第7話 六年前の記憶

 六年前の二〇一〇年。

 東京湾を抜け横浜港に入港する巡視船「こうや」「あそ」。二隻は大桟橋とは対岸にある第三管区横浜防災基地の岸壁に接岸。緑色の蛍光に包まれて元のミュータントに戻った。

 「朝倉。俺達、ここに配属だよ」

 声を弾ませる海上保安官。

 「三神。マシンミュータント訓練所で相棒になってよかったよ」

 朝倉と呼ばれた海上保安官はうなづく。

 二人は官舎に入り、ロッカールームに入った。割り当てられたロッカーに荷物を入れる。

 ミーティングルームに入るとマシンミュータントの保安官が集まっていた。

 「すごいな・・・こんなにいたんだ」

 驚く三神と朝倉。

 部屋には巡視船・巡視艇だけでなく海保のヘリコプターや航空機もいる。海保に協力する民間船の警備船のミュータントもいた。

 人間や普通のミュータントの保安官は別の部屋でミーティングをする。その中には邪神ハンターや魔物ハンター、魔術師の保安官もいて彼らも一緒に船に乗り込んでいる。

 「黒板の前にいるのが巡視船「やしま」と融合する沢本巌。隣りが「つがる」と融合する香川雄治。二人はバディを組んでいる」

 朝倉がささやく。

 「大型巡視船同士が組んでいるんだ」

 感心する三神。

 「やしま」は全長一三〇メートル。五二〇〇トン。災害時は指揮機能、拠点機能の司令船として機能させるため船橋構造物が大きいのである。

 「つがる」は全長一三〇メートル。三二〇〇トン。広域の監視のための船である。

 「やしま」と融合する沢本は巡視船・巡視艇で構成されるミュータント達のリーダーで隊長である。

 ヘリコプター、航空機で構成されるミュータント達のリーダーは別の保安署にいてここにはいない。

 民間船の警備船や海保の警備艇・監視艇で構成されるリーダーもいるが別の保安署に在籍している。

 部屋に入ってくる白髪交じりの保安官。

 「訓練所にいた教官だ」

 つぶやく三神。

 名前は更科竜太郎。指導教官である。海保だけでなくTフォースの邪神ハンターや魔物ハンターの教官や試験管も担当している。

 沢本はモニターをつけた。

 香川はノートPCに入力する。

 「今、第三管区内では不審船を入れてしまう事件が多く発生している。見かけは漁船だが灯台や突堤灯台の結界を無効にする電波妨害装置をつけてしまう。今月で二〇件発生している。見つけたら拿捕するように」

 更科はモニターを指さした。

 「不審船って中国漁船とかいるし海警船が漁船のフリしていた」

 朝倉がささやいた。

 「中国漁船が領海内には入らないさ」

 三神がささやく。

 「三神と朝倉」

 更科は声を上げた。

 「はい」

 返事をする三神と朝倉。

 「何か質問は?」

 更科が聞いた。

 「ありません。不審船は捕まえたら拿捕します」

 三神ははっきり答える。

 「いい心がけだがおまえ達はここに来たばかりだ。東京湾の航路や地形を覚えろ」

 更科は声を低める。

 「はい」

 三神と朝倉はうなづく。

 「私の話は以上だ」

 更科はそう言うと出て行く。

 ミュータント達も割り当て表を持って退室していく。

 「俺達は東京湾の地形や海流、港湾施設がどこにあるのかを覚えるのか」

 朝倉は割り当て表を見ながらつぶやく。

 「俺達も不審船を捕まえるぞ。港湾施設や航路を覚えたら不審船だって捕まえられる」

 三神は資料を見ながら言う。

 「三神、朝倉」

 不意に声がして振り向く二人。

 「沢本隊長」

 二人は声をそろえた。

 「来たばかりの新人に不審船のミュータントは捕まえられない」

 沢本ははっきり言う。

 「模擬訓練では捕まえました」

 三神は強い口調で言う。

 「あれは訓練であって実地訓練じゃない。漁船や貨物船、客船の中には魔術やミュータントの能力を持っている者もいる。強力な技を使う奴もいる。航空機のミュータントは空から攻撃する。電車のミュータントもあなどれない。融合ほやほやのミュータントがかなう相手じゃない」

 香川は注意する。

 「人間や普通のミュータントも魔術師やハンターもいて違法なハンターもいる。三神。おまえは魔術が使えない。朝倉は魔術師初級レベルだ。邪神ハンターを目指しているというがそれでは無理だな」

 沢本は指摘する。

 ムッとする朝倉。

 不満そうな顔の三神。

 「魔物もそうだ。魔物の中には魔術を使うのもいる。低レベルな魔術は効かない。テロリストの中には魔物使いもいる。遭遇したら俺達か魔術師協会、Tフォースに連絡をするんだ」

 沢本は語気を強めた。

 「わかった」

 うなづく二人。

 「パトロールへ行け」

 香川は外を指さした。

 しぶしぶ官舎を出る三神と朝倉。二人は岸壁から海に飛び込み、緑色の蛍光に包まれて巡視船に変身した。

 その様子を見ている沢本と香川。

 「更科教官。「こうや」と融合しているのが三神崇ですね。Tフォース日本支部三神裕介司令官の息子ですね」

 沢本がタブレットPCでプロフィールを出した。

 巡視船「こうや」全長四六メートル。二〇〇トンの小型巡視船。

 巡視船「あそ」全長八〇メートル。一〇〇

〇トン前後。四〇ミリ機関砲を装備。不審船追尾の支援のための船である。

 「彼には兄と妹がいて兄弟や家族にはマシンミュータントがいない。彼らの家系は代々韋駄天走りができる。代々、葛城庵元長官や茂、勝元長官の部下で副官か幹部だ」

 少し驚く香川。

 「彼は巡視船と融合して海上でも韋駄天走りができる」

 更科は訓練所での映像を見せる。

 陽炎か残影のような物が動いている映像だ。

 「船ではあまり見ませんね。初耳です」

 沢本と香川はうーんとうなる。

 「彼の父親のあだ名は「韋駄天邪神ハンター」「俊足のハンター」というあだ名がついている。Tフォースや魔術師協会、ハンター協会、ミュータント協会でも有名だ。魔術が使えないから彼の父の紹介で海上保安庁に入隊した。海保の連中には彼の父が有名人である事は伏せているし、知っていても言わないように口止めしている。彼の父に頼まれてね」

 更科は視線をそらした。

 「香川。おまえは鷹やはやぶさの能力があり遠くを見れる。護衛艦のミュータントの中にはイージス艦と融合した者がいる。彼らがいれば簡単なんだが海保にはいない。沢本。彼から目を離さないでもらえないか?」

 更科は声を低めた。

 「俺と融合した「やしま」は司令部機能がある。他の船舶や巡視船、巡視艇、航空機のミュータントがどこにいるか無線も聞こえる。俺にどうしろと?」

 沢本はたずねた。

 「盾だな。攻撃は彼らにもできるがまだヒヨコだ。朝倉は魔術は初級レベル。彼は魔術は使えない。だが二人は訓練所で意気投合してうまくやっている」

 更科は朝倉のプロフィールを渡した。

 「朝倉の家族は魔術師の家系か。一番末っ子で成人期ADHDがある。周囲のサポートでまともに生活している」

 香川が少し驚く。

 「朝倉には洞察力があり、突っ走りやすい三神のセーブ役になっている。三神はエリートでもない凡人だ。でも異常なまでに前向きだ。何かにつまづいてもできるまでやる。まるで彼の父親を見ているようだ」

 更科は三神裕介のプロフィールを出した。

 「十五年前に片足が義足になる。それでも最前線に立ち続けたのですね。邪神の眷属や大型の魔物や高レベルのハンターやテロリストと戦った」

 驚きの声を上げる二人。

 「義足になっても韋駄天走りができるそうだ。治癒能力が高く、重症のケガを負っても翌日には傷がふさがる。三年前に死線をさまよう傷を負ってからはTフォース志水地区の地区長をしながら漁師をしている」

 更科は視線を窓の外を見る。

 「更科教官。俺達ができる事はやろう」

 沢本と香川は顔を見合わせる。

 「頼んだ」

 更科はうなづいた。



 東京湾を進む巡視船「こうや」「あそ」

 「横須賀基地か。在日米軍と海上自衛隊の基地があり、近くに横須賀漁港があり、遊覧船による猿島ツアーがある」

 海図を見ながら三神は航路やどの船がどこにいるのか見回した。

 「米軍や自衛隊にはイージス艦のミュータントがいるらしいよ」

 朝倉が護衛艦や駆逐艦を見ながら言う。

 「海保にもいれば簡単に不審船がみつかるだろうな」

 三神はつぶやく。

 もちろん本音である。イージス艦のシステムがあれば簡単に追跡も可能だろう。

 三神と朝倉は横須賀基地を出て浦賀水道を進み、東京湾に出る。東京湾は一日に六〇〇隻の船舶が航行する。貨物船だけでなく客船も漁船も行き交う交通の要衝である。東京港や都内には大使館や国会議事堂、首相官邸、大企業が本社や鉄道網が網の目のように伸び、日本の経済を支えている。それだけに不審船や魔物を入れてしまえば経済的な損失も大きい。それらを入れないようにするのが任務だ。

 「防波堤灯台は異常ナシか」

 朝倉と三神は灯台に接近する。

 灯台の管理も任務に入っている。

 横浜海上保安部が管轄するのは横浜・川崎・小笠原の三つの港の水域。その中で横浜港には一〇の灯台が存在し、すべて「防波堤灯台」と呼ばれる。航路を進む船へ港の入り口を示すもの。およそ二十キロ先から灯台の明かりが確認できるものだ。

横浜港には一〇の灯台のほかに、海の安全を守る灯標と灯浮標というものも存在する。

そのすべては航路標識の中で光波標識と呼ばれるもの。光で船を導く役割をする。灯標。波の間に見え隠れする岩や浅瀬に船が乗り上げないように、暗礁や浅瀬の上に立つものや、海底のおもりに設置される。灯浮標:船を決められた安全なコースに誘導するため、海に浮かべられた光波標識。灯標と同じく、暗しょうや浅瀬があるところを示す役割もある。

横浜港に灯標は七つ、灯浮標は八つ存在する。また、灯台・灯標・灯浮標といった光波標識は「夜標」とも呼ばれ、船や町の明かりとはっきり区別できる光を出す。これ「灯質」といい、光の色と光の出し方の組み合わせでほかにない明かりを出す。

 「このままだと外湾だな。アクアラインの方に行ってみるか?」

 電子脳に表示される東京湾の海図を見ながらつぶやく三神。

 「そうしよう。覚えないとまずい」

 朝倉がレーダーをチラッと見る。レーダーには航行する貨物船や漁船、客船の船影が映っている。

 二隻は内湾に進んだ。横浜港を過ぎて川崎市や品川区があり東京湾アクアラインが千葉県に伸びている。

 「工場萌えするのがわかるな」

 朝倉は立ち並ぶ工場やガスタンク群を見て指摘する。

 「なんとなくそう思うかもしれない」

 三神がつぶやく。

 最近、工場やダムが好きだというファンがいるのは知っている。何がいいのかいまいちわからない。

 「不審船を見つけるのは難しそうだ」

 朝倉は行き交う漁船を見てつぶやく。

 「ミュータントだけじゃなくて普通の漁船もいる。那覇保安部とちがうな。海警船や中国漁船ばかりだったからそこがちがう。那覇にいた時は融合する前だったからな」

 三神はつぶやく。

 融合してからどの船と航空機がマシンミュータントなのか気配でわかるようになった。それに巡視船と融合してからわかったのだが海の記憶や航行して行き交う船舶や港の風景が過ぎるようになった。それは自分の記憶ではない「こうや」の記憶だろう。記憶と一緒に「こうや」の声が時おり聞こえる。それはどのミュータントにもあるのだというのを訓練所で聞いた。あの融合の苦痛の日もどのミュータントも忘れられない記憶だという。

 三神は船体から二対の鎖を出した。連接式の金属の触手である。先端を義手にしたり刃に変形できる。大型船の鎖は大木のように太く小型船ほど細い。細いといっても街灯並みの太さである。これが一〇対格納されている。

 「こうや」には二〇ミリ機関砲が装備されている。小型巡視船は二〇ミリ機関砲だが中型、大型巡視船は二〇ミリと四〇ミリ機関砲があり放水銃を装備しているのもある。それを自分の手足のように操作できる。操作するのは簡単だ。電子脳から射撃指揮装置にアクセスして撃つだけだ。

 でも自分からなくなったものがある。それは元のミュータントだった時の体温や心臓といった生身の部分がない。平均寿命も三〇〇年と長い。

 「自分はもうミュータントじゃないのか」

 二対の鉤爪を見てつぶやく三神。

 「三神。気にするな。俺だってそうだ。でもなんとかなるさ」

 朝倉は声をかける。

 「そうだな。どの施設がどこにあるのか航路も覚えないと」

 三神は船首を東京港に向けた。


 二時間後。木更津港

 千葉県に入ったな。そのままグルッと東京湾を回ってしまった。

 三神は周囲を見回した。

 「ねえ。そこの巡視船」

 「え?」

 不意に呼ばれて船体ごと向ける三神と朝倉。

 三隻の漁船が接近してくる。大部分はFTP製の漁船が多いが今時、木造漁船ってかなり珍しい。気配でミュータントなのはわかった。船名は「住吉丸」「福寿丸」「小林丸」とあった。船橋の窓に二つの光るが灯るのはマシンミュータントだからである。

 「東京湾の漁場を荒らす船がいるんだ」

 住吉丸が話を切り出す。

 「漁場を荒らす船?」

 聞き返す三神と朝倉。

 「仕掛けていた浮標や網を盗む。そいつ足が速くて追いつけないから捕まえて魚や貝を取り返したい」

 小林丸が言う。

 「巡視船なら追いつける思った」

 福寿丸がわりこむ。

 「俺達は配属されたばかりでまだよく地形を把握してない」

 困惑する三神。

 「新人なんだ。大丈夫。僕達は先輩の保安官よりもこの海域は知っているし、いい漁場も知っているしどの船がどこにいて変な船がいればわかるよ。友達の船も紹介する。そいつはよく知っている」

 住吉丸が説明する。

 「ぜひ教えてください!!」

 ひらめく三神。

 「ちょっと待て。先輩や教官にばれたら大目玉だ」

 制止する朝倉。

 「自分達で把握するより早く覚えられる。それに不審船を誰が入れているかたぶん張り込みすればわかる」

 三神は港の方に視線をうつす。

 なぜそう思ったのかわからないが直感である。漁船や民間船の方がよく見ているハズだ。

 「そうだよな」

 納得する朝倉。

 「友達の船を教えてください」

 三神は声を弾ませる。

 「横浜港にいるレストラン船だ横浜ベイブリッジで合流しよう。彼は休憩の時は近くをうろついている」

 住吉丸は答えた。


 一時間後。

横浜ベイブリッジの橋桁に接近する五隻の船。そのうちの二隻は巡視船で三隻は漁船である。

「住吉丸の言っていた船は君なんだ」

三神は口を開いた。

対岸には赤レンガパークと大桟橋がある。赤レンガパークには何かしらイベントをやっていて大桟橋には時おり、大型客船や外国船が停泊する。その近くの山下公園には氷川丸が展示されている。

「ロイヤルウイングです。本名は長島啓太です。よろしく。海保の巡視船が友達ってうれしい」

声を弾ませながら名乗るレストラン船。

「今まで素通りなのか?」

疑問をぶつける朝倉。

「ほぼ素通りだよね。忙しいのはかる。ちっとは僕達の話を聞いてくれてもいいと思うんだよね」

文句を言う長島。

「わかった。俺達でよければ聞こう。できる事はやる」

三神は話を切り出す。

「そんな無理な事は言わないさ」

長島は視線をそらす。

「君は不審船を手引きしているミュータントか人間を知っているのか?」

核心にせまる三神。

「日本漁船のふりをする中国漁船を見たよ。その漁船もミュータントだったからわかる」

長島がおぼろげながら思い出す。

「載せているのはガラの悪い連中。漁港へ入れてしまうんだよ」

住吉丸がポンと鉤爪をたたく。

「暴力団って奴か。仕掛けていた浮標や網を盗む奴もいるからついでに張り込みしてもいいな」

三神は少し考えてから言った。


「・・・本当に現われるのか?」

朝倉はつぶやいた。

「刑事になった気分」

つぶやく三神。

刑事ドラマは見た事あるが張り込みは地味だ。刑事ドラマ「相棒」の杉下右京が入れば事件は解決だろうがあいにくあれはドラマだ。

二人は木更津漁港で偽装装置を使い漁船に変装している。「こうや」が漁船で「あそ」が防波堤のそばで貨物船に変装。桟橋に住吉丸達がいる。

「三神。いいのか?勝手に偽装装置を盗んで?」

心配する朝倉。

「得意の韋駄天走りで倉庫に忍び込んで持ち出しただけ。終わったら戻せばいい」

しゃらっと言う三神。

偽装装置はマシンミュータント専用で光学迷彩装置により漁船や貨物船に変装できる。

しばらくするとその網を仕掛けた海域に漁船が何隻か接近してきた。一隻は普通の船で人間やミュータントが乗り、あとの一〇隻はミュータントである。

「あいつらだ。いつも一〇隻とか二十隻で周辺の漁場を荒らすんだ」

住吉丸が指摘する。

「あれがそうなのか」

半信半疑で動画を撮る三神。

「話し声が中国語だ」

朝倉が気づいた。

どう聞いても日本語ではない。

中国人達は勝手に網を引き上げる。

住吉丸、小林丸、福寿丸が港から飛び出す。

中国語でわめいて網を捨てる男達。

一〇隻の小型船が近づく。船橋の窓に二つの光が灯る。

後ずさる三隻の漁船。

「海上保安庁だ!!拿捕する」

偽装を解いて港から飛び出す三神と朝倉。

「なんで巡視船がいる!!?」

驚く一〇隻の小型船。

「コアをえぐってしまえ!!」

リーダー格の男が叫んだ。

三神が動いた。その動きは住吉丸や小型船のミュータント達には見えなかった。陽炎のような物が動き回り、気がつくと大きな傷が開き、部品が飛び散り、二〇ミリ機関砲で男達が乗る漁船のエンジンを撃った。

スピードを落とす三神。

くぐくもった声を上げる小型船。

エンジン部から黒煙を上げる漁船。

口をあんぐり開けたままの男達。

朝倉はブーメラン型の装置を船内から出して一〇隻の小型船の船体につけた。せつな船内機器に接続してうごけなくなる。

「警察を呼んだよ」

小林丸が声を張り上げる。

「それはよかった」

朝倉は二対の鎖を出して先端を鉤爪にかけてロープで船同士をつなぐ。木更津港に曳航する。

港からパトカーのサイレンが響いた。

三神は二対の鉤爪で漁船を引っ張る。

数台のパトカーから降りてくる警官達。

朝倉と住吉丸、福寿丸、小林丸は制御装置を取る。小型船達は緑色の蛍光に包まれて元のミュータントに戻ると岸壁に上陸した。

漁船から降りてくる六人の男達。

警官達に連行されていくミュータントと人間達。

「助かったよ」

声を弾ませる住吉丸。

「出来る事をやっただけだ」

三神は遠ざかるパトカーを見送りながらつぶやく。

「でも犯人は捕まえた」

港内をクルクル回る朝倉。

「住吉丸。ガラの悪い連中が乗る船はどこの港によく来る?」

三神は核心にせまる。

「怪しい船がいるのは東京湾外湾だよ。漁船から漁船へバケツリレー方式で運ばれる」

住吉丸は地図を出した。

「でも海保も警備船の連中が待ち伏せして潜んでいる」

朝倉が思い出す。

「警備船や保安官に内通者がいたら?この間は警察に邪神信奉者がいてえらい騒ぎになっていた」

小林丸が口をはさむ。

「そんなバカな・・・」

耳を疑う三神と朝倉。

「時空侵略者って知っている?」

福寿丸が聞いた。

「それくらい知っている」

三神は答えた。

どんなのかは知っている。異世界から時空船に乗って時空の揺らぎからやってくる連中で一番有名なのは日露戦争だろう。ロシア帝国のニコライ二世を影で操っていた。それを追い出したのは葛城庵Tフォース初代司令官である。明治時代に和菓子職人になるために伊豆から東京に上京したら初日に金属生命体の子供が宇宙船に乗って落ちてきて遭遇してしまう。そこから邪神ハンターになり日英同盟を締結、日露戦争で日本は勝利したのは歴史の通りである。その息子の茂長官は二十歳の時にアメリカのハワイで日本軍による真珠湾攻撃に遭遇。連合国側からオファーが来て日本、ドイツ、イタリアの影にいた時空侵略者を追い出した。

「これはウワサなんだけどどこかで「時空の亀裂」があるというウワサだよ」

小林丸が声を低める。

「海上保安庁や横浜防災基地ではそんな話は聞かないし、政府も言ってない」

三神は困惑する。

「Tフォースに聞いても答えてくれない。彼らは隠している。海保の観測船はただ海底を測量していない。目的は時空の亀裂の調査だと思う。毎日出ている」

住吉丸が携帯の写真を見せる。そこには海保の測量船「昭洋」が映っている。

「とりあえず怪しい船を追ってみようよ」

朝倉がわりこむ。

「そうしよう。昭洋はその後だ。住吉丸ありがとう」

三神は言った。


張り込みは数日間続いた。

非番の日はこっそり出勤して偽装装置で漁船に変装して東京湾の外湾でうろついたり、島影に隠れながらそれを待つ日々が続いた。

「キャバクラ行きたいな・・・」

つまらなさそうに言う朝倉。

「そんな所に行っているのか?」

あきれかえる三神。

「デートして楽しむだけ。相手は人間だしお小遣いも限定して歌舞伎町だよ。歌舞伎町にロボットバーが開店したんだ。芸人がよく行っている事で有名になった」

声を弾ませる朝倉。

「どこがいいのかな。俺達も似たようなものだし」

ため息をつく三神。

それはTVで見た。ニュース特集で人間や普通のミュータントが行くのだという。ロボットショーだけでなく、ダンスショーも楽しめるという。自分から言うとお金のムダ使いだし貯蓄に回さないと老後が心配。マシンミュータントは一五〇歳にならないと年金は出ないというし、自分がそこまで生きているのかわからない。

「あの船だよ」

近くで漁をしている住吉丸が無線に割り込んだ。

島影からのぞく三神と朝倉。

青色の小型船が東京湾に入ってくるのが見えた。見た目は漁船と変わらない。その船に接近してくるプレジャーボート。プレジャーボートは二階建てでセレブや金持ちが乗るような船で何日もそこで生活できるような造りだろう。両方ともミュータントである。船内から数人の男女が出たり入ったりするのが見えた。

二隻は合流すると甲板にジュラルミンケースを持った人物が現われた。

三神は偽装装置にアクセスして光学迷彩モードに切り替えた。すると三神の姿が消えた。消えたというより太陽の屈折を利用して周囲に溶け込んだのである。

「あ、バカ・・・」

あわてる朝倉。

三神は接近して動画撮影しながらのぞいた。

数人の男女が甲板にいる。ジュラルミンケースを開けて中味を確認している。プレジャーボートの人物達は白い粉が詰まった物を物色して小型船は札束を数えている。

「こいつらだよ」

福寿丸と小林丸の声が無線から聞こえた。

「海上保安庁である。そこの二隻の船。証拠はバッチリ撮った!」

三神は偽装を解いて叫んだ。

「逮捕する!!」

朝倉も偽装を解いてわりこむ。

乗員達はあわてて船内に入ると今度は軽機関銃を連射。

三神は動いた。その動きは男女達や住吉丸達には見えなかった。

気がつくとエンジン部に穴が空き、軽機関銃と証拠品が三神の一〇対の鎖に巻きついていた。彼はそれを朝倉に渡した。

呆然とする乗員達。

駆け寄ってくる住吉丸。

三神は緑色の蛍光に包まれ元のミュータントに戻り、プレジャーボートに乗り込む。

正気に戻る乗員達。

三神が動いた。その動きは乗員達には見えなかった。気がついたら乗員達はロープで手足や体を縛られていた。それは小型船の乗員達も同じだった。

「警察を呼んだよ」

住吉丸が声を弾ませる。

三神達は二隻の船を曳航して最寄の富津港に入った。

サイレンとともに数台のパトカーがやってくる。着岸すると警官達が小型船とプレジャーボートに乗り込んだ。警官達の中に数人の刑事が混じっているのが見えた。

三神と朝倉は元のミュータントに戻ると岸壁に上陸した。

「海上保安官か。警察としてはご協力感謝する。あの白い粉は覚せい剤と麻薬だ。連中は取引していたんだ」

初老の刑事は口を開いた。

「千葉県警としては海上ルートがあるのではと調査していたがそれの一部が解明した」

若い刑事が口をはさむ。見た目は三十代くらいだろうか。

三神と朝倉は笑みを浮かべ互いに手をたたいた。

「そこの漁船三隻も来て。事情聴取する」

女性刑事が手招きする。

元のミュータントに戻る住吉丸達。

「海上ルートがあるのですか?」

三神はたずねた。

「あると見て捜査していたら君達が捕まえたんだ。お手柄だ。それに連中は禁止されている古代遺物や魔物が封印された壺も持ち込もうとしていた。だから横浜税関や東京税関や入国管理局に麻薬取締部も捜査している。苦労していたんだ」

初老の刑事はため息をつく。

「よろしければお手伝いします。海ならおまかせ」

胸をたたく三神。

「丁度よかった。千葉中央署に来てくれないか?」

目を輝かせる中年の刑事。

「横浜税関と東京税関の調査部の人間が来ているの」

女性刑事は破顔する。

「いいよ。俺達は配属されたばかりでヒマだったから」

三神は笑みを浮かべる。

「案内する。そこの漁船も連れてだ」

初老の刑事は手招きした。


千葉中央署の玄関にテレポートしてくる初老の刑事達。

「君は魔術師なんだ」

驚きの声を上げる三神と朝倉。

「警視庁の田代です」

女性刑事が名乗り警察手帳を見せた。

「同じく警視庁の羽生だ。捜査一課である事件を追っていた」

若い刑事は警察手帳を出した。

「私は千葉中央署の若松だ」

警察手帳を見せる初老の刑事。

「本物だよ・・・」

朝倉は警察手帳をまじまじと見る。

若松はあごでしゃくる。

二階の刑事課に入る三神達。

「僕達は何をすれば?」

住吉丸だった漁師がたずねた。

「築地に帰らないと・・・」

「セリの時間がね・・・」

言いよどむ小林丸と福寿丸だった漁師。

「漁船や小型船のフリをして内偵する事だ」

若松は東京湾の地図を出した。

嫌そうな顔の三人。

「漁師の仕事をしながらできる調査だ」

若松は三人の肩をたたく。

「俺も利用できるものは利用する。これはチャンスなんだ。いつやるか?今なんだ!!」

こぶしをグッと握りしめ声を上げる三神。

これはチャンスで実績も作れるし、出世もできるし邪神ハンターの内定がくるかもしれない。

「林修先生のマネか」

しれっと言う朝倉。

「不審船はどこから来る?」

三神は話を切り出した。

「たいがいは日本の領海から来るね。バケツリレー方式で中国から韓国へ来て定期船で来るルートだね。一九九九年の不審船事件はそのうちのルートの一つでね。陸路と海路に分かれる。陸路は我々、警察が押さえている。海路は君らが適任だと思った」

若松は重い口を開く。

「そうなんだ。第三管区内の海域なら追いかけられる」

三神は海図を見ながらうなづく。

不審船を追えば魔物を入れてしまう者や不審船を招き入れる者、昭洋が何をしているのかも追えるかもしれない。

「暴力団が海ルートか」

朝倉は海図をのぞく。

「俺達は不審船を入れてしまう奴や灯台結界を機能停止にする奴を追っている。何か聞いていませんか?情報共有しませんか」

三神はひらめいた。

「いいね。それは」

ポンと手をたたく羽生。

三神はホワイトボードに海保がわかっている不審船のルートと灯台結界の位置、魔物が出現、目撃された場所を書き込む。

「いいのかなぁ・・」

迷う朝倉。

「海保が待ち伏せして密漁船や不審船を捕まえるのは知っている。警察も鑑識や科学捜査課と一緒に無線傍受や音声、筆跡鑑定やるし待ち伏せもやる。同じ警察だしね」

田代は隣りのホワイトボードに書き込む。

「話がすごい進んでいるけど大丈夫?」

住吉丸はささやいた。

「俺は心配なんだよ」

小声で言う朝倉。

「君の相棒は行け行けドンドンな所があるよ。僕達ついていけないよ」

福寿丸が心配する。

「まずくない?」

小林丸が難しい顔をする。

「俺もついていくのがやっとなんだ。でもバディを組んでいるから走りすぎるのを止めるのが相棒の役目かな」

すまなそうに言う朝倉。

「あまり走りすぎるのは危険だよ」

注意する住吉丸。

「一日の終わりに日誌や報告書を書いている。ばっちり報告はしてあるんだ」

自慢げにささやく朝倉。

「それならいいよ。先輩や教官に逐一報告は大事だ」

福寿丸と小林丸が納得する。

「俺は何回も怒られたからな。だから何があったか忘れないようにメモして報告書を出しているんだ」

朝倉はメモを見せた。

感心する住吉丸。

「僕達もこっそり入れて。長島も入れるし」

住吉丸がひらめく。

「わかった。協力しよう」

朝倉はうなづいた。

 「内偵調査は今日からやるぞ」

 三神がわりこんだ。

 「ちょっと待って!!」

 それを言ったのは住吉丸である。

 「三神さん。僕達は普通の漁師で明日は築地のセリもあるし、魚や貝を届ける配送の仕事もあるし、魚網や漁具の手入れをしなければいけないし、家族にも言わなければいけない。早すぎる」

 住吉丸は強い口調で言う。

 「だから?」

 三神が聞いた。

 「だからっておまえ、他人の生活を考えろよ。三人は仕事を持っているし、明日は俺達は相模湾海上の訓練所で魔術を使うマシンミュータントの対処訓練がある」

 目を吊り上げる朝倉。

 「そういえばそうだった」

 あっと思い出す三神。

 「それが済んだら連絡して」

 若松が口をはさむ。

 「田代さん。富津港にテレポートで送ってくれますか?」

 住吉丸が頭を下げた。

 「こちらこそ勝手に決めてごめんなさい。送るわ」

 田代はあやまった。


 翌日。相模湾海上の訓練場。

 湘南海岸から五十キロ沖の海上に数十隻の巡視船・巡視艇、監視艇、民間の警備船が集まっていた。船橋の窓に二つの光が灯る。

 巡視船艇だけでなく「やしま」「つがる」のヘリ甲板に数十人の男女の保安官がいる。

 「けっこう来ているな」

 巡視船「こうや」に変身している三神は船内無線でささやいた。

 「全国にある保安署からミュータントが集まっているみたい」

 「あそ」に変身している朝倉がささやく。

 三神は周囲を見回した。

 ほぼ見た目は民間船のプレジャーボートや漁船、小型定期船、フェリーにしか見えないようなのが監視艇や警備艇である。

 「あれ?ロイヤルウイングやしゅんせつ船もいる。他にもレストラン船がいて東海汽船のフェリーもいるじゃん」

 三神は気づいた。

 住吉丸に紹介されたロイヤルウイングこと長島は監視艇の仕事も兼業しているようだ。

 「大浦と三島だ」

 朝倉がささやく。

 「誰?」

 三神が聞いた。

 「巡視船「つるぎ」と「かいもん」高速船同士が組んでいる。二人とも高レベルの魔術師だ」

 朝倉が指摘する。

 「魔術師なんだ」

 感心する三神。

 巡視船「つるぎ」「かいもん」は同じ「つるぎ」型巡視船である。全長五十メートル。二二〇トン。最高時速は七四キロである。不審船追尾のための船である。

 「三神、朝倉」

 ヘリ甲板にいた更科が声を張り上げる。

 「はい」

 返事する三神と朝倉。

 「大浦と三島と手合わせだ」

 更科は指示を出す。

 「了解」

 三神と朝倉は「つるぎ」「かいもん」に接近した。

 「あのさぁ、三島、大浦。携帯番号教えて」

 朝倉は唐突に切り出した。

 「はぁ?」

 「あんたバカ?」

 あきれる大浦と三島。

 「マシンミュータント同士だろ。一緒に歌舞伎町で飲もうよ」

 気軽に誘う朝倉。

 「いきなりデートの申し込みかよ」

 しれっと言う三神。

 「バカじゃない」

 「やっぱりポンコツ」

 口々にささやくミュータント達。

 「カラオケ行かない?」

 誘う朝倉。

 「なんであんたと行かなければいけないの」

 「行く気もないし彼氏くらい選ぶわ」

 はっきり言う大浦、三島。

 「でもおもしろいと思うよ」

 朝倉は二隻の周囲を回りながら錨でチッチッとする。

 「もっとシャレた事をいいなさいよ」

 言い返す大浦。

 「だからバーカって言っているの」

 ピシャリと言う三島。

 「そんな事言わないでデートしよ」

 朝倉はいきなり二対の鉤爪を出して泡の塊を投げた。

 しかし大浦と三島の手前にある見えない壁に弾かれた。

 「あっ・・・」

 朝倉は頭を抱えるしぐさをする。

 「天誅」

 二人は呪文を唱えた。

 ガラガラ・・・ピッシャーン!! 

 「ぐはぁ!!」

 雷鳴とともに稲妻が落ちた。感電して朝倉は横倒しになった。

 「朝倉」

 三神は駆け寄る。

 「気絶しているだけか・・」

 あきれる三神。

 「あんた、相棒を変えた方がよくない?」

 「そいつ魔術師の家系なの。魔術が低レベルなのに青魔術が使えるの」

 「韋駄天走りが使えるなら組まない?」

 「そいつよりもいいと思うよ」

 大浦と三島は鋭い指摘をする。

 「おまえに関係ないだろ。おまえのエンジンとスクリューをもぎとってやる!!」

 三神は船橋の二つの吊り上げ動いた。その動きは大浦と三島や他のミュータント達には見えなかった。陽炎が通り過ぎると「つるぎ」

「かいもん」の船体に大きなえぐれた傷口が口を開けてエンジンとスクリューがなくなっていた。

 「ぐぅぅ・・・」

 二人はくぐくもった声を上げてよろける。

 三神は四対の鎖にエンジンとスクリューを巻きつけている。

 どよめくミュータント達。

 三神は「つるぎ」「かいもん」のマストを六対目の鉤爪でつかんだ。

 「参りましたって言えよ」

 しゃらっと言う三神。

 「やだ」

 声をそろえる荒い息の二人。

 「エンジンとスクリューを取られたら再生に時間かかるし走れない」

 指摘する三神。

 シャアア・・・!!

 大浦と三島は動物が威嚇するような威嚇音を出した。

 エンジンとスクリューを捨てる三神。

 「誰が参りましたなんて言うものですか」

 「エンジンをえぐってやる!!」

 大浦と三島は声を荒げる。

 三神は二人の傷口から出ている部品を引っこ抜いた。

 「ファイア!!」

 二人は詠唱していた呪文を唱えた。

 三神の目の前に火の玉が多数出現した。彼は二人を放すと動いた。ジグザグに航行しながらかわした。

 「ブリザラ」

 「つるぎ」「かいもん」の放水銃から氷の粒が勢いよく放出される。

 「当たらないさ」

 三神は動いた。その動きはミュータント達には見えなかった。ばらまかれた氷の粒をかわしてスピードを落とした。せつな自分の周囲の海域が凍りつく。

 「なんだこれ・・・」

 スクリューが凍りつき動けなくなる三神。

 「氷の呪文はただ放出するだけじゃないの。時間差で作動させるの」

 三島は声を低めて近づく。

 「参りましたっていいなさいよ」

 大浦は接近すると機関砲を撃つ。正確にエンジン部を撃ち抜いた。

 「ぐはっ!!」

 三神はのけぞった。電子脳に船体が受けたダメージが痛みや苦しみとして変換される。電子脳にウオータージェットエンジンが損傷と表示される。

 三島は「こうや」のスクリューをもぎ取る。

 「ぐあぁぁ・・・」

 船体を激しく揺らす三神。

 ナイフでえぐられるような痛みに声を上げる。スクリューがもぎ取られ、エンジンが損傷しては走れないがしばらくすると損傷は治りスクリューは再生するが時間がかかる。

 ミシミシ・・・メキメキ・・

 肉が割れ金属が軋む耳障りな音が聞こえた。

 「参りましたは?」

 声を荒げる大浦と三島。

 「うるせぇクソ女!!」

 怒りをぶつける三神。

 「ポンコツ」

 「本当にロクでもないよね。相棒選びは大切なのよ・・・」

 三島と大浦は最後まで言えなかった。朝倉が投げた泡が命中したからである。

 「スキあり」

 朝倉はよろけながら笑う。

 三島と大浦はくぐくもった声を上げ、苦しげな呼吸音でのけぞり倒れた。

 「朝倉・・・気がついたのか?」

 驚きの声を上げる三神。

 「あいつらが氷の魔術を使っている最中に目を覚ました」

 朝倉が周囲を見回す。

 監視艇がやってきて横倒しになっている二隻を起こすと巡視船「しきしま」の方へ連れて行く。

 「あの「しきしま」は普通の船だろ」

 三神は聞いた。

 「今回は病院船の役回り。普通の船だからね」

 朝倉が答えた。

 巡視船「しきしま」は全長一五〇メートル。七五〇〇トン。世界最大の巡視船である。プルトニウムを搭載した船の護送するために建造された。「しきしま」は横浜防災基地にいる事が多いが海賊対策や周辺国の支援、SST隊員の支援に派遣されている。

 「次は「ひめぎくだ」

 更科は指示を出した。

 「ひめぎくって巡視艇の?」

 三神がつぶやく。

 全長二三メートル。二〇トン前後。これを海保は九十六隻保有している。そのうちの三十隻がミュータントである。

 「教官。こいつじゃなくてそこのしゅんせつ船と手合わせしたい」

 異議を申し出る三神。

 「ムカつく」

 「ひめぎく」がしれっと言う。

 「申し訳ない「ひめぎく」清龍丸とロイヤルウイングと交代だ」

 更科はため息をついた。

 青色の船体に白色の船橋構造物の船が近づく。船尾や側面に港の海底を掘るための装置があり、船内には油を回収するための装置が内臓されている。国土交通省所属の船である。

 ロイヤルウイングは横浜港の大桟橋から港の周囲を周遊するレストラン船である。

 「僕は夜庭保っていうんだ。よろしく」

 夜庭と名乗ったしゅんせつ船は声を弾ませる。船体から二対の鎖を出した。

 「僕達はバディを組んでいるんだ」

 うれしそうに言う長島。

 「そっちこそ相棒を変えた方がよくない?監視船をやるならなおさらだろ」

 核心にせまる三神。

 「そこのレストラン船は魔物ハンターと魔術師は中級レベルというのを聞いているし、そこのしゅんせつ船は初級だろ。組むなら上級レベルの奴と組むね」

 しゃらっと言う朝倉。

 「そういう君達は訓練所であまった者同士だろ?僕もだよ」

 長島が指摘する。

 「はっきり言うな・・・」

 ムッとする三神。

 メイン組とちがいサイド組は魔術が中途半端な連中も多く自我流が多い。ミュータント能力もイマイチだと意外に苦労する。自分と朝倉は入隊直後の組み合わせで組むのが誰もいなくて朝倉と自分は組む事になった。

 「サイド組は苦労するよね。わかるよ。僕はヌタウナギの能力。君は韋駄天走り。相棒は青魔術。長島は魔物ハンター」

 夜庭がうれしそうに言う。

 「僕達と組まない?さっきの高飛車な二隻の巡視船よりもいいと思うよ」

 長島が誘った。

 どよめくミュータント達。

 「俺達は民間船を取り締まる方だ。海の警察なんだし、捕まえるのが仕事だ。民間船は監視船やらないでおとなしくしてろよ」

 突き放すように言う三神。

 「民間船の協力がなきゃ海上保安庁や警察の仕事は成り立たないじゃないか」

 二つの光を吊り上げる長島。

 「確かにそうだな。仕事が終わったら飲みに行かない?」

 朝倉が三神を押しのけた。

 「いいよ。行こう」

 声を弾ませる長島と夜庭。

 「長島、夜庭チームと朝倉、三神チームは引き分けとする」

 更科が笑みを浮かべる。

 「なんでですか?勝負してない」

 不満を言う三神。

 「我々はただ戦うだけじゃない。交渉力も必要なのだ」

 更科は厳しい声で注意する。

 「じゃあ俺は沢本隊長と手合わせしたい。朝倉と長島と夜庭と俺で」

 納得していない三神。

 「ええええ!!」

 朝倉と長島と夜庭は驚きの声を上げた。

 周囲のミュータント達も驚きの声をもらす。

 「パス。僕は大桟橋に戻らないと」

 「僕は名古屋に帰らせていただきます」

 錨を振る長島と夜庭。

 「逃がさない。巻き込まれるのは当たり前だから道連れだ」

 二隻の手すりをつかむ三神。

 「三神。やめろ。俺達のレベルじゃ勝てない。ましてやレストラン船としゅんせつ船じゃ勝ち目がない」

 朝倉が制止する。

 「だってこの際、道連れだから戦おう」

 結論を言う三神。

 「冗談だろ」

 あきれる朝倉、長島、夜庭。

 「俺は準備できた」

 わりこんでくる大型巡視船「やしま」

 「沢本隊長」

 朝倉、長島、夜庭は声をそろえた。

 ミュータント達もどよめいた。

 沢本と三神は八対の鎖を出した。遠巻きににじり寄ると同時に動いた。鎖の先端を刃に変えて速射突きを繰り出す。そして互いに飛び退き、三神が動いた。その動きはミュータント達には見えなかった。気がついたら「やしま」の船体に大きなえぐれた傷があった。三神は傷口に二対の鎖を突き入れ部品をつかんだ。せつな傷口がふさがる。

 「なっ・・・!!」

 ひどく驚く三神。

 朝倉は泡の塊を投げた。

 錨でなぎ払う沢本。

 「スモーク」

 長島は呪文を唱えた。濃密な煙が噴き出す。

 夜庭は二対の錨でなぎ払う。

 沢本は二対の鎖で突いた。しかし夜庭の船体から分泌される粘液によって攻撃がすべる 

 沢本の二対の鎖にヌルヌルしたものがつく。

 三神は二対の鎖を引き抜いて離れた。

 「ゲイルショット」

 沢本は二対の錨を振り下ろした。

 ズガアァァン!!

 衝撃波が水柱として噴き上がる。

 逃げながらかわす長島と夜庭。

 三神が動いた。

 その動きはミュータント達には見えなかった。「やしま」の右舷、左舷の船体に大きな傷が口を開けている。

 三神はスクリューを引きちぎって離れた。

 朝倉は四〇ミリ機関砲でエンジンを撃つ。

 「ヘイスト」

 沢本は自分に呪文をかけた。この呪文は自身や仲間のスピードを上げる効果がある。

 「やしま」のスクリューが復元して船体の傷がすぐにふさがる。

 「傷の治りが早すぎる・・」

 絶句する長島と夜庭、朝倉。

 「おもしろくなってきた」

 三神はスクリューを捨てた。

 「なんかワクワクしてきた」

 声を弾ませる三神。

 「ぜんぜんわからない。理解不能」

 朝倉は食ってかかる。

 「僕達は帰りたい」

 声をそろえる長島と夜庭。

 ズガアァァン!!ドゴォ!!

 沢本は二対の錨を交互になぎ払う。

 逃げ回る長島と夜庭。

 四〇ミリ機関砲を連射しながら走る朝倉。

 エンジン部や船体、船橋構造物を穿たれてもすぐに塞がり連続で錨を突き入れる。

 すんでの所でかわす朝倉。

 三神は機関砲で船橋を撃つ。

 目をかばうしぐさをする沢本。

 三神は「やしま」の船体を二対の錨でえぐり、部品を引き抜いた。

 くぐくもった声を上げる沢本。でもすぐに傷口はふさがる。

 三神と沢本が同時に動いた。その攻撃や動きはミュータント達には見えなかった。陽炎と残影が動き回っているにしか見えなかった。

 陽炎と残影は何度もぶつかりそのうちに陽炎が投げられスピードが落ちて海面にたたきつけられる三神。

 三神と沢本は体勢を立て直す。

 その船体はどっちも傷だらけだった。沢本の方がえぐれた傷が多く、三神の船体には引っかかれ、刃による傷が多かった。

 「三神。参りましたって言おうよ」

 心配する朝倉。

 「まだまだぁ!!」

 身構える三神。

 「僕達は参りましたので抜けたいです」

 長島と夜庭が懇願する。

 「それはかまわない」

 沢本がしゃらっと言う。

 バリアの外に出る長島と夜庭。

 「スロウ」

 朝倉は呪文をかけた。これは相手のすばやさやスピードを落とす呪文だ。

 「行くぞぉ」

 三神が動いた。

 沢本はその刃やなぎ払いをすべて受け払う。

 「しまったスピードがでない」

 三神は気づいた。しかし船体は傷だらけでまだ治ってない。

 沢本が動いた。二対の錨を振り下ろした。

 強い衝撃を受け三神はその後は何がなんだかわからくなった。


 一時間後。医務室。

 「長島、夜庭。巻き込んで申し訳ない」

 大柄の海上保安官は頭を下げた。

 「沢本隊長。死ぬかと思いました」

 訴えるように言う作業員姿の二人の男。長島と夜庭である。

 「悪かった。朝倉。申し訳ない」

 沢本は頭を下げた。

 「俺もダメかと思いました」

 ホッとする朝倉。

 「更科教官。力を入れすぎたかもしれない」

 沢本はTVモニターをのぞいた。

 「心配するな。三神は気絶しただけだ」

 更科は笑みを浮かべる。

 「朝倉さん。相棒を変えた方がよくない?」

 「相棒は選びなおす事もできるよ」

 念を押す長島と夜庭。

 「訓練所では俺とあいつは「余りもの」同士だったしウマがあったし、誰があいつをセーブする?ほっといたらあいつは際限なく戦いに行く。海上保安官は自衛隊じゃない」

 訴えるように言う朝倉。

 「そうだけど自衛隊とか傭兵とか民間軍事会社に行ってもらった方がいいよ。僕達はついていけない。ついて行くなら朝倉さんとならいいよ」

 長島が反論する。

 「よくそう言われる」

 朝倉はモニターをのぞいた。

 医務室のベットに頭に包帯を巻いた保安官が寝ている。三神である。

 「俺もそう思うね。融合する前の三神は那覇海上保安部では鼻つまみ者で格闘訓練や警丈の訓練でも際限なく訓練に打ち込む。満足できないからTフォースの訓練所で格闘訓練や魔術師やハンター相手にやっていた。そこでもやりすぎで誰もついてこなかった。そして各管区が集う格闘大会では常にナンバー1だった。それ以外にもミュータントの異種格闘技にも出場してその韋駄天走りについてくるものはいなくて常に優勝していた」

 資料を見せる沢本。

 「まるで「グラップラー刃牙」やゲームの

「鉄拳」「ストリートファイター」じゃん」

 声をそろえる朝倉、長島、夜庭。

 「三神の父親は三神裕介Tフォース日本支部司令官ですね」

 朝倉は声を低めた。

 「あの韋駄天邪神ハンターの?」

 「不死身のハンターの?」

 あっと声を上げる長島と夜庭。

 「気づいているのか?」

 更科が声を低める。

 「那覇保安部の時はわからないけどマシンミュータント訓練所じゃ持ちきりだった。だから誰も組まなかった。三神裕介司令官には別のあだ名があって「死神」と呼ばれていた。それは相棒が任務に就くとかならず死ぬからだよ。父親同様に息子も「死神」だ」

 朝倉は本音を言う。

 「三神司令官は五年前の任務で出動して瀕死の重傷を負って死線をさまよってからは司令官をやめて、家業を継いで漁師になっている。漁師をやりながら管区長をしている」

 更科はため息をつく。

 「息子は知っているのか?」

 「めったに帰ってこないから知らせてない。三神管区長も言っていたよ。「私の育て方は間違っていた」とね。後悔していた」

 更科は視線をそらす。

 「あの漁船三隻の言っている事もわかるな。彼にはついていけないとか行け行けドンドンな所があるから気をつけろって」

 朝倉があっと思い出す。

 「そうか。三神裕介管区長に私の息子というのは黙っていてくれと頼まれた。自衛隊の入隊を希望したが私の知り合いである古参自衛官の指導教官に止められて海上保安庁にしたんだ」

 更科はすまなそうに言う。

 「そんな・・・コアがいくつあっても足りないよ」

 嫌そうな顔の朝倉、長島、夜庭。

 「心配するな。三神は朝倉と大浦、三島、沢本と組む。香川は佐村と組ませる」

 更科はひらめいた。

 「かまわない」

 沢本が腕を組んだ。

 「よかった」

 ホッとする朝倉達。

 「朝倉。千葉県警や警視庁から本庁に連絡があった。不審船の調査をしているのか?」

 話を切り替える更科。

 「はい。俺達は住吉丸達が魚網や獲った魚を横取りされて困っていたから張り込みして犯人を捕まえた。住吉丸達の協力で不審船が取引しているのを撮って警察に突き出した。千葉中央署の若松刑事と知り合ったし、警視庁の羽生刑事と田代刑事と知り合った」

 朝倉はメモ帳と写真を見せた。

 「すごいね。ここまで調査したんだ」

 感心する長島と夜庭。

 「調査してわかったんだけど誰かに見られている気がした。それに測量船「昭洋」は本当は時空の亀裂の観測に行っているのではという推測だよ。それに本当はどこかに時空の亀裂が出現していてそこからやってきているのではと思っている」

 朝倉は部屋を歩き回りながら説明する。

 「半分正解だ」

 それを言ったのは更科である。

 「Tフォースは何も言っていない」

 長島と夜庭が声をそろえる。

 「葛城勝長官も悩んでいると思うね。時空の亀裂は小さいからね。何が侵入したのかもわかってない」

 更科は核心にせまる。

 「でも見慣れない民間船や民間機がいたら僕達はわかるよ」

 長島と夜庭がうなづく。

 「民間船の監視を君らにお願いする」

 沢本は頭を下げる。

 「隊長。頭は下げなくていいです。ここはお互い様だし何かの縁だ。住吉丸達も手伝うって言ってた」

 長島が制止する。

 「朝倉。心配するな。俺と大浦と三島がついている」

 肩をたたく沢本。

 「あいつらに言ったのですか?」

 朝倉が聞いた。

 「まだ言ってないし同じ医務室だからこれから話す」

 沢本は言った。


 

三神は飛び起きた。

彼は周囲を見回した。

「ここは医務室だ」

不意に声をかけられて振り向く三神。

ベットから起きる二人の女性保安官。

部屋に入ってくる沢本、朝倉。

「三神。おまえは俺と大浦と三島と朝倉と組む事になった」

沢本は口を開いた。

「ええええ!!」

三神、大浦、三島は驚きの声を上げた。

「香川は他のミュータントと組む事になる。更科教官の案が入っている」

沢本は後ろ頭をかいた。

「やだ。この高飛車な女」

指をさす三神。

「私だってお断りよ」

「生意気」

文句を言う大浦と三島。

「最悪な空気」

しれっと言う朝倉。

三神と大浦、三島はにらんでそっぽを向く。

「決まったんだからパトロールに行くぞ」

沢本は言った。

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