第35話 悪魔吊り⑩看破

「お、おい……」


「マジかよあの女……」


 お嬢様が雉姫――いや雉姫に化けていた悪魔を殺すと周囲の連中が騒ぎ出す。

 しかし、そんな周囲のざわめきを嘲笑するようにこの場に悪魔のナレーションが響く。


『はーい! お見事ー! そこにいる雉姫いつかちゃんは悪魔が変身した姿でしたー! 見事、それを殺したので四時間目の犠牲者はその悪魔一人でオーケーです。では、残り六時間も無事に生き残りましょうー!』


 あと残り確実に六人は死ななければならないのにそれで無事とはよく言えたものだ。

 悪魔らしい皮肉にお嬢様も鼻を鳴らしながら、頬の傷を袖口で拭い、武器を仕舞う。


「さてと、それじゃあ次に誰を処刑するかだけど、今決める?」


 そう言って周囲を見渡すお嬢様。

 さすがに先ほどの殺しの腕を見て、周りの者達も息を飲み、お嬢様を警戒する。

 ヘタをすれば次はお嬢様が指定されるかもしれない一触即発の状況。だが、そうはならなかった。


「それなら決まってるぜ。次に処刑するのはそこにいる自称王様だ」


 そう男が指した先に立っていたのは浦島太助。

 ここに閉じ込められた連中をまとめていたリーダーであった。


「へぇ……」


 男の宣言に浦島は面白そうに口元を釣り上げる。


「さっきのボックスでお前らの内二人が悪魔って確定しただろう。で、あの女がその一人で残りはあと一人紛れたまま。そっちの猿渡は『スキル』を持っていたから悪魔じゃないのは確定している。残った三人でスキルが判明していないのがそっちの犬崎と乙姫、そしてお前だよ浦島」


 正確には犬崎は自身のスキルの存在を証明する手段がないだけなのだが、まあこの場合どちらでも関係はない。

 ようは疑わしき人物は残り三人と確定している。

 そして、ここを無事にクリアするためには残り六人の犠牲が必要。となれば男の言うとおり、次に処刑するならばこの残った三人で確定であろう。

 しかし、そう安安と自分が殺されることを承諾する人間などいるはずがない。いかにこの場が異常者の集まりとは言え、そうした生への執着はあって然るべき。だが、


「まあ、そうだな。いいぜ、じゃあ次の投票はオレにしな」


 浦島太助はあっさりとそれを承諾した。

 その受け入れの良さに周囲の者達のみならず、紅刃お嬢様ですら息を呑んだ。


「い、いいやがったな! なら、てめえはここで終わりだ! 浦島!」


「前々からてめえのこと、気に入らなかったんだよ! 偉そうに俺らに指示しやがって! なにが王様! 自惚れるな、この独裁者が!」


 これまでの彼の支配に嫌気が差していたのだろう多くの連中がすぐさま手に持った紙に浦島の番号を書き込む。

 だが、そんな自らが処刑されるかもしれない状況において、浦島はどこか愉快そうに口の端を釣り上げ、三日月に笑っていた。


「ちょっと待ちなさい」


 しかし、それに待ったをかけるお嬢様。

 周囲の連中は訝しむが、それに構うことなくお嬢様は浦島へ近づく。


「なーんか、ずっと引っかかってたのよねー。アンタの言動に」


「どういう意味だ?」


 浦島の周りをぐるぐると周り、頭の先から足元までを確認しながらお嬢様は告げる。


「普通、この状況下であんなことってできないのよね。むしろ、するってことは自殺行為なのよ」


「だからなにがだ?」


「それよ。アンタのその言動全て」


 ピタリと浦島の顔を指差し、お嬢様は告げる。


「ここに閉じ込められたからのアンタの高圧的な言動。支配的なやり方。殺意を向けられるような手腕。どれをとってもアンタにはカリスマの欠片もない。クラスで一人、暴力で他の連中を言いなりにしようと暴れているガキ大将そのもの。普通そういう奴から真っ先に番号を書かれて処刑されるはずでしょう?」


「…………」


 お嬢様の説明に周囲の連中は息を呑む。

 それもそうだ。ここでのゲームは投票によって処刑する人物を決め、それによって自分が助かるもの。

 ならば、投票するのはなるべくこの場において邪魔な存在。あるいは“殺してもいいと思える存在”。普段から憎しみの対象となっている者が優先的に選ばれるはず。

 しかも投票は自分の意思で行える。

 ならばいくら、この場において己がリーダーだと息巻き、周囲をそれで無理やり支配しようとしても投票の際にその人物の番号が書かれれば、その人物はあっさり処刑されるはず。


「にもかかわらず、アンタは未だに生きてる。これっておかしくない?」


「……はっ、そりゃオレの番号を書くのを周りがビビってるだけだろう」


「それはないわ。処刑が確定すれば、その時点でそいつは消えるのよ。そもそも投票の紙だってすぐに消える。自分がアンタに入れたって証拠も出ず、すぐにでもアンタを殺せるのになんでビビる必要があるのよ」


「た、確かに」


「言われてみればそのとおりだぜ」


「じゃあ、なんで浦島はまだ生きてんだよ……?」


 お嬢様の言葉に頷くように周囲の連中も同調する。

 だが、そうすると同時に疑問も生まれる。

 なぜ浦島が生きているのか。

 その答えをお嬢様はいともあっさり打ち明けた。


「なら、なんでアンタは生きているのか。アタシが思うにアンタはすでに『何度も投票されている』。ううん、むしろ投票数においてはトップを勝ち取って何度も処刑されてるのよ」


「は?」


「お、おい、アンタ何言ってんだ……?」


 そのお嬢様の答えにはさすがに周囲の連中も眉を潜める。しかし、それに構うことなくお嬢様はある確認を行う。


「その前に一つ。アンタ達、この第一回戦のルールを覚えている?」


「はあ? だからそりゃ一時間に一回投票をして、それで一番投票が多かった奴が死んで……」


「違うわ。それは“この場所”におけるゲームのルール。アタシ達がいるこの“第一回戦”のルールはまた別よ」


 その言葉に何人かが気付いたのかハッとした様子を見せる。


「悪魔は最初に言ったわ。アタシ達プレイヤーの中に悪魔が混じっているって。実際、ここにも悪魔が二匹混じっていた。だから、アタシ達はボックスで『人外』と映った時、それを悪魔だと思った。けれどね、あのボックスって別に“悪魔だけを判別する”なんては言ってないのよ。事実、表記は『人外』ってなってるわ」


「い、言われてみれば……!」


 お嬢様の宣言に周りの連中も慌てて先ほどのボックスを見る。

 確かにそこには『人外』との表記が刻まれている。


「そして、もう一つ。この第一回戦のゲーム。そこには『悪魔』の他に、もう一つ別の人外が混じっていると説明にあったわ。それが『死神』。で、ルールだとこの死神はアタシ達を襲うことはないけれど、この死神をアタシ達が殺そうとすれば、逆に殺されるってルールがあったわよね」


「あ、ああ、確かにそんなのがあったが……」


「けど、それが一体なんだって……?」


「じゃあ、ここでもう一つ。もしも“投票によって死神を殺そうとしたら”どうなるのかしら?」


『―――!』


 お嬢様のその質問に今度こそ、この場にいた全員が息を呑み固まる。

 そして、それを浦島は無表情のまま眺めていた。


「……最初から色々とおかしかったのよ。アンタの態度も、なにより第二、第三回の投票。あれで死んだのは11人と13人だったかしら? ありえないのよね。一番投票が高い奴が死ぬルールで、同票でそんなに死ぬなんて。じゃあ、そいつらが死んだ理由はなに? 簡単よ。そいつらは“ある人物に投票し、そいつが死ぬほどの票数に達したから逆にそいつに投票した連中が死んだ”」


「ま、まさか……」


 ここまで言えばもはやバカでも理解できる。

 なぜ投票であれほどの人数が死んだのか。なぜ浦島は自らが殺されるかもしれない状況において、あのような高圧的な態度を取り続けたのか。なぜお嬢様は下手をすればこのゲームで全員が全滅すると危惧したのか。

 それは殺し合いが前提のゲームだからでも、悪魔が混じっているからでもない。

 もっと危険な“殺してはいけないもの”が混じっているからだ。


「浦島太助。ううん――アンタの正体は『死神』よ」


 そう言ってお嬢様は目の前の浦島を最後の人外であると断言した。

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