第8話 六年前の記憶 つづき

 現在。佐世保基地の格納庫。

 資料を読む三神。

 「六年前の俺ってこんなに最悪な性格だったんだ」

 三神はつぶやいた。

 今思うと三年前の自分は慢性戦闘中毒者と言える程、戦いにのめりこみ、勝つ事のみに生活していた。那覇海上保安部では鼻つまみ者で誰も勝てる者がなく、全国の大会でも毎年勝つ程の常連だった。だからついて来る保安官はいなくて訓練も激しすぎて誰も来ない。おまけにミュータント異種格闘技大会に任務が終れば出場していた。地下でやっているから表には出ていないがウワサになっていた。

 融合してからはそれはやめて引きこもりの日々だったがマシンミュータント訓練所から出頭命令が来て相模湾海上で訓練していた。同じ訓練所でも民間船専用と巡視船や護衛艦、航空機専用の訓練所があった。そこは巡視船や海保のヘリや航空機、監視船、警備船のミュータントが集まっていた。

 入隊すると初めにバディを組む事になる。自分の場合は誰もいなくて、見かねた更科教官が朝倉とくっつけたのである。

 横浜防災基地に異動になり勝手に不審船事件に首を突っ込み、住吉丸達の家族との生活を無視して振り回し、対応訓練では嫌がる長島、夜庭を巻き込んだ。今、振り返るとまったく他人の事を考えずに行動していた。那覇保安部でも誰も友人はいなかったし、浮いていた。それは融合してからも変わらなかった。

 「ついて行くのは大変だった。すぐどっか行くしこっちは限界だった。だから隊長達がチームを組んでくれた事はうれしかった」

 朝倉はどこか遠い目をする。

 「更科教官の発案だった。他人を振り回して省みないおまえを見ての判断だ。その頃から成人期ADHDの言及があり、境界型パーソナリティ障害に気づいたのは蓼沢教官と成増教官だった。何回も病院に行くように勧めたが行っても受け入れなかったそうだ」

 沢本はカルテを渡した。

 「ぜんぜん覚えてない。でも今は医者の言う事聞くようにしている。記憶や仲間は失いたくないんだ」

 うつむく三神。

 六年前や五年前、四年前の事が抜け落ちて思い出せない。

 「だいぶ六年前よりはマシよ。「記憶を少し失っても平気だ」とか言ったし、「強い奴と出会うとワクワクするんだ。記憶が欠けても構わない」と言ったのよ」

 視線をそらす大浦。

 「四年前の事は思い出せない。リハビリに一年かかった。お見舞いもリハビリは誰も来なかった。記憶もだいぶ戻ったけど肝心な部分がなくて別の就職先もなくて、現場に復帰したのはロマノフの五つの宝事件が起こる半年前だった。三年間の記憶を失って初めて記憶や仲間の大事さに気づくって遅いよな」

 三神は遠い目をする。

 三年間の記憶だけでなく自分の関わった仲間がいつも組んでいる沢本、大浦、三島、朝倉しか思い出せなくなり、家族や佐久間や間村、オルビス達の事も記憶からなくなっていた。それだけでなく子供の頃や学校生活も所々欠けていた。自分がボロボロになるまでセーブできなかった代償が記憶や仲間や思い出の記憶がなくなるという自業自得だった。

 「君は記憶喪失だったのね。僕のは高次脳機能障害なの。僕も仕事にのめりこみすぎて他人の事は考えなかった」

 重本が同情する。

 「そうするとここには三人の障害者がいる事になるな」

 間村が首をかしげる。

 「まず貝原。引きこもりの成人期ADHDだし、福竜丸は放射能障害、高次脳記憶障害がある。三神も記憶障害と境界型パーソナリティ障害、成人期ADHDがあった。しかし、記憶喪失になりリセットされてそれが治った。そして三人とも事件や多くの事を見すぎている関係者だ」

 室戸が指摘する。

 「笹岡の事がこの資料にあるならなんで接点があるのか読んでいいか?」

 三神は資料を手に取る。

 「いいよ」

 佐久間がうなづいた。


 六年前の二〇一〇年。

 その日は非番だった。

 朝倉と三神は横浜中華街を出て元町に入った。そこにはオシャレな店だけでなく若者向けの店も並ぶ。

 「秋葉原の方がパソコンや周辺機器は充実しているな」

 朝倉は店頭の中古品を物色しながら言う。

 「盗聴器なんてどこに仕掛けるんだ?」

 三神は首をかしげる。

 ほぼ盗撮や盗聴する機器がそのリサイクル店にはそろっている。それだけでなくパソコンパーツも並ぶ。

 「のぞきが趣味の連中が買うんだ。のぞきたい奴やストーカーが使うんだ」

 物色しながら言う朝倉。

 「そんなものかなぁ」

 三神はパソコンのブースをのぞく。

 どこかでサイレンが聞こえた。そのサイレンは近くなり店の前の大通りを何台も消防車が通りすぎていく。

 三神と朝倉は店を出た。

 住宅街へ入っていく消防車。

 「あ、女の消防士がいる」

 つぶやく朝倉。

 「口説きにでも行くのか?」

 三神が聞いた。

 「仕事が終ったらね」

 朝倉がそう言うと野次馬と一緒に火災現場に近づく。

 「どこで火事なんだろう」

 三神は野次馬につられて現場に近づく。

 一〇階建てのマンションから火が上がっている。

 隊長らしい消防士が部下の消防士達に指示を出している。女性消防士はその隊長の部下という事になる。

 女性消防士は両手を団子をこねるようなしぐさをして掌底を出入口に向けた。水の塊が噴き出して出入口の炎が消えて凍る。

 「あのマンション・・・放火魔は炎を操り炎の魔物を召喚している」

 朝倉がつぶやく。

 「あの消防士の中にハンターや魔術師がいなさそうだぞ」

 三神はささやいた。

 あの隊長の指示は的確だがハンターはあの女消防士しかいなさそうだ。

 するとフッと電子脳に映像が入ってくる。放火魔が次々焼いていく映像だ。

 消防士達が出入口から内部の階段を上がっていく。階段に沿って燃えている火を消火して登る。

 三神は周囲を見回す。

 「どうした?」

 朝倉が聞いた。

 「助けてという声が聞こえた。助けないといけない」

 三神は炎が噴き出す最上階を見ながら言う。

 ・・・護れ・・・戦え・・・

 電子脳のどこかで融合の苦痛で聞いた声が聞こえた。

 「おまえ何を言っているのかわかるのか?」

 朝倉は思わず腕をつかんだ。

 「ここは陸上。海じゃない」

 朝倉は言い聞かせる。

 「じゃあ来て」

 ひらめく三神。

 「え?」

 三神は朝倉の腕をつかみ脇に抱えて動いた。その動きは野次馬や消防士達には見えなかった。陽炎が動いているにしか見えなかった。

 朝倉が気がつくと九階の廊下にいた。

 「三神。おまえはバカか?俺達クビになってしまう」

 頭を抱える朝倉。

 「クビにできるものならやってみろって」

 三神はしれっと言うと周囲を見回す。レーダーや赤外線センサーに切り替える。このマンションにいた住人は避難が出来ているのかもしれない。一〇階や屋上は黒煙で見えない。

 すると炎の塊が接近してくる。

 朝倉は団子をこねるようなしぐさをすると泡を投げた。炎の塊を消火した。

 「あの炎は火の精霊の一部だ。放火魔は精霊使いか」

 朝倉は短剣を抜いた。

 ただの短剣ではなくこの短剣自体が魔術武器である。

 複数の炎の塊が接近してくる。

 朝倉は泡を投げた。複数の炎の塊に泡が降りかかりガラスが割れるような音がして消える。今度は火トカゲが襲ってきた。

 鋭い蹴りを入れる三神。

 火トカゲは壁に叩きつけられた。

唐突にエレベーターが開いた。

 三神が動いた。その動きは朝倉には見えなかった。気がつくと数十匹の火トカゲは床に転がっていた。

 一〇階の階段を駆け上る二人。屋上に四人の消防士が倒れている。

 女性消防士は身構えた。

 人型の炎の塊が近づいた。放火魔だろうか。彼の回りに火トカゲが五十匹いる。

 三神は動いた。その動きは女性消防士や放火魔には見えなかった。気がつくと火トカゲは踏みつけられ、首が不自然な方向に曲がり地面に転がり、放火魔は壁にたたきつけられていた。

 三神はスピードを落として振り向く。

 朝倉は泡をまいた。火トカゲは水を浴びせられ消えた。

 「大丈夫か?」

 朝倉が女性消防士に声をかけた。

 「あなたは?」

 「俺は朝倉。あいつは三神。海上保安官なんだ」

 「私は柴田良美。横浜中消防署から来た」

 女性消防士は名乗った。

 朝倉と柴田は握手をする。

 放火魔は口から炎を吐いた。

 朝倉と柴田、三神は飛び退いた。

 放火魔の体を炎が包む。

 三神と放火魔は遠巻きににじり寄ると同時に動いた。放火魔の速射パンチを三神はすべてよけ、掌底を弾いた。

 放火魔はひっくり返ったが跳ね起き、足払いをかける。

 三神は飛び退き、後ろ回し蹴り。

 放火魔は受身を取る。彼は掌底を弾き、膝蹴りを入れた。

 三神は床に転がった。アゴにヤケドして服がところどころ焦げていた。軋み音を立てて軽合金のうろこが飛び出しプロテクターと胸当てを形成する。軽合金のウロコは巡視船の船体に使われている素材である。

 「おまえマシンミュータントなんだ」

 放火魔は笑みを浮かべる。

 「そうだよ。俺は巡視船「こうや」と融合している」

 三神はにじり寄りながら身構える。

 「ならこのビルもおまえも溶かしてやる」

 放火魔の体から噴き出る炎がますます熱くなりまばゆく輝く。

 「ならやってみろ!!溶かしてみろ!!」

 三神は挑発した。

 放火魔の後ろにあった手すりが溶け始める。

 「挑発してどうする」

 あきれる朝倉。

 「あんた相棒を変えた方がいいけど。あいつ戦いを楽しんでいる」

 冷静な柴田。

 「みんなにそう言われる。でもあいつを何とかしよう」

 朝倉はうなづく。

 「そうね。私は水を呼び出せて凍らせる。あなたの泡は物質を変換できる」

 柴田は屋上の消化栓のドアを開けて消火ホースを出した。

 屋上に駆け込んでくる消防士達。

 三神と放火魔は同時にパッパッと動き交差した。にじり寄ると動いた。放火魔と三神は速射パンチを繰り出し、互いに受け流し、放火魔のハイキック。三神は壁にたたきつけられる。

 三神は口からしたたる緑色の潤滑油をぬぐうと笑みを浮かべる。

 「そうこないとな」

 放火魔は笑みを浮かべる。

 「おもしろいじゃないか?」

 三神はニヤリと笑う。

 三神と放火魔が動いた。放火魔の飛び膝蹴り。三神は受け流し、右ストレートパンチを入れた。きりもみ状態で床にたたきつけられる放火魔。

 「もっとおもしろい事をやってみろ」

 三神は挑発した。せつな、消化ホースが激しい水流が放火魔に命中。

 朝倉と柴田の投げた水の塊が放火魔に触れるとたちまち凍った。

 「なんだ。終ったのかよ」

 つまらなさそうに言う三神。

 「おまえ・・・傷だらけだし、柴田さんがいなかったらやられているしこのマンションも焼け落ちていた」

 あきれる朝倉。

 「そこの連中が遅いから倒そうとしただけ」

 三神はわざとらしく言うとさっさと階段を降りていった。

 「君は?」

 隊長だった消防士が聞いた。

 「俺は朝倉。帰って行ったのが相棒の三神。海上保安官なんだ」

 朝倉は名乗った。

 「彼らは命の恩人です。二人共巡視船のミュータントです」

 柴田は前に出た。

 「私は横浜中消防署の高浜だ。海上保安庁には感謝しているが、君の相棒は保安官失格だし、その資格もない」

 はっきり言う高浜と名乗った消防士。

 「すごいはっきり言うな・・・」

 ため息をつく朝倉。

 「高浜隊長。彼は私達を助けてくれました」

 助け舟を出す柴田。

 「俺達は三神と組んでいるけど他にも沢本や魔術師の大浦と三島とチームを組んでいる」

 朝倉が口をはさむ。

 「沢本って巡視船「やしま」と融合するミュータントか?」

 高浜があっと思い出す。

 「知り合いですか?」

 朝倉と柴田が声をそろえる。

 「消防局と海保は沿岸の工業地帯の火災予防訓練で一緒に演習をやったりするからね。彼が巡視船のミュータントで構成されるチームの隊長なのも知っている」

 笑みを浮かべる高浜。

 「そうなんだ」

 目を輝かせる朝倉。

 「君には洞察力があるね。それに感覚同調といって他人の能力を増幅させられて物質を変換できる。その能力は誇っていい」

 高浜は手を差し出した。

 「いや・・・その・・・たまたまです」

 困惑しながら握手する朝倉。

 「あとでランチおごるわ」

 柴田は肩をたたいた。


 翌日。横浜防災基地。

 「バッカもーん!!」

 保安署全体に聞こえる程の怒声が響いた。

 「なんで俺だけが怒られるのですか?」

 三神はたずねた。

 「なんで?昨日、マンション火災現場にいただろ?」

 目を吊り上げる更科。

 「それがいけないんですか?野次馬もいっぱいいた」

 「横浜中消防局からおまえに苦情が来ている。単独行動と自分勝手な行動でマンションの住人や消火活動をしていた消防士を危険にさらしたとある」

 「でも俺達は六十匹ほどの火トカゲと一〇個の火の玉を倒して放火魔と戦いました。消防士はハンターがあの女消防士しかいないと思ったから後からやってきた連中に遅いねといっただけです」

 しゃあしゃあと答える三神。

 「現場で戦っていたのは柴田消防士で現場で指揮していたのは高浜消防士だ。彼らの邪魔をするんじゃない」

 顔を朱に染める更科。

 「わかりました」

 答える三神。

 「行っていい」

 更科は言った。

 三神は憮然とした顔で出て行く。

 でも自分は邪魔していないし、戦いに夢中になっていただけ。

 「三神。パトロールへ行くぞ」

 沢本は手招きした。

 岸壁から離岸する五隻の巡視船。

 横浜港を出て東京湾に出ると測量船「昭洋」とすれちがう。

 三神は昭洋を追跡する。

 「どこに行く?」

 沢本は鎖を伸ばして「こうや」をつかみ引き寄せた。

 「丁度、測量船がいたからのぞきたい」

 鎖で指さす三神。

 「指をさすんじゃない」

 沢本は注意すると三神を放した。

 「どこかに時空の亀裂があります。昭洋には観測員だけでなくTフォースや魔術師協会の連中が乗り込んでいるのを聞きました。なのでのぞきたいです」

 はっきり言う三神。

 「三神。やめようよ」

 朝倉が制止する。

 「のぞいてどうする?専門知識がない」

 沢本は声を低める。

 「Tフォースは目は節穴だと言っている。民間船は気づいているかもしれないのに調査に行ってないじゃないか」

 三神は指摘した。

 「時空の亀裂はどこに出現するのかわからない事象だ」

 沢本が言う。

 「あんたこそ何にもわかってない」

 「あれは気まぐれなの」

 大浦と三島は語気を強めた。

 「黙れよ」

 三神はしれっと言う。

 「男尊女卑ね」

 「女の消防士をどう思う?女は引っ込め」

 三神は本音をぶつける。

 「意見が合わないわ」

 大浦と三島はフン!と鼻を鳴らす。

 「最悪なチーム」

 つぶやく朝倉。

 三神は先に東京湾を北上して行く。

 「待てよ」

 朝倉が気づく。

 「朝倉。大丈夫だ。発信機つけてある」

 制止する沢本。地図を送信する。

 「あ、本当だ」

 朝倉が納得する。

 四隻は東京湾を北上する。

 「昨日はお手柄だったねと言いたいけど魔物使いの放火魔は危険よ」

 大浦が注意する。

 「俺は注意したんだけど無理矢理あいつに韋駄天走りで九階まで連れて行かれた。そしたら火の玉と火トカゲが六十匹襲ってきた」

 朝倉が口を開く。

 「それは横浜中消防局の高浜隊長から聞いているし柴田消防士からも聞いた。本庁にも感謝状が届いている」

 沢本が映像を送信した。

 「本当に感謝状だ」

 納得する朝倉。

 「あなたには感覚同調能力があるわ。それは認める。注意力が散漫なだけ」

 しゃらっと言う三島。

 「ほめているのかけなしているのかわからないな」

 ムッとする朝倉。

 「ほめているの。あの状況下で魔術師で人間の消防士と同調できるマシンミュータントはいないからね」

 大浦が指摘する。

 「あの時は無我夢中だったし、あの放火魔はやばいし、あいつはもっとヤバイ性格だった。戦いを喜んでいる奴なんていない。いるのは慢性戦闘中毒者だけだ」

 朝倉は思い出しながら言う。

 相棒の目はどこかイっているヤバイ目だ。

 五隻は東京アクアラインを通過して羽田空港が左側に見えた。

 「俺は相棒を変えた方がいいのかな」

 朝倉は疑問をぶつける。

 「それは心配するな。考えなくていい」

 沢本が言う。

 「あの柴田という消防士にも同じ事を言うし高浜という消防士にも言われた。あいつは保安官失格だって」

 朝倉が言う。

 「すごい的確ね」

 感心する大浦と三島。

 「朝倉」

 子供の声が聞こえた。

 「え?」

 農薬散布機と漁船が近づいてきた。漁船には小学生二人が乗っている。

 「誰?」

 沢本が聞いた。

 「農薬散布機はランディ。漁船が飛鳥丸の渡嘉敷。小学生が来宮(きのみや)雅人。姉の亜紀。二人は人間で漁師の息子で農薬散布機はアメリカの留学生。飛鳥丸も釣り船を営業している」

 自己紹介する朝倉。

 農薬散布機は緑色の蛍光に包まれ元のミュータントに戻った。

 「こんにちわ」

 あいさつする四人。

 「朝倉。アメちょうだい」

 ランディがニヤニヤ笑う。

 「朝倉。パトロール?」

 来宮雅人と正伸が聞いた。

 「朝倉「さん」だろ。俺は年上でおまえらは年下」

 注意する朝倉。

 「はーい」

 三人は声をそろえた。

 「ランディ。あなたは何歳?」

 大浦が聞いた。

 「僕は九歳」

 ランディが答えた。

 「飛鳥丸以外はみな小学生なんだ。出会いは住吉丸がきっかけ。休みの日に住吉丸達に誘われて君津港に行ったら紹介された。アメをあげた」

 朝倉はクルクル周囲を回りながら紹介する。

 「朝倉。虹色の綿毛を見つけた」

 飛鳥丸は船内からビン詰めの直径十センチの虹色の綿毛を見せた。

 「それをどこで?」

 朝倉、大浦、三島は声をそろえた。

 「何か起こったのか?」

 いきなり割り込んでくる三神。

 「君になんか聞いてない」

 ランディが目を吊り上げる。

 「急に割り込まないで」

 亜紀が不快な顔をする。

 「生意気な子供」

 三神はしれっと言う。

 「ポンコツ「こうや」人の話をまったく聞かないし、戦いが好きな巡視船がいるというのを聞いた」

 ランディがわざと言う。

 「それが俺なのか?冗談だろ。俺はそこに敵がいるから戦う。おまえみたいな子供にわかるわけがない」

 ビシッと錨で指さす三神。

 「少し黙ってくれる」

 三島と大浦は注意する。

 「なんだよ」

 文句言いながら離れる三神。

 「それは時空の亀裂の破片よ。どこで見つけたの?」

 大浦が聞いた。

 「羽田沖で網に引っかかっていた」

 飛鳥丸が地図を出した。

 「私達は富津港で」

 来宮姉弟が答えた。

 「僕は調布飛行場でフワフワ飛んでいるのを見た」

 ラスディが答える。

 「住吉丸はこの東京湾の外湾の岬で見たし、内湾では他の漁船が見ている」

 飛鳥丸は地図を指さした。

 地図には目撃した場所に赤丸が記入されている。

 「いずれも東京湾内で何かが発生している事は言える」

 沢本がわりこむ。

 「あれ?三神は?」

 朝倉が気がついた。

 「心配するな。発信機つけてあるから位置はばっちりだ」

 場所を送信する沢本。

 「こうや」がいる位置は東京港である。

 「朝倉。「こうや」と組むのをやめて僕達と組む?」

 雅人が誘う。

 「まだ未成年だろ。学校で勉強をがんばれのアメ」

 小さなカゴを船内から出す朝倉。

 「黒アメだ」

 一〇個のアメをもらう来宮兄弟とラスディ。

 「いつもすいません」

 飛鳥丸は鎖を出して後ろ頭をかくしぐさをする。

 「この時点でこんなに目撃例があるなんて初耳よ」

 三島が言う。

 「もっと探そう」

 ラスディが身を乗り出す。

 「それは進められない。君はアメリカに帰国する事を勧める。それに君らも家に帰るんだ。ここから自衛隊と警察と海上保安庁の出番になる」

 沢本は声を低める。

 「なんで?まだ何も起こってない」

 ランディが言う。

 「俺の知り合いのアメリカ沿岸警備隊に知り合いがいる。君はその隊員と帰るんだ」

 沢本はさとすように言う。

 「はーい」

 つまらなさそうに言うラスディ。

 「あなた達はどこに住んでいるの?」

 三島が聞いた。

 「僕達は市原市だよ」

 雅人が答えた。

 「なるべくお父さんやお母さん達といなさい。何かあったからでは遅いわ」

 声を低める大浦。

 「飛鳥丸。こいつらを頼む」

 朝倉は念を押す。

 「わかった。異変が収まったら横浜に行く」

 飛鳥丸は言った。

 飛鳥丸は三人を乗せて離れた。

 「隊長。どうする?こんなに異変が起きている」

 朝倉が不安を口にする。

 なんだろう。第六感ではないか言い知れない不安がある。

 「更科教官に相談しよう。俺達だけでは手に負えない」

 沢本が言う。

 「三神はどうする?千葉方面にいる」

 朝倉が心配する。

 「大丈夫だ。メールしておく」

 沢本が言った。


 三十分後。横浜防災基地。

 二階の会議室に更科が入ってくる。

 「三神はどうした?」

 更科が聞いた。

 「東京湾でパトロールです」

 沢本はタブレットPCを見せる。千葉沖を航行する「こうや」が示される。

 「あの発信機は自衛隊から借りたんだ。

 更科は口を開く。

 「自衛隊に知り合いがいますか?」

 沢本がたずねる。

 「それはよかった。教官。異変が起こっているんです」

 朝倉はビン詰めを出した。さっき飛鳥丸からもらった物だ。

 「これをどこで?」

 更科が聞いた。

 「民間船からよ。漁船や航空機のミュータントが目撃している。目撃されたのも東京湾内部と調布飛行場」

 大浦は地図を見せた。

 「時空の亀裂が出現しているのだね。それは移動性で留まってない。自衛隊のミュータントを紹介する。海上自衛隊横須賀基地に案内する」

 更科は笑みを浮かべた。


 三十分後。横須賀基地。

 会議室に入ると五人の男女の自衛官がいた。

 「中江。ひさしぶりだな」

 初老の自衛官を見るなり笑みを浮かべる。

 「おまえこそ元気そうだな」

 中江は笑みを浮かべ更科の肩をたたく。

 「中江。相談なんだが時空の亀裂が現われている」

 更科は地図を出した。

 「我々も調査していたんだ。紹介する。隊長の篠崎一佐。間村信二。室戸一義。霧島義雄。佐久間未来だ。戦闘機のミュータントもいるがいずれ紹介する」

 中江は五人を紹介する。

 「二隻もイージス艦がいるんだ」

 驚きの声を上げる沢本達。

 「海保でも異変を感知していたんだな」

 黙っていた篠崎が口を開いた。

 「最初に異変に気づいたのは三神だよ。住吉丸達が先に気づいていたけど三神は感覚的にそれを感じているみたいだった」

 朝倉は指摘する。

 「ここにはいないわね。三神保安官は融合する前は問題児だったようね。戦いが好きで異種格闘技大会や地下闘技場にも顔を出して常連だった」

 佐久間は資料を出した。

 無言になる沢本達。

 そこには試合に挑む三神の姿がある。今の彼からは想像できないほど血走った目でにらみ笑う。相手を韋駄天走りでノックアウトさせ、優勝ベルトを手にしている。違法な地下闘技場にも出入りする姿もあった。

 「その性格は父親から受け継がれている。父親は韋駄天ハンターと呼ばれて尊敬されているが若い頃は仲間や他人を省みない性格で任務の度に相棒が死ぬ。だから別名は「死神」「厄病神」と呼ばれた。息子は融合してもそれが治っていない。息子も父親同様に「死神」だな」

 篠崎はプロフィールを見せた。

 「俺のバディだぞ。訓練所で誰も組む奴がいないから俺とあいつは一緒になった」

 かばう朝倉。

 「いずれはバディを変える時が来るだろう。自分勝手で他人をほったらかしにする奴はチームに入れられない。一匹狼のハンターは多くいるが凄腕か高レベルのハンターか魔術師だけだ。性格も問題ある連中が多いが彼らも支援を受け入れる」

 篠崎は推測する。

 「そんな・・・」

 絶句する朝倉。

 「性格は死んでも治らないわよ。といっても死んだら元も子もないけど」

 さらっと言う佐久間。

 「生意気な女」

 つぶやく朝倉。

 「私と組まない?」

 佐久間が話を切り替える。

 「やだ」

 きっぱり言う朝倉。

 「なんで?トラブルだらけの巡視船よりいいでしょ」

 「その性格がムカつくし、生意気だしイージス艦と巡視船が組んだらおかしいだろ」

 朝倉はムッとする。

 「残念ね」

 しゃらっと言う佐久間。

 「彼は入れてもいいけど蚊帳の外になる。彼に話をしてもいいけどあまり聞かないで行動するだろうね。父親がそうだったからな」

 間村が指摘する。

 「そんな事ないさ。俺の相棒だもん」

 もじもじしながら言う朝倉。

 「異変が報告されたのは千葉近海と小笠原沖だ。それがだんだん北上してきている」

 室戸が地図を出して小笠原沖と千葉沖に赤丸をつける。

 「たぶん民間船に時空の亀裂の実験をしている奴がいて仲間もいるだろう」

 霧島が推測する。

 「俺達は千葉県警や警視庁と協力して暴力団を捕まえた。暴力団の海ルートがあり、彼らは古代遺物や魔物を封印した壺や箱、違法な魔術書を密輸しようとしていた。警視庁のこの二人の刑事と千葉県警のこの刑事と知り合いになり、また連絡すると言っていたから今度は横浜税関や東京税関、麻薬取締部の連中を紹介すると言っていた」

 沢本は写真を見せた。

 「きっかけは住吉丸達が魚網や魚を盗まれて困っていたからそいつらを俺と三神で捕まえたからなんだ」

 朝倉が口をはさむ。

 「漁船が?」

 篠崎が聞いた。

 「住吉丸、小林丸、福寿丸が捜査に協力して俺達が暴力団を捕まえて警察に突き出した。そしたら警察から感謝された。三神から協力を申し出てきた。そしたら合同捜査まで話がホイホイ進んだからいったん話を持ち帰る事にしてその日は解散したんだ」

 朝倉がメモを見せた。

 「君には洞察力がある。それに消防士との連携で放火魔を倒した。感覚同調能力がある」

 篠崎はメモ帳を見ながらうなづく。

 「俺よりも三神の方が感覚が鋭いよ。あいつはあのマンションにいる放火魔が次々と魔物を呼んでいるのが見えたから現場に走ったし、俺も巻き込まれる形で戦う事になった。あいつをいれなきゃ俺はやだね」

 目を吊り上げる朝倉。

 「チームには入れてやる。だが蚊帳の外だ」

 篠崎は朝倉の胸ぐらをつかんだ。

 「それはよかった」

 わざと言う朝倉。

 篠崎と朝倉の間で火花が散った。

 「なんか波乱の予想ね」

 大浦はつぶやいた。

 「明日、羽田空港に行く事になる。そこに警視庁、横浜税関、東京税関、麻薬取締部と合流する」

 中江は言った。


 その頃。千葉沖。

 「そこの巡視船」

 ふいに呼ばれて船体ごと向ける三神。

 そこに米軍のイージス艦がいた。自衛隊の「あたご」「こんごう」型はこのアーレイバーク型をモデルに建造されている。

 「なんですか?」

 「私達は時空の亀裂がないか調査していた。手伝ってくれる?」

 「君は?」

 「私はシャロン。在日米軍横須賀基地所属している」

 「いいよ。俺は三神です。君はイージス艦

「サンプソン」と融合しているんだ」

 声を弾ませる三神。

 ついに自分の出番が来た。パトロールしていた甲斐があった。

 「そうよ。千葉でおいしい店を紹介したあげる。そこでご飯を食べながらどこまで調査が進んでいるのか聞きたいわ」

 シャロンは言った。


 翌日。横浜防災基地

 「朝倉。三神はどうした?」

 間村は口を開いた。

 「あいつは米軍のイージス艦の彼女が出来たからデートだって。調査に同行するとか言ってたな」

 朝倉が思い出しながら言う。

 「それはおかしいわね。米軍がこのタイミングで近づくなんて」

 それを言ったのは佐久間である。

 「移動性の時空の亀裂の近くにはかならず米軍の調査船や情報収集船がいる。それが原因で他の時空の亀裂まで呼んでいる」

 篠崎は米軍の艦船の写真を見せた。

 「原因は米軍ですか?」

 声をそろえる沢本、朝倉、大浦、三島。

 「まだ一概には言えないが米軍はアメリカ本土でも怪しい実験をやっていてそれが度々UFO騒ぎになっているんだ」

 更科はうーんとうなる。

 「三神保安官は後で迎えに行くとして今日は羽田空港の格納庫で警視庁、税関、麻薬取締部と合流する」

 中江がわりこむ。

 「羽田空港の事務所にはもう事情は話してある。行くのは十三番格納庫だ」

 更科は地図と写真を見せた。

 「自衛隊の輸送ヘリで送ろう」

 中江は笑みを浮かべた。



 一時間後。羽田空港の十三番格納庫。

 旅客機用格納庫に入る沢本達。

 そこに数人の男女がいた。

 「紹介する。東京税関調査部の吹田稔。鑑定士。彼女は海老名舞。横浜税関調査部の鑑定士だ。三人目は足柄良平。入国管理局。三人とも上級レベルの魔物ハンターだ。四人目は鮎沢摩耶。麻薬取締部。コピー能力のあるミュータントで潜入捜査をしている」

 若松は自己紹介した。

 「警視庁の捜査一課で海ルートからやってくる暴力団の密輸船を追っていたらこの四人と合流した」

 羽生は暴力団メンバーの写真を出した。

 「暴力団の中には魔術書や古代遺物を扱う連中がいて薬物と一緒に密輸するの」

 田代が説明する。

 「私達は繋がっているわね」

 佐久間はうなづく。

 「でもなんで格納庫なんだ?」

 朝倉は疑問をぶつける。

 「それはだな。これだ」

 ブルーシートをめくる若松と羽生。

 「夜刀浦までガサ入れに行ったの?」

 佐久間と大浦、三島は声をそろえる。

 「みんな暴力団事務所やチンピラ、オレオレ詐欺グループを捜索したらあったの。押収品だし盗品もあった。名簿業者からは魔術師の名簿まであった」

 田代は指さした。

 「ここにあるのは羽田空港や成田空港、関空の国際郵便で見つかった密輸品と横浜港、東京港といった主要な港で見つかった密輸品も混じっている」

 海老名はロードローラーの周囲を歩く。

 「この工事用車両に魔術書や魔物を封印した箱が入っていた」

 吹田はタイヤ部分の穴を指さす。

 「マトリでも潜入捜査をやって怪しいアメリカ人ブローカーが暴力団事務所を出入りしているのを見たの。薬物も密輸していたし、そのブローカーははぐれハンターや違法な魔術師と取引をしていた」

 鮎沢は写真を出した。

 「それとこの嘱台は小さい時空の亀裂を起こせる。アメリカ人旅行者が持ち込もうとしていたから捕まえた。調べたらはぐれハンターだった」

 足柄がひときわ大きな嘱台を指さした。

 「俺達自衛隊は時空の亀裂を追って調査していた。そしたら米軍の実験に行き当たった。このアンテナ船を使い増幅実験をしていた」

 篠崎はタブレットPCを見せた。

 のぞきこむ羽生達。

 「海上保安庁も時空の亀裂を追っていた」

 沢本がわりこむ。

 「我々もアメリカ人ブローカーを追っていた。そいつは米軍関係者とも親しくてテロリストとも接触がある。暴力団に違法な物を売り歩く」

 鮎沢はブローカーの写真を指さした。

 「なんかTフォースに行った方がよくないですか?」

 朝倉が提案する。

 「我々も進言したのですが返答が来ないですね。葛城勝長官は慎重すぎるのが有名だからね」

 困った顔の若松。

 「あの有名な葛城一族に会った?」

 沢本と朝倉が声をそろえる。

 誰だか知っている。Tフォースの創立者の一族である。明治時代に落ちてきた金属生命体の子供を拾った葛城庵は伊豆から和菓子職人になるために上京。上京初日に遭遇して邪神ハンターになる道を選び、日露戦争に従軍。オルビスは戦艦「三笠」と融合した。葛城庵はアメリカに渡米してTフォースを設立。その息子の葛城茂は青春時代をアメリカで過ごし、二十歳の時にアメリカのハワイで真珠湾攻撃に遭遇。連合国側からオファーが来て二種類の時空侵略者を追い出した。そして第一次南極観測隊にも同行して接岸不可能な地域にいた魔物の群れを退治。昭和基地の建設にも協力した。茂元長官は九年前の二〇〇〇年に脳梗塞で亡くなっている。

 「葛城一族には都市伝説があって三十一世紀の未来人と度々接触している。創設者の葛城庵は時空武器をもらっている。それは彼ら血縁関係者しか使えない。使用者の思い通りに変形する」

 朝倉が口を開く。

 これは魔術師協会やハンター協会でも有名な話である。

 「それは本当よ」

 佐久間が答える。

 「明治時代に落ちてきた金属生命体の子供はTフォース本部にいる。名前はオルビス。そいつ以外にも仲間がいる」

 朝倉が核心にせまる。

 「ただの注意力散漫じゃなさそうね。よく見ているじゃないの」

 腕を組む佐久間。

 「ムカつく女」

 ムッとする朝倉。

 「ほめているのよ。あなたは成人期ADHDね」

 はっきり指摘する佐久間。

 「それは病院で言われた。ここまで来れたのは家族や知人のおかげだ」

 朝倉は言いよどむ。

 「ADHD?」

 聞き返す沢本と羽生、篠崎。

 「子供の病気と思われているけど大人でも改善できなくて悩む人は多いの。歴史の偉人ではエジソンやピカソが有名ね。でも周囲のサポートがあるから日常生活が送れる」

 佐久間が説明する。

 「何が言いたい?」

 怪訝な顔の朝倉。

 「三神保安官は典型的なADHDね。人の話を聞かずに優先順位がつけられない。ひたすら猪突猛進するタイプ。そして家庭環境は幼い時にハンター訓練所にいた。原因は魔術が使えないからだけどね。あの時期は母親の愛情は必要ね。兄や妹が魔術が使えて母親も父親も使える。彼はコンプレックスの塊。家族や親戚、知人は振り向いてもらえない。父親も兄と妹をかわいがる。彼は慢性戦闘中毒者であり境界型パーソナリティ障害を併発している」

 冷静に分析する佐久間。彼女はカルテを見せた。

 「よく分析したな」

 感心する朝倉達。

 「Tフォースにも優秀な医者はいるし心理学者はいる。彼は那覇海上保安部に入る時、訓練はTフォースでやっていた。土日祝日ナシで訓練やっていたしミュータント異種総合格闘技に出場。ケガしているのに出場したりボロボロになっても出場。Tフォースでも有名になっていた」

 佐久間は資料を渡した。

 「那覇海上保安部でも同僚保安官の友人や上司が一人もついてこないなんてありえない。でもわかるな」

 沢本が感心する。

 「典型的なADHDだし、障害も出ている。大ケガしているのに「かすり傷」です。・・はありえないよな」

 納得する羽生と若松。

 「彼はチームに入れない方が正解ね」

 鮎沢が口をはさむ。

 「そう言いたいけど米軍が彼に目をつけてきた。米軍は極秘実験を千葉沖でやっている。その影響で時空の亀裂が東京湾に出ている。つまり彼は何も聞かないでスパイや小間使いをさせられるという事ね」

 結論を言う佐久間。

 「安心できませんね」

 足柄がうーんとうなる。

 「そうだ。俺がスパイすればいいんだ」

 朝倉はひらめいた。

 「本気か?相手は米軍だ。暴力団じゃない」

 篠崎が声を低める。

 「あいつは俺の相棒だもん。マシンミュータントの訓練所でひどく落ち込んでいたから一緒になった。誰も組む奴がいなかったし意気投合したし・・・・」

 言いよどむ朝倉。

 「バディなんでしょ。いい案とは言えないけどそれに乗るしかないわ。支援するわ」

 佐久間は提案する。

 「警視庁としてはアメリカ人のブローカーを捕まえよう。情報ではまた入国している」

 羽生は監視カメラの映像を見せた。

 「どこの暴力団かチンピラかわからないけどまた取引でもするようね。こいつの行動や性格は知っている」

 鮎沢が指摘する。

 「米軍の通信はオルビスが傍受できる。時空の亀裂が現われていないか魔術師協会も監視している。何かあれば報告が来る」

 佐久間がポンと手をたたく。

 「そうか。あいつなら簡単に感知できる」

 間村がうなづく。

 「私達は魔術師協会へ行く。はぐれハンターを利用するならブローカー以外で時空の亀裂を起こそうと思えばできるからね」

 海老名と吹田はうなづく。

 「朝倉。米軍のイージス艦のミュータントの中には幻覚や催眠術、テレエンバスを使う奴らがいる」

 篠崎はペンダントを渡した。

 「これは?」

 朝倉が聞いた。

 「オルビスの仲間が造ったんだ。マシンミュータント用の特殊電波を防ぐ装置。どういう仕組みかはわからないけどそれを持っていると怪しい電波にかからない」

 篠崎は笑みを浮かべる。

 「わかった」

 朝倉は真顔になるとペンダントをかけた。


 その頃。横須賀沖を航行するイージス艦「サンプソン」と巡視船「こうや」

 「三神。相棒がいないわね」

 シャロンが口を開いた。

 「パトロールじゃないのか」

 他人事のように言う三神。

 「そうね。巡視船だからね」

 「米軍も時空の亀裂を追っているならどこに頻繁に現われるのか調査した?」

 三神が聞いた。

 「千葉沖に光の玉が出現する。都市伝説になっていてそれがUFO騒ぎになっている。米軍とはちがう組織がいてその調査船を追っている。観測船「昭洋」の調査と木更津、下田海上保安部の巡視船が米軍の演習海域に近づいていたりするからそこから遠ざけてほしいの。それに近づこうとする連中もね」

 シャロンはホログラム映像を出した。千葉沖は米軍の演習海域である。そして神奈川県上空には横田空域があり、相模湾周辺も米軍艦船がいたりする。

 「じゃあ一緒に追い払おう」

 ポンと鎖をたたく三神。

 「巡視船と組むのもいいかも」

 納得するシャロン。

 「昭洋だ。あの巡視船は木更津保安部の所属だから尾行しよう」

 三神が誘った。

 

 翌日。横須賀沖。

 「そこの巡視船」

 三神は声をかけた。

 日本にはいないはずのアメリカ沿岸警備隊の巡視船がいる。船名は「メロン」である。

 甲板に子供が三人いて「メロン」のそばに漁船の飛鳥丸がいる。

 「ポンコツ「こうや」だ。米軍のイージス艦といるんだ」

 ランディが指をさした。

 「アメリカ沿岸警備隊がなんでここにいるのかしら?」

 シャロンは声を低める。

 「俺はカラム・ウイリアムだ。知人に頼まれてランディを迎えにきた」

 自己紹介するカラム。

 「君こそなんで米軍と一緒にいる?米軍のパシリをやっているんだろ」

 飛鳥丸は二つの光を吊り上げた。

 「黙れよ。そこのメロン。アメリカに帰ればいいじゃん」

 しゃらっと言う三神。

 「おまえこそあっち行けよ」

 「邪魔するな」

 亜紀と雅人が目を吊り上げる。

 「この海域から出ればいいんだよ」

 しれっと言う三神。

 「そこで何をやっている?」

 鋭い声がして船体を向ける三神とシャロン。

 「沢本隊長」

 少し驚く三神。

 沢本だけでなく朝倉、大浦、三島とイージス艦「あしがら」がいた。

 「その船は誰?」

 三神が聞いた。

 「佐久間でしょ。千葉沖での演習を邪魔する自衛隊の船は?」

 シャロンが強い口調で聞いた。

 「自衛隊の船なんて私以外にもいるでしょ。シャロン。あんたのイージスシステムは節穴だらけ?」

 わざと言う佐久間。

 シャアアアッ!!ヴァルル・・・

 互いの舳先を向けて威嚇音を出す二隻のイージス艦。

 「すごい嵐の予感」

 朝倉と三神、飛鳥丸が声をそろえる。

 「カラム。ひさしぶり」

 沢本が声をかける。

 「沢本。ランディを迎えに来た」

 カラムが捜査データを送信する。

 「それはよかった」

 沢本は声をかける。

 「また日本に来るよ」

 寂しそうに言うランディ。

 「三神。米軍と組んで昭洋や他の巡視船の妨害をしているのか?」

 沢本が単刀直入に聞いた。

 「俺は彼女と一緒に米軍の演習海域に近づかないようにしているだけ」

 しゃあしゃあと答える三神。

 自分はシャロンと組んで邪魔な船を入れさせないだけである。

 「盗聴装置や妨害電波を仕掛けるのが?」

 「昭洋の船内に米軍兵士を入れるのも?」

 大浦と三島が声をそろえた。

 「米軍がおかしな実験のせいで東京湾に異変が起きているんだ。おまえのせいで!!」

 食ってかかる朝倉。

 「え?なんで?」

 きょとんする三神。

 なんでそういうこと言っているのかわからない。自分は近づけさせないだけだ。

 「あの女のフェロモンがプンプン匂っているし、嫌な匂いがしている」

 朝倉が指摘する。

 「そんなに匂う?」

 匂いをかぐ三神。

 「すごい嫌な匂い。あの女。裏切るけど」

 大浦が詰め寄る。

 同性でも嫌悪感がするほど匂う。

 「女心をわかってないわね」

 三島が指摘する。

 「女心って?」

 三神が聞いた。

 「俺はわかるな。あいつおまえをパシリにしたら使い捨てするんだ」

 朝倉が答えた。

 「わかってどうする」

 あきれる沢本。

 「だからなんの感情移入もないしおまえの事をなんとも思ってないわけ。だから気が済んだらゴミ捨て場に捨てられるんだ」

 朝倉ははっきり言う。

 「三神。行くよ。こんなバカな連中につきあってるとロクな事がないから」

 シャロンは声を荒げる。

 「そうなんだ」

 三神は離れた。

 「一番まずくない?」

 大浦が心配する。

 「あの女。フェロモンで操っている」

 朝倉が気づいた。

 濃いバラの匂いがする。濃すぎて吐き気がするほどの匂い。

 「私も感じた。生ゴミのように臭いで猛烈な匂いで操るのね」

 佐久間が言う。

 「まず切り離さないといけないがあのフェロモンは強烈だな」

 沢本がうーんとうなる。

 「まず米軍が何をやっているのかハッキングしましょ」

 佐久間が言った。


 六年後。現在。

 「シャロンとカラムはどうなった?」

 資料から顔を上げる三神。

 ぜんぜん覚えてない。記憶が欠落したせいもあるかもしれない。

 「二〇一三年の任務中に死亡。おまえもその任務中に行方不明になりやっと見つけた時はモーリタニアの砂漠のゴミ捨て場で傷だらけで記憶喪失になっていた。」

 間村は重い口を開いてカルテを見せた

 「・・そうなんだ。米軍のウイルやアメリカ沿岸警備隊のアレックスはその後任?」

 あっと思い出す三神。

 「そういう事になる。ジョコンダの前任者はアクドグナガル博士だ。そいつが米軍やアメリカ政府の裏で時空侵略者と取引していた。そいつが千葉沖で時空の亀裂を発生させる実験をやっていてそれが原因で東京湾で異変が報告されていた」

 室戸が写真を出した。

 「俺はあの時、シャロンのフェロモンの虜になっていたんだな」

 三神はうつむく。

 資料によると自分はあの女のフェロモンに操られ、米軍の実験の手伝いをさせられていた。シャロンと行動して朝倉達とは離れていた事になるがまったく記憶がない。モーリタニアの砂漠に捨てられていた自分の頭や電子脳にはいくつか穴が開いていて損傷。記憶がリセットされたのもそのせいだとあった。

 「オルビスと俺達は横須賀基地で米軍の通信を傍受していた。そこからわかったのは米軍と一緒に実験をしているのはアクドグナガルという博士で元CIAのスパイで局長もしていた定年まじかのジジイだった」

 朝倉が資料を渡した。

 三神は写真と資料を読む。

 資料によると博士は議員をしており、助手でもあり弟子でもあったのがジョコンダであった。ジョコンダの天才ぶりに惚れ込んだ博士は二〇一二年末にスカウトされ、二〇一三年には活動を開始した。彼女が正式に博士の研究を引き継いだのは二〇一四年である。丁度自分がリハビリ生活していた頃だ。

 資料を読む三神。

 東京湾に異変が起き、保土ヶ谷区での下水管陥没事故で時空の亀裂が出現とあった。

 脳裏にフッと映像が通り過ぎた。

 なぜかわからないが自分は時空の亀裂を起こした犯人を見ている。そいつは米軍の実験の失敗で紛れ込んだ赤い光が東京湾の方に飛んで行く映像だった。


 六年前。

 「・・・現在、保土ヶ谷区や周辺の市町村に避難勧告が出ました!!」

 女性リポーターが声を張り上げた。

 警官達が規制線を張っているのが見えた。

 陥没した道路から青い光の柱が立ち上がりその上空に暗雲が垂れ込め、渦巻きが出現して瘴気が形成される。

 「Tフォースや魔術師協会によるとあれは

”時空の亀裂”です。あの黒い雲は魔物を生み出す”瘴気”です。大変危険なのでシェルターに避難してください」

 「現在、東京湾と神奈川県全域に魔物警報が出されました。以下の市町村に避難指示が出されています。現在、神奈川県内の高速道路、国道、市道、県道は通行禁止です。新幹線は新大阪から熱海まで折り返し運転になっており在来線も神奈川県には入れません」

 男性アナウンサーは原稿を読み上げた。

 シャロンが見せたワンセグTVを見て三神は絶句している。

 「携帯メールが鳴っている。召集指令だ。俺は横浜に帰る」

 三神はあっと声を上げて港を飛び出した。

 横浜防災基地の岸壁にミュータント達が顔を揃えている。三神もこっそりその行列に入った。

 「今、保土ヶ谷区に出現した時空の亀裂から魔物が出現した。その退治に行くぞ」

 更科は声を荒げる。

 「おお!!」

 拳を突き出して声を上げるミュータント達。

 ハンターやミュータント達がそれぞれの武器を持って散らばる。

 「三神。どこに行ってた?」

 腕をつかむ朝倉。

 「シャロンとパトロールしていた」

 しゃらっと言う三神。

 「あのフェロモンムンムン女と?でも時空の亀裂が起こった事はしょうがないさ。行くぞ。亀裂の近くまでテレポートだ」

 朝倉は目を吊り上げた。

 

 横浜市保土ヶ谷区の繁華街にテレポートする二人。

 繁華街はゴーストタウン化していた。避難して誰もいない。

 乗り捨てられた車から出てくる尻尾を生やした動物。でもそれは動物ではなく魔物だった。体長二メートルはあろうかというネズミで両目は赤い。その前足で人間の腕をつかんでいる。

 ネズミは振り向くと飛びかかった。

 三神が動いた。それは朝倉にはその動きは見えなかった。彼の足元にはネズミの死体が転がっていた。

 「生きている奴はいないか」

 三神は周囲を見回す。

 「逃げ遅れて食べられた連中ばっかか」

 朝倉は乗り捨てられた車やバスの車列ののぞく。どれも無人である。

 駐車場から湧き出すように出てくる魔物達。

 大きさも姿もさまざまで動物から悪魔めいた姿の魔物までいる。

 朝倉は長剣を抜いた。

 ただの剣ではなく魔物や死霊も斬れる魔剣である。

 その群れがいっせいに襲ってきた。

 三神と朝倉は駆け出した。

 三神が動いた。片腕の剣ともう片方の機関砲で連射しながら切り裂いた。

 朝倉は呪文を唱えそれを剣に封じ込めると飛びかかってきたオオコウモリやオオネズミを袈裟懸けに切り、暗褐色の人型も何体か斬っていく。

 三神は正確に機関砲を連射。倒れた魔物に片腕の剣を突き刺した。

 朝倉は背中の四対の鎖から泡を投げた。

 暗褐色の魔物に泡が張り付くと青い炎が上がり燃えていく。

 二人の足元には魔物の死体が転がっていた。

 三神は息を整えてビルの間から見える青い渦巻きを見上げた。

 あれを造った奴はどこに行ったのだろう。確かにあれは亀裂から飛び出してあそこに落ちた。でも近くにいる。

 「どこに行く?」

 朝倉が聞いた。

 「俺は亀裂から出てきたあいつを倒す」

 三神は渦巻きを見ながら言う。

 「亀裂から出てきた?米軍の?」

 朝倉が肩をつかむ。

 「そうかもしれない。そいつを殺せばあれも収まる」

 三神は周囲を見回す。

 「簡単に言うな。どこにいるのかわからないのに」

 あきれる朝倉。

 歩き出す三神。

 「沢本隊長と合流しよう」

 朝倉が言う。

 三神は周囲を見回した。せつな、二人の老夫婦が別の駐車場で魔物に襲われている映像が脳裏に飛び込んできた。

 「助けなきゃ・・・」

 「え?」

 三神が動いた。

 「三神。どこに行く?」

 あわてて追いかける朝倉。彼は携帯を出した。画面に発信機をつけた三神が韋駄天走りで行った先は数ブロック先のファミレスだ。

 「朝倉」

 駆けつけてくる沢本、大浦、三島。

 「隊長。三神を追いかけてください」

 朝倉が訴えるように言う。

 「わかっている。要救助者がいる」

 沢本は答えた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る