武士


/十五/



 それは、バックス機の視界共有からでも分かる変化だった。


 ゆっくりと歩いてくる刀使いのCATの両肩に日本甲冑の大袖のような装備が増えていたのだ。


 ハニカム構造が縦方向に伸びた装甲と言えばわかるだろうか、その大袖の六角形の空洞には、三本ずつの鞘がマウントされていた。

 刀の柄が出ている部分は外側面からショベルカーのショベルのような、二本爪のカバークローが突き出している。

 その大袖は肩に固定されているのではなく、背中のバックパックから拡張バインダーによって展開しており、三つの節で蜘蛛の足よろしく、柔軟に稼働するように見えた。

 さらに大袖の装甲は多層構造で表面は鈍い金属の光沢があり、その下に思考装甲という念の入れ用だ。


 前回の流しを着た侍という風貌から、武士もののふの風貌となった刀使いのCAT。

 追加装備でここまで印象が変わるとは、とバックスは軽く唸った。


「あのジジイ、嫌な土産を置いてくれたな……刀のマガジンブレードマガジンか、ありゃ」

 バックスは憎たらしく呟く。

[どうする? 降伏する?]

「どんどん冗談がうまくなっていくな、ユキナ。残念ながらNOだ。

ついでにスペクトル分析もしておいてくれ。奴のシールドの素材が知りたい」

[見たままだと思うけど。うん、主成分がチタンの合金。残念ながら化学ジェルは効かない]

「だよなぁ」

 はあ、とバックスは大袈裟にため息。


『隊長、負けるかも、とはどういうことですか?』

 その様子を心配したのか、エリスがバックスに尋ねる。


「あー、あの刀使い、薄羽蜉蝣の弱点を物量で無くしてきやがった。一本で息切れするなら、何本も持てばいいからな」


 マウントされている刀すべてが薄羽蜉蝣を使えるならば、薄羽蜉蝣が切れた刀を収納し、次の刀を出せばいい。

 切れたら次の刀、とローテーションを繰り返し、最初に使った刀の薄羽蜉蝣は回復している、オダノブナガの三段撃ち戦法のような解決策だ。

 だが、単純なロジックというものは古今東西、いかなる状況でも柔軟性が高く、強い。


「しかも、見るからにあれは……アクティブシールドのようだな」

『アクティブシールド? リアクティブアーマーじゃなくて?』

 エエルが装備名称を聞き直す。追加された思考装甲装備は、ハッカー的にも興味をそそる内容なのだろう。


「反応装甲は装甲に接触反応があれば指向性の爆発で物理ダメージを防ぐ。

 あれはそうじゃない。自ら判断し、相手の攻撃を阻害する能動的な盾アクティブシールドだ。こっちに隙があったら遠慮無く攻撃してくる、嫌な装備だよ」

『自動迎撃システム付きシールドってこと?』

「そういうことだ。思考装甲は元をたどればそういうシステムの発展系だしな。真っ当といえば真っ当な使い方だ。

 まったく、四つ腕とか天津飯かよ」

『テンシンハン? なんですか、それ』

「古典漫画のキャラだ。エリス、もうちょい娯楽した方が人生楽しいぞ」

『うおお、隊長! 今度アーカイブのアドレス教えてくれ!』

「おお、いいぞー。俺のクローズドだからひっそり読め」

『いよっしゃ!』

『……あれ、もしかして、隙がない?』

 娯楽好きのジロウが漫画に反応する間、エエルは敵の装備から戦闘内容をシミュレートしていたが、攻略法が見つけられなかったようだ。


「そうだな。相手の攻撃を回避してカウンターを食らわせるってのは、ほぼ出来なくなった。しかも、ご丁寧に盾の表面は金属製と来たもんだ」

 バックスの使うロングナイフの主な攻撃手段は、化学ジェルによる思考装甲の浸透融解だ。

 その化学ジェルの弱点として、金属製の素材には浸透も融解もしない、というのがある。

 バックス機の装備は前回の反省ナイフが壊れたことを踏まえ、ロングナイフを腰左右に一本、後ろ腰に二本と合計四本装備している。

 そして、バックスは射撃武器を持ってきていない。これはバックスの自業自得フェアプレイを望んだ結果だ。


『……隊長、勝てるの?』

「……まあ、なんとかするさ」


 相手の装備の予想はした。それを確認、実証しなければ、入力値不足で勝利の方程式は立てられない。

 ただ、あの装備では最も恐れた状況は生まれないことがバックスにとっては救いか。

 バックスは思考を回す。装備の可動範囲、そこから考えられる死角、反応速度予測などから得られる予想を確かめるための行動を構築――、


『聞いているのか、尻尾使いテイルマスター


 抑揚の無い機械音声がやっとバックスの脳に届いた。




/十六/



「すまん。その追加装備のことをずっと考えてた」


 刀使いは何度か声をかけていたとユキナは忠告をしたが、バックスは悪びれずに返答する。


『……そうか』


 男か女か分からない、翻訳機械の音声で刀使いは答えた。


「で、あんたらの答えは?」


『私たちは、戦う。あなたに勝って、すべてを得る』


 単純で、しかし、意思の強さが宿る言葉。気概というものが翻訳された機械音声からも伝わる。


「そうか」


 バックスは満足そうに頷き、


「ようし、やろうか、刀使い」


 一歩を踏み出した。




/十七/



 接敵。


 刀使いはブレードマガジンから一本、刀を引き抜き、上段から右肩番えに構え、


 バックス機はロングナイフを左手の逆手に持ち、右手には何も持たず、


 超加速により亜音速に近い速度で距離を詰める。


 やはり遅いな、とバックスは超加速のGに絶えながらED-Nで常に送られる血により、思考を巡らす。

 当然だ。この前よりも重装備になっている刀使いのCATは前回よりも遅い。


 しかし、この遅さは一対一の状態では、速度の低下は大したデメリットにはならない。

 むしろ、バックスのほうがやりにくくなったと言えるだろう。


 前回の刀使いは、先手必勝のスタイルだった。一撃で敵を屠ることに重きを置き、速さのために他を犠牲にしていた。

 しかし、今回の装備は明らかに後の先、カウンタースタイル。敵の攻撃を見切り、防ぎ、そして不可避の攻撃を与える。

 決闘者の戦い方だ。戦闘を熟知している。これも源五郎先生じじいの教えか。

 チッ、と舌を打つ間もなく、最初のエンカウントを迎えた。


 予想に反して刀使いが先に動く。刀を振り上げ、頭上からの一閃。速度と間合いを考慮した絶妙なタイミング。

 振り下げと同時に地面を叩いた右足から、ひび割れたアスファルトが粉々となり宙に浮き、、基礎のコンクリートが露わとなる。


 ブレードマガジンは刀の軌道の側面に盾として展開していた。まるで防壁と剣戟のサンドイッチだ。

 なるほど、これは攻撃を通す隙が無い。これが先を取った理由か。


 バックスは超加速分の速度が加わった剣戟を、逆手で握ったロングナイフの切っ先で刀側面を叩き、剣線を逸らす。

 ただ逸らすだけではない、そのまま刀身の背にロングナイフの背でをずらし、腕を引くことで刀ごとそのまま地面に叩きつけた。

 薄羽蜉蝣が持つ弱点の一つ――巨大な物体を切ると、途中でエネルギーフィールドが消滅し、薄羽蜉蝣で出来た切断面に刀身が詰まる。

 刀の切っ先が、アスファルトと鉄筋コンクリートに埋まった。

 バックスはさらに攻撃を仕掛けてくる右側のブレードマガジンのクローを手で受け止める。


 刀が動かない状態になり、アクティブシールドの攻撃阻害を防いだバックスは、刀使いの隙を逃さず、引いた左手のロングナイフをそのまま赤い猫本体の腰へ、


 金属同士がぶつかった音が鳴り響いた。


 ロングナイフは機敏に動くもう一つのブレードマガジンによって防がれていたのだ。

 超加速の速度と、人工筋肉の渾身を込めたロングナイフの攻撃を。

 衝撃が空気を伝わり、宙に浮いていたアスファルトの黒い欠片が周りに飛び散る。

 バックスの攻撃を防いだブレードマガジンの向こうには、赤い猫の相貌、その奥のアイカメラの駆動が見えた。


 くそ、やっぱりか。バックスは思考の合間に悪態を吐く。

 シールドバインダーの展開限界を測るために攻撃を仕掛けたが、予想通り両シールドは反対側までを補完出来るようだ。

 それはつまり、左右分業的な防御死角が無いことを指していた。


 その間に刀使いが刀を地面から抜き、刃を横に向けてバックス機の足首へ剣線を走らせる。

 しかし、バックスはその防御をしてきたブレードマガジンを足場にし、跳躍。

 戦場となっていた道路の反対側斜線も越え、そのまま照明灯の上に着地した。



 戦闘開始から、三秒ほどの逢瀬だった。



「いやーこれは難しいな」

 照明灯で蹲踞のように足を開き、下にいる赤い猫を見て、バックスが口を開いた。


『何故、楽しいように話す』

 刀使いからの、機械音声で機械翻訳の無機質な質問。


「久しぶりに本気を出せるんだ。楽しくないわけがないだろう? なあ、刀使い」

 まるで同類を見つけたようなバックスの質問への質問に、刀使いは答えなかった。

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