第37話 悪魔吊り⑫友達

 友達というのに憧れていた。


「聞いたかよ、あいつ議員の息子らしいぜ」

「マジよか、すげーな」

「うちの母ちゃんがあいつと仲良くしてれば、そのうちいいことあるって言ってたぜー」

「じゃあ、オレあいつの友達になるわ」


 小さい頃から、そんな周囲の声がよく聞こえていた。

 オレ自身、親が特別な地位の人間であることは知っていたし、それを目的に近づく連中が多いことに幼いながらもなんとなく気づいていた。

 それでも自分の周囲に人が集まるのは気分がよかった。

 けれども満たされた、と感じたことは一度もなかった。


「おい、聞いたかよ。あいつのオヤジなんか汚職ってやつをやってたらしいぜ」

「マジかよ、それって悪いことだろう?」

「うちの母ちゃんもあいつの親はもう終わりだから、今後は近づくなって言ってたぜ」

「なんだよ、じゃあ友達になって損したぜー」


 ある日、親父のスキャンダルがあからさまになった。

 その日を境にオレの学校での地位は陥落し、それまで友達ヅラをしていた全員がオレを見放した。


 なんとなくはわかっていた。

 オレには最初から『友達』なんていなかったって。

 悔しかった。悲しかった。情けなかった。

 どれだけ地位に恵まれても、オレの欲しいものは誰も与えてくれないのだと。

 けれども、


「桃ー。どうしたんだよ、そんな顔して? 一緒に帰ろうぜ」


「……金太。けれど、お前……いいのかよ……。オレ、周りからもう捨てられてるのに……」


「なに言ってんだよ。オレとお前は友達だろう」


「……友達」


 救われた。

 そう思っていた。

 本当の友達が一人でもオレの傍にいてくれると。

 その時は、そいつの本当の気持ちなんか知る由もなかったが。


 そうして中学に上がったオレは金太――オレの唯一の友達と別れた。

 そこから先も小学の頃と同じような日々の繰り返し。

 オレが議員の息子と知り、近づく連中。

 利用できないと知るやいなや、縁を切ってくる連中。

 そんなことの繰り返し。

 父親との関係もあり、オレがグレるのに時間なんて必要なかった。

 そうして高校に入ったオレはある連中と知り合う。

 そいつらも家庭や周囲との関係により、オレのように道を外れざる得なかった連中だ。


「にしても、あの花野ってやつ。マジうけるよなー」


「ほんとほんと、つーかアタシがちょっと優しくしてやったらその気になってあれマジでキモかったわー」


「いやぁ、あのシーンはマジで録画のしがいがあったぜぇ。これあとでどっかのサイトに上げようぜ」


「いいねぇ。なぁ、桃ちゃんもそう思うだろう?」


「……ああ、そうだな」


「んだよ、どうしたんだよ、桃ちゃんー。いつもならもっと乗り気だろうー?」


「そうそう。つーか、あの花野って毎回うざいんだよ。僕らが好き勝手にやってたら、それに対して注意してくるとかマジで何様だよ」


「ホントよねー。アタシ、ああいう偽善者ってマジで吐き気がするほど嫌いなのよねー」


 口々にそう花野をなじる犬崎、猿渡、雉姫達。

 きっかけは些細なものであった。

 花野のやつがオレ達が不正で手に入れたテストのデータをほかの連中に売っていたところを教師にバラしたとか、そんなのだ。

 ともかくこの際、理由なんてものはたいして必要なかった。

 単にオレ達は今の自分達の不遇な惨めな状況を直視したくなくて、そんなオレらよりも弱くて惨めな存在を作り、そいつを虐めることで清々したかったのだろう。


「……なあ、犬崎。オレ達って……友達、だよな」


「はあ? 何言ってんだよ。桃ちゃん。そんなの当たり前だろう」


「そうそう、僕達高校入ってすぐに気の合う仲間じゃん」


「アタシも桃の彼女だしー。これから先もアタシ達ズッ友じゃん」


「おい、雉姫。お前、それ死語だぜー」


「あははー、ウケるー」


 他愛のない会話。雑談。

 だが、オレは知っていた。

 オレのことを『友達』と告げる犬崎と雉姫が寝ていることを。

 同じように頷く猿渡も裏ではオレ達の陰口をネットの掲示板に書き込んでいることを。


 わかっている。

 この世界に本当の『友達』なんていない。

 信頼なんてない。

 誰かを想うなんて嘘っぱちだと。

 全ては自分を優位に見せるため、自分が気持ちよくなるために利用しているに過ぎない。

 その関係性が友達なんだと。

 だからオレは、それが世界の全てだとそう思っていた。

 なのに――


◇   ◇   ◇


「は? お前、今なんて言った?」


「言った通りだ。オレは悪魔として吊るされる。そのためにお前にわざと傷をつけたい。協力してくれないか?」


 それはこの悪魔吊りが行われてすぐ、オレを含む紅刃達が疑われた際、オレのスキル『閉鎖』を使い、一人一人の潔白を証明していた時であった。

 砂野陸がオレにそう持ちかけてきた。


「お前……何言ってんだ? そんなことして何の意味があるんだ? ただ単にてめえが吊るされるだけだろう」


「ああ。だが、それで海は助かる」


 そう言ってあいつは自分が死ぬのにも関わらず、その選択を受け入れていた。

 それがオレには理解不能だった。


「なんでだよ。そんなことして何の意味があるんだ? お前、あの女を庇おうって言うのか? バカかお前! 自分よりも悪魔かもしれない女の方が大事だっていうのか!?」


 この世に自分の命よりも大事なものなんてあるはずがない。

 仲間。恋人。友人。

 そんなものは全部見せかけ。全部、自分という存在を優位にするための道具だ。

 オレはそれを誰よりも見せつけられた。

 自分の父、犬崎、猿渡、雉姫。そして……唯一の親友だと信じていた金太にすら、オレは裏切られていたのだと花野の口から聞かされたのだから。しかし、


「そうだ。それで“オレと共にいる海”が“助かる”なら、それが人間として正しい選択なんだろう」


 あいつはあっさりとそう言った。

 己の命よりも。自分達の中に紛れた悪魔が誰であるのかも。そうした諸々の答え合わせよりも、人間として何が正しいのか。

 そんなこのデス・ゲームにおいて、もっとも必要ない、くだらない、意味のないものにあいつは迷うことなく、その選択肢を取った。


「……なんでだよ。なんでてめえはそんな選択を取れるんだ……」


「それは海がオレの彼女だからだろうな」


「……は? 意味わかんねぇよ」


「だろうな。オレも自分のことながら意味がわからないと思うよ」


 どこまでも他人事みたいに陸はそう答えた。

 それは明らかに異常者の答えだろう。

 このゲームにおいて、悪魔を見つけることは何よりの優先事項。むしろ、それを破棄してまで他人を庇うなど狂気の沙汰。

 仮にそれが友人や恋人をかばうためだとしてもだ。

 普通の人間ならば、そんな陸の行動を嘲笑うか、呆れるだろう。

 事実オレもそうだった。けれども、


「お前にとってもそう悪くはない取引だろう、桃山。お前だって前々からオレのことが目障りだったんだろう? なら、これで始末できると思えば安いものだろう」


「……ああ、そうだな」


 オレは頷く。

 確かにオレはこいつが、こいつらのことが目障りだった。

 けれども、それは前にオレ達のグループにこいつらが喧嘩を売ってきたからじゃない。

 オレがこいつを目障りに思う理由。

 それは、こいつらがオレが本当に欲しいと思っているものを持っていたからだ。


「……いいぜ。てめえのその取引に乗ってやる。そのポケットのナイフでオレの腕を斬りな。それですぐにオレのスキルを解除してやるよ」


「分かった。すまないな、桃山」


「チッ、言っとくが痛くするなよ」


「それは保証できないな」


 冗談なのか、本気なのか相変わらずよくわからない表情のまま陸は近づく。

 そんなあいつを見ながら、オレは最後に気になったことを質問した。


「……一ついいか? 仮にここにいたのがてめえの友人の空や真司の野郎でも、てめえは同じ行動を取ったのか?」


 誰かのため、恋人あるいは友人のために命を捨てられる奴がいたとしたなら、そいつは紛れもない狂人だろう。

 だが、同時に――


「ああ。迷うことなくオレは同じ選択をするだろうな」


 そいつは本当の友(きずな)を持っているということだ。



◇  ◇  ◇


「BAN」


 浦島の人差し指が犬崎を指した瞬間、オレは自業自得だと嘲笑った。

 お前らにはそれがお似合いだと。

 オレを裏切った金太のように、お前も雉姫、猿渡と一緒に消えれば清々するとそう思った。

 なのに、気づくとオレは犬崎を後ろから押し、奴を庇うように前に出ていた。


「え?」


 困惑する犬崎を隣に浦島の指先がオレを射抜いた。

 瞬間、オレの右肩に何かが『カチリッ』と作動する音が響いた。


「はは、こいつは驚いた。狙いがズレたかよ。まあ、どっちにしても同じことだ。桃山って言ったか? 忘れてないよなぁ。このゲームが始まった最初にオレがお前の肩を掴んだことを?」


「……ああ、覚えてるよ」


 こちらを見下すように笑う浦島を前にオレは答える。

 そうだ。あの時、こいつがデクという包帯男に変装していた時にオレはこいつに肩を掴まれ、犬崎のところへと引っ張られた。


「そういうことだ。自分は大丈夫だとタカをくくっていたのか? 残念だったな。オレの『爆弾』の威力はさっきから見ての通りだ。たとえ肩についた爆弾だろうと右半身が消し飛ぶほどの威力だ。お前はもう終わりだぜ。桃山」


 そう言って、オレを見て嘲笑う浦島を前にオレもまた笑みをこぼす。


「そいつはどうかな……一つ言わせてもらうぜ、浦島。てめえのそのスキル……“欠陥品”だな」


「はあ?」


 オレの宣言を前に浦島は何を言っているのかと不快そうに眉を潜める。

 だが、オレが言ったことは強がりでもハッタリでもなんでもない。なぜならそれはこれまでのあいつの行動がそれを証明しているのだから。


「スキル『閉鎖』」


 瞬間、オレと浦島は二人だけの空間に閉じ込められる。

 四方を黒い壁に覆われた密閉空間。広さわずか数メートル程度の空間であり、指定した二人以外は決して入ることの出来ない閉鎖空間。

 そこに閉じ込められた瞬間、浦島は明らかに動揺した声をあげる。


「なっ!? て、てめえ! なんだこれ! ふざけんなッ! 今すぐ出しやがれッ!!」


 慌ててすぐ傍にある真っ黒な壁に近づき、何度もそれを叩くがまるでビクともしない。

 当然だ。この空間はオレが解除を選択するか、一定時間を過ぎるか、あるいはオレが死ぬまで解けることはないのだから。


「おいおい、何を慌ててるんだ。てめえ? せっかく“二人ぼっち”になったんだ。白黒つけるまで、ここで殴り合おうぜ。なぁ!」


 慌てる浦島の肩を引き寄せ、オレは奴の顔面に渾身の拳を叩きつける。

 まともに拳を顔に受けたことで浦島は鼻が折れ、そこから血を流すと憎悪に満ちた目でオレを睨みつける。


「てめええええええええ! このクソ野郎が!! 出せ! 今すぐオレをここから出せえええええええええッ!!」


 半狂乱のままオレに殴りかかる浦島。オレはそれを真っ向から受け止め、両者共に顔面から血を流し、血だらけのままの拳を振り続ける。

 やがて、オレの肩についていた爆弾が残り僅かなカウントを告げると、それに気づいた浦島が再び慌てたように閉鎖空間の壁端へと向かう。


「うああああああああああ!! よせ! やめろおおおおおおおおっ!!」


「お前……さっきからスキルを使って誰かを爆破する時、必ず一定以上の距離を保ってたよな? それはつまり、お前の『爆弾』による爆発は“お前自身にも傷を与える”ってことだ」


 そう、それはこいつ自身が先程から言っていた。

 爆弾による爆発はそれを取り付けられた人物だけでなく、周囲をも巻き込むと。

 確かにこいつのスキルは恐ろしい力だ。だが、強大すぎる暴力は時として自分自身すら巻き込む。


「観念しろよ、クソ野郎。結局、オレらみたいなクズは自分がやった暴力の結果で自滅するのが相応しいんだよ」


 そうさ。今更は弁明はしない。弁解もしない。

 オレがやってきたことのせいで人生を潰され死んだ奴がいる。

 その結果、そいつは異常者として地獄に堕ち、そいつの復讐によってオレもまたこの地獄に落ちた。

 クズのクズから生まれたクズの成れの果て。

 オレに相応しいのはただ、オレと同じクズと共にこの掃き溜めで自滅じごうじとくすることだと。


「離せええええええええええええええええええええッ!!」


 浦島の絶叫と共にオレは奴の胸ぐらを掴み、そのまま肩から発生した爆発に巻き込まれ、閉鎖空間は鈍い音を立てて崩壊した。


◇   ◇   ◇


「ぐあああああああああああああああああああッ!!」


 次にそこに現れた瞬間、絶叫を上げたのはあの浦島太助であった。

 先ほど浦島が犬崎という男に向け、スキルを発動した瞬間、すぐ傍にいたあの桃山太郎という男がそれを庇った。

 正直、あの男があのような行動を取るとは思わず僕も一瞬驚いた。

 それはお嬢様も同様だったようであり、それを少し離れた場所から見て息を飲んだのを見た。

 ただ一人、あの砂野陸という男だけは一瞬驚いたような顔をしたけれど、それとは別にどこか複雑そうな顔を見せていた。

 そうして桃山の爆弾がカウントを始めると同時に二人の姿が消えた。

 恐らくは桃山が例の二人っきりになるスキル『閉鎖』を使ったのだろう。

 僅かな秒数の後に二人が同じ場所に戻ってきた。

 しかし、次に姿を見せたとき、桃山の右半身は消し飛んでおり、浦島も顔をはじめとした全身が焼け焦げた状態で現れていた。

 どちらも瀕死だ。特に桃山の傷はあまりに致命傷。あれはじきに死ぬ。

 そんな瀕死の桃山を前に助けられた犬崎は呆然とした表情で桃山を見ていた。


「も、桃……ちゃん……? な、なんで……だよ……?」


 訳が分からないと言った様子でそう問う。

 しかし、桃山からの返答はなく、すでに喋れないのか焦点のあってない目で虚空を眺めていた。


「お、オレが、友達、だから、庇った……のか、桃……? ば、バカじゃねえのか……そんなの、口だけに決まってるだろう……な、なんでオレを庇って……な、なんで……」


 あまりに理解不能な状況に犬崎すら自分自身の感情や今の気持ちが分からず涙を浮かべる。

 そんな犬崎と目があったのか、桃山は血まみれの顔で笑う。


「……っざ、けんなよ……クズ、が……誰が、てめえの……ダチ、だ……。オレに、ダチなんて……いねぇ……オレは、ただ……クズとして、クズのまま……死ぬだけだ……あのクズと、一緒に、な……ただ、それだけだ……てめえなんて……ダチ、じゃねぇよ……」


 そう言って桃山は最後に陸と目を合わせた。

 その時、両者がどんな表情をしていたのか、僕からは見えなかった。

 無論、お嬢様からも犬崎からも。

 両者が最後にどんな顔をしていたのか、それを知るのは砂野陸。ただ一人であろう。

 そうして、桃山が息を引き取ると残された犬崎は何も分からぬまま、その場で立ち尽くし、ただ嗚咽を繰り返す。


 そんな一方で――


「うあああああああ……! ざ、ざけるなぁ……! こ、こんな……お、オレ様が、こんなところでええええぇ……!」


 全身を重度の火傷に覆われまま、その場にてもがく浦島。

 恐らく至近距離であの爆発を受けたのだろう。

 彼のスキルは確かに強力であった。恐らく、これまでのプレイヤーの中でも最も攻撃に特化した強力なスキル。だが、その分、使用者に対するデメリットもまた強大であった。

 爆弾の爆発に巻き込まれれば、使用者であろうと瀕死のダメージを負う。

 彼もそれをわきまえており、あえて遠い場所にいた連中を爆発させていた。

 だが、桃山のスキルはある意味、彼にとっての天敵となりえた。逃げ場のない場所での爆発。それは即ち、自身の自滅にほかならない。

 もはや浦島太助はここでリタイアだ。

 誰もがそう彼を見下ろした瞬間、


「あっ……?」


 必死に這いずる浦島の前に誰かが立つ。

 それはあの浦島と共に行動をし、彼の命令に付き従っていた少女、乙姫であった。


「お、乙姫……! た、助けてくれぇ……! 今すぐ、このオレを、助けろおおおぉぉ……!」


 必死に己の彼女……否、奴隷として扱っていた人物に救いの手を伸ばす浦島。

 そんな彼を前に、乙姫は――――

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徒花の館・地獄篇 雪月花 @yumesiro

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