第36話 悪魔吊り⑪爆破

「ほぉ、よく看破しましたね」


 お嬢様の宣言と同時に浦島太助の姿が変わっていく。

 先程まで人の顔をしていた部分がまるで硫酸でも浴びたかのように溶け出し、目や鼻を始め、眉や口、髪や耳など頭部に存在するあらゆる器官がそげ落ちると、そこには何も残らなかった。

 文字通り、まるで紙に空いた穴のように真っ黒な闇のようなものが顔に浮かんでいるだけ。

 その変質にこの場にいた全員が怯えるが、お嬢様だけは特に変わった様子もなく目の前の死神を見つめていた。


「それがアンタの正体ってわけ?」


「正体というほどのものではありませんよ。我々死神に定まった形などありません。故にどのような姿にも変身は可能です。今回は悪魔側からの要請でこちらのゲームに参加しているだけで私自身は何もする気はありません」


「そう言いながら、自分に危害を加えようとする連中は殺したんでしょう?」


「それはまあ、ルールですから。我々死神と悪魔同様にルールには厳粛です。それと先ほどまでの挑発めいた言動も全ては元となった浦島太助の性格をそのままトレースしただけです。しかし、正体が看破された以上は私からこれ以上何かを仕掛けるつもりはありません。無論、あなた方が私を害そうとすればルールに則り、報復させていただきますが」


 顔のない死神からの冷酷な宣言にこの場に集まった全員が凍りつく。

 とはいえ、正体が分かった以上、自分達からこの死神に手を出すことはないだろう。事実、これで死神の驚異は取り払われたと言っていい。

 しかし、そんな状況の中、お嬢様は未だ警戒の糸をほどくことなく更なる質問を死神に行う。


「ならもう一つ、アンタに質問。アンタが浦島太助に成り代わっていたのはその方が自身にヘイトを集めやすく『仕事をしやすい』からってことで理解できるわ。なら、その“肝心の浦島太助は今どこにいるの”?」


 お嬢様のその質問に会場中がざわりとした空気を纏う。

 死神はそんな雰囲気を楽しみながら答える。


「さあ、生憎とそれ以上はお答えできません。私が浦島太助に成り代わったのはあなたの言ったとおり、その方が『仕事がしやすい』からです。いわば利害の一致。しかし、それ以上のことは私の管轄外ですので」


「そう」


 そう言って、もう死神に用はないとばかりにお嬢様は後ろを振り向く。

 そのまま呆然とお嬢様を見つめていた猿渡英治へと近づく。


「アンタ、スキル使ってくれない」


「は、はあ? どういう意味だよ?」


「アンタのスキル『念写』よ。それを使えば本物の浦島太助がどこにいるか分かるわ」


 お嬢様の一言に周囲の連中がざわめく。

 だが、その多くが「そうか、その手があったか!」「ってことは本物はこの中に混じってるのか!?」とお嬢様の提案に肯定的であった。


「た、確かにそれでなら本物の浦島太助がどこにいるかわかるけれど……さっきの雉姫みたいにどこかで死んで成り代わってる場合もあるんじゃないのか?」


「それならそれでいいわ。今問題なのはあいつがこの中に混じっているかどうか、それを確認することよ」


「た、確かにそうだな……。分かった、それじゃあ今スキルを使って――」


 と、猿渡がカメラを手に持った瞬間であった。


『カチリッ――』


「え?」


 それは何かがハマった音。

 いや、何かが“起動した音”。

 一瞬の沈黙の後、それはまるで時計の針のような秒針をこの場に響かせる。


『カチッ――カチッ――カチッ――』


「お、おい、なんだよ、この音?」


「と、時計? 針の音?」


「いや、なんか、もっと別の……なんだこれ?」


 困惑する一同。

 音の発生源がどこなのかと探り、やがてそれがある人物の体内から聞こえていたことに気づく。


「え、ぼ、僕……?」


 それは猿渡英司。

 先程から秒針が進むような奇妙な音が猿渡の体内――ちょうど腹の辺りから聞こえていた。


「な、なんでこんな音が僕から……?」


 訳も分からず訝しむ猿渡。

 周囲の連中も首をかしげ、あるものは恐る恐る彼に近づく、あるものはなぜか一歩下がった。

 その中でお嬢様はなにか気づき、咄嗟に後ろに下がると同時に叫ぶ。


「全員そいつから離れなさい!!」


「え?」


 その直後であった。

 猿渡の体内――腹部が内部より破裂した。


「ぎっ――――ぎゃあああああああああああああああああああ!!?」


 それは爆発。

 しかもただの爆発ではない。

 猿渡を中心にその周囲にいた者達を巻き込むほどの爆発、即ち爆弾。

 猿渡英司は体が吹き飛ぶと同時に絶命し、その周囲にいた連中は彼の爆発に巻き込まれ、あるものは腕を吹き飛ばされ、あるものは胸を焼かれ、大なり小なりの損傷を受ける。


「う、うわあああああああああ! いきなりなんだあああああああ!?」

「爆発、爆発しやがったぞおおおおおお!!」

「嘘だろうこんなの!?」

「な、何がどうなってるんだあああああああ!?」


 阿鼻叫喚の渦となる会場。

 その中でいち早く動いたのはお嬢様であった。

 猿渡がいた位置よりはるか後方。ちょうど彼の直線上に立っていた人物。

 その人物めがけ、迷うことなく突進をするとスカートの中に隠していたナイフを手に取り、迷うことなく男の喉元を狙う。

 が、お嬢様のナイフが喉元に届く前に男はお嬢様の腕を掴み、その一撃を止めた。


「……さすがだな。やっぱこの中じゃ、てめえが一番厄介だな」


「やっぱり、アンタだったみたいね。まあ、仕掛けが分かった時点で、そんなあからさまに顔を隠していたらバレバレだけどね」


 それは顔を包帯で覆った男。

 このゲームが始まってから死神が化けていた浦島太助の傍に控えていた長身の男。

 デク――否、顔に巻かれた包帯を取り、その男、本物の浦島太助が姿を見せる。

 お嬢様をその顔を見るや否な残った左腕で隠していたナイフを更に取り出し、浦島の顔面めがけ斬りつけようとするが、


「おっと」


 それより早く浦島が手を離すと同時に一歩下がる。

 どうやら浦島という男。身体能力、反射神経は悪くないようだ。

 体つきからも普段から鍛えている様子があるようで、単純な力比べではお嬢様の分は悪いだろう。とはいえ、お嬢様にはそれを補ってあまりある殺人の『技術』がある。

 こればかりはこの場に集まった誰よりもお嬢様は上だ。

 しかし、それを抜きにしてもお嬢様が目の前の浦島を警戒する理由はまた別にある。

 それは先ほど猿渡英司に起きた爆発。


「一つ聞くわ。さっきのがアンタの『スキル』なの?」


 そう言ってお嬢様は先ほどの猿渡に起きた爆発を問う。

 それに対し、浦島は先程まで死神が見せていた笑みと同じいやらしい――他人を見下すような笑みを浮かべる。


「そういうことだ。ちなみにオレのスキルの名前は『爆弾』。これはそのままだな。発動条件はそいつの体に“数秒間触れ続けること”だ」


 その言葉を聞いた瞬間、お嬢様の顔に緊張が走る。


「察したようだな。そう、お前はついさっきオレに“右腕を掴まれた”」


 それは先ほどの初撃で浦島の喉元を狙った際の攻撃。

 その際にお嬢様は確かに右腕を浦島に掴まれた。


「つまり、今度オレが起爆の合図をすれば、お前の腕は吹き飛ぶ。まあ、ほぼジ・エンドってわけだな」


「……そう。なら、その前にアンタを殺せば速いでしょう」


 浦島がなにかリアクションを起こすより早くお嬢様が地をかける。

 が、そんなお嬢様をあざ笑うように浦島は右手の人差し指をお嬢様へと向ける。

 それを見た瞬間、お嬢様は瞬時に真横へと飛んだ。


「BAN!」


 お嬢様が浦島の人差し指の直線上から避けると、その先にいた男の左肩に何かが走る。

 男が僅かに何かに戸惑うと、先ほどと同じ秒針が進む音がこの場に響き渡り、その数秒後、男の左上半身がまるごと吹き飛んだ。


「ぎゃあああああああああああああああ!!」

「うわああああああああ!」

「また人が爆発したぞ!!」

「う、嘘だろうこんなの!」


 そして、それは先ほどの猿渡の爆発と同様、周囲にいた人間すら巻き込み、会場中は更には悲鳴に包まれる。


「……なるほど。アンタが徒党を組みグループの王座についていたのはこれが本当の目的ってことね」


「そのとおり。ますます察しがいいなアンタ。けど、そういうカンの良すぎる女ってのはオレは好きになれねぇな」


 一方で浦島と対峙していたお嬢様は浦島の真意に気づく。

 なぜ、彼がこの地獄のデス・ゲームにおいて徒党を組み、グループを築いたのか。

 それは多数派になることでゲームを有利に進める以上に、彼にとっての『手駒』。文字通りの『武器』を揃えるため。


「アンタ、自分の仲間になった連中の体に触れて、全員をアンタ専用の爆弾に変えたんでしょう」


「その通り」


 お嬢様の確認に、悪びれもせずに答える浦島。

 それを聞き、周囲にいた全員が息を呑む。


「つまりこの場にいる連中は全員、オレの爆弾として最初から詰んでいたんだよ。まあ、中にはオレのグループにいない連中もいるが、さっきも見たとおり爆弾になったやつの殺傷力は周囲を巻き込む。お前らもそんな必要以上にくっついてると巻き添えで死んでしまうかもしれないぞ?」


「お、おい! 冗談じゃねえぞ!」


「お、お前! 浦島のグループだった奴だろう! 俺たちに近づくなよ!」


「は、はあ!? ふざけんなよ! おい、浦島! てめえ、俺たちの爆弾を解除しやがれ!」


 浦島の宣言に沸き立つ会場。

 しかし、浦島はそんな騒ぎをあざ笑うように次々と自分から遠い位置にいる者達に向けて、人差し指を銃口のように向ける。


「BAN、BAN、BAN」


 人差し指から向けられた三発の銃弾。

 それは三つの爆発となり、それに巻き込まれた者達は更なる悲鳴をあげる。


「うわああああああああああああああああ!!」

「じょ、冗談じゃねえぞ!!」

「に、逃げろ! 逃げろおおおおおおおおおおおお!!」


 密閉空間での爆発。

 しかも、それは人間が直接爆発するという悪夢のような現実。

 その周囲にいた者達も巻き込まれ、傷を負ったものは更なる混乱に落とされる。

 もはや、このような状況においてまともに思考することなど困難。

 ほとんどの者が目の前の狂気に飲まれ、ただ意味もなく泣き叫び、逃げ場のない場にて逃げ惑うだけ。

 周囲の連中が意味もなく走り回り、動き回る阿鼻叫喚の地獄絵図。

 そんな中ではお嬢様といえど、自由に動き回ることはできず、結果標的への殺害が困難な場へと変えられてしまった。


「くっ……」


 すでにお嬢様から距離を取りながら、混乱するプレイヤー達の渦の中に逃げ込む浦島。

 どうやら思った以上にあの男はできるようだ。

 先ほどの無意味な爆発も、この混乱した状況を作るための布石。

 浦島の標的はあくまでもお嬢様。それを効率よく始末するためにお嬢様にとって厄介な、なおかつ自分に有利な場を作り上げた。

 死神を自分に化けさせたことからも、今までのプレイヤーとは一味違うようだ。

 そうして、混乱するプレイヤー達に囲まれ、浦島を見失うお嬢様。

 そんな彼女の背後に回った浦島は十分な距離を保ちながら、人差し指をお嬢様に向けようとするが――


「もうやめてくれよ! 浦島さん! アンタ、こんなことしてどうするんだよ!? こんなことしたら一回戦のゲームが終わる前にオレ達全員全滅だろう!」


 それは犬崎圭一であった。

 彼は浦島の腕を掴むと必死に浦島を説得しようとするが――


「……犬崎。お前、誰の許しを得てオレ様の腕を掴んでいるんだ?」


 ゆらりと浦島の顔が犬崎に向けられる。

 そのまま有無を言わさず犬崎の顔を殴りつけると腹にもう一発。倒れ込んだ背中に止めの蹴りをブチ込む。


「がはっ……!」


「勘違いするなよ、クズが。お前のようなクズは、オレの勝利のための礎となればいいんだよ」


 そう言って犬崎をそのまま蹴飛ばし、距離を保つと倒れたままの犬崎を見下す浦島。


「う、浦島、さん……」


 懇願するように手を伸ばす犬崎であったが、そんな犬崎の懇願を受け入れる浦島ではなかった。

 浦島はそのまま人差し指を犬崎に向けると邪悪な笑みのまま、最後の一言を放つ。


「BAN」

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