来るところまでやるしかないだろうな。霊剣も摩耗した状態では長く維持は出来ないだろうな」

「うまくやりくりしないとダメってことか…」


 そう話しながらそれぞれの準備を終えると1階へと警戒しながら向かう。

 周囲を見ながら進むが、先ほどの子蜘蛛はどこにも見えない。


「聞きたいけど、約1週間ほどであれほどまで数が増えるものなの?」

「そこは俺も引っかかっている。現代ではそう簡単に増えるのは簡単なことじゃない」

「『一寸の虫にも五分の魂』って表現されるようにそういったものの魂を取り込んだとかならあるんじゃなかったっけ?」

「…あ!」


 可奈の発言にアスカは気がついた。あの事故があった日、そのままにしていた団子にどこからか入ってきた蟻の塊が出来上がっていて、処分して業者に依頼・殺虫剤をまいてもらったというのを瑞希達が話していたのを思い出す。


「どうかしたか?」

「…妹さんの言うとおり、原因はそれよ。そうなる状況出来てたみたいだし」

「偶然が重なったということか…」


 その話から西牙は土蜘蛛がどこにいるのかを考える。


「納屋の広さは?」

「元々古い家を建て替えと同時に整頓したから…あたしの部屋の倍くらいよ」

「子蜘蛛があれだけいるってことは…道場の可能性が高いな」

「数を考えたらそこを住処にしてないと姿を隠せないよね?」

「そういうことならレイジが狙われた理由分かるわ。今日用意したスケボーは道場側の倉庫のひとつをうちのこういった道具置き場にしているのよ」


 導き出した答えにアスカも納得する。それなら道場の方に取りに行った際、レイジの首に蜘蛛の糸が巻き付けれていたのにも納得することが出来る。


「そうとなれば道場の方へ向かうか」

「鍵はあたしも持ってるからそのまま行きましょう」


 警戒しながら急ぎ道場へ向かい入口の鍵を開けた瞬間、アスカは違和感を覚え血の気が引きかける。


「…嘘でしょ……」

「どうした?」

「…鍵が開いてる」

「っ!それって…」

「レイジが帰ってきてる可能性が高いわね……」


 最悪の状況になりつつあるという現実が3人を襲う。しかし、それでも原因を取り除かないことには撚り最悪の方向へと進んでしまうことになる。


「…いけるか?」

「…………やるしかないでしょ」


 何度か深呼吸し、アスカは無理矢理思考を切り替える。そのまま意を決し、扉を開け道場内へ突入する。

 そこには道場の天井に届くほどの大きさの蜘蛛とその糸で体を拘束され意識を失っているレイジの姿だった。

 その光景に3人は絶句するが、もう一度深呼吸したアスカは素早く術用文字を描き光弾を真正面から放つ。

 その行動に西牙と可奈も我に返り思考を切り替える。


「うちでこれ以上の狼藉はさせないわよ」


 アスカにとって家族を守るための戦いが始まった。

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クロスライン 相葉 翔 @ragu1397

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