詰みの方法
/十二/
「すでに詰んでいるとは、どういうことですか?」
エリスがたまらず質問した。他の隊員もバックスを注視する。
「そりゃそうだろ? 俺たちが生還することで、奴らは『刀使いの奇襲による殲滅作戦』という頼みの綱を失ったんだ」
「……そういやそうか。刀使いも初見殺しなだけで、対策も立てられたら終わりだもんな」
アーカイブゲームの中でいくつかそんなのがあった、と納得するジロウ。
「その通り。後は降伏か、玉砕覚悟の総力戦かの二択しかないだろうな。
んで、このままこちらが何もしなければ、総力戦を仕掛けてくるだろう」
相手が降伏しないという予想は、これまでのクライアントの強硬姿勢を加味すれば考えられる結論だった。
「総力戦となれば、こちらは人員増強、もしくは持久戦に持ち込み、相手の物資切れを狙えばいいだけですね」
敵のCAT練度がそう高くなく、総力戦と言っても敵の数も知れている。
安定した戦略をとれば、注視するのは対策済みの赤い猫のみ。
先日の戦いから一転、一気に
「なんでぇ、これから面白くなるところだったのにさぁ」
興味が無くなったのか、ジロウはまたイスでブランコをし始める。
「え、ってことは私は負け逃げ?」
いやよそんなの!とエエルは声を上げる。
「エエルの負け逃げはどうでもいいですが、総力戦はさけたいですね」
ラディスはタブレットで戦力計算をしつつ、どうしたものかといった表情だ。
「姉さんの言葉はどうでもいいですが、私も無駄に消費する戦闘は避けたいです」
エリスもラディスと同様に、長期戦場予測を立てつつ要望を述べる。
「あー、修理する身にもなってねー頼むよー」
面倒はごめんだよー、とカーネはオブラートを包まない要望。
「俺だって嫌だよ。それに言っただろう? こちらが何もしなければ、ってな。
これはゲームじゃない、現実だ。詰ませ方にも、詰ませた後にもいろいろある。
そして、決めるのは俺たちだ」
戦争を知っている者の重みのある言葉に、若者は息を飲む。
そう、これはすでに自分たちだけを考えればいい話ではない。
チェックメイトとは、相手がもう死んでいることを意味する言葉だ。
相手の命を自分たちが握っているという現実を、直視しなければならない。
キュッ、と引き締まった場の空気。しかし、バックスは破顔して言った。
「それに、やっぱ欲しいよなぁ、刀使い」
そのバックスの言葉を聞いて、バックス隊の面々は「またか」と溜め息を吐いた。
/十三/
『で、その刀使いをこちらに引き入れつつ相手を詰ませるのに、それが必要ってワケ?』
黒い棺桶の屋上、暗闇の中でバックスは棒状の通信端末を片手に立っていた。
相手はセイナだ。呆れ疲れ果てた顔が浮かぶような声だった。
「ああ、そうだ」
『ああ、そうだ。じゃないわよハリー! コレ、赤字って言うレベルの話じゃないわよ!』
彼女しか使わない愛称にバックスは微笑む。ああ、いい気分だ。怒られているけど。
「それは重々承知してるさ。でも、埋まってるモノについては計り知れないだろ?
ほら、
“当社は有能な人材の発掘には全てを惜しまない”
って言ってたじゃないか」
『そうだけど……さすがにこれを提案するのは荷が重すぎるわ』
大袈裟な溜め息が聞こえた。
また苦労をかけてしまうが、これは適材適所、仕方の無いことだと割り切ろう。
バックスはさらに要望を伝える。
「一週間以内に頼むな」
『今すぐそっちに行ってその意味の分からない期限をほざいた口にナイフ突っ込んでいいかしら』
「すまん、でも頼む。おそらくタイムリミットはそれくらいだ」
バックスはその怒りも承知しつつ、再度頼み込む。
一週間というのは、
それを超えると、彼らは否応なく動くだろう。
総力を賭けた奇襲しか、勝ち筋がないからだ。
『……しょうがないなぁ、もう。分かったわよ』
無言の後、セイナは微笑みが見えるような声で答えた。
『それにしても……薄羽蜉蝣に刀使いかぁ。絶対、源五郎先生本人か、弟子でしょ』
「弟子だな。本人だったら、俺たちが入る前に両断するだろ?」
『でしょうね。……もう十年かぁ、源五郎先生と別れてから』
「そうだな……」
『私たち、進んでいるのかな』
「進んでるさ。それはあいつらが証明している」
『そっちはもちろん。あっちの話』
「……それについては、これから進むさ」
『……じゃ、確保できたら連絡するね。今度はUSNのフルダイブ断らないでよ? ハリー』
「作戦中はダメだっていってるだろ」
『もう、おやすみっ』
「おやすみ、セイナ」
通信端末の通話中アイコンが消えたことを確認して、バックスは夜空を見上げる。
「フルダイブで会ったら、帰りたくなるから嫌なんだよ……」
模様のない、満ちた月の下、バックスは独りごちた。
/十四/
一週間後、バックスは雪色のCATで単身、例の都市廃墟が見える道路上に立っていた。
「あーあー、聞こえるか?」
オールウェイブソナーをスピーカー代わりにして音量最大、通信回線はすべて接続、無線周波数レンジもすべて繋げる。
「結論からいうと、ある条件を飲むなら、お前達はここから立ち退かなくてもいいことになったぞー」
彼らから、戦闘という選択肢を無くす、
「この土地を買い付け、お前達を強制的に立ち退かせようとした企業は撤退した。
うちの親会社であるヤマト社がここの土地権利を買い取ったからな」
ヤマト社。それがバックス傭兵会社の親会社の名前だ。
そして、CATを販売する三大企業の一つである。
その影響度は、荒廃した現代でも非常に強く、ヤマト社の社員というだけで安全が保証されていると言っても過言ではない。
「もし、刀使い――赤いCATに乗っていたパイロットがうちの傭兵会社に入社するなら、お前達をヤマト社の社員として雇い、プラントの運用を任せるとのことだ」
そんな企業に雇われ、プラント運営権を与えられる。それは、現代では自治権とほぼ同等の待遇だ。
破格の条件。断る理由すら見つからない。
彼らは刀使いを差し出すだけでいい。それだけで命は保証され、職にありつけ、土地に残れる。
――しかし。
「――という提案も、出来るには出来た」
バックスは、その提案を良しとはしない。
「ま、ずるいよなぁ。一方的なチェックメイトだ。面白くもなんともない」
その提案には、彼らの意思が入っていない。
「それに、納得できないだろ? なぁ刀使い」
そして、そこには『刀使い』の意思が入っていない。
「俺も納得しない。そんな形でうちに入っても全く嬉しくないからな」
バックスはその提案を良しとしない。
彼が求めるのは、自分が認め、相手も認めた者だけだ。
それは、この世界で、信頼しあうための、たった一つの方法。
「提案を追加する。俺と勝負しよう。
お前が勝てば、お前はここに残っていい。
さらに、ここの土地権利もヤマト社員としての待遇も全部やる。
お前が負ければ、うちに来い。
オールオアナッシング、有りか無しかだ」
命のやりとりが最も少なく、各々の意思も入った、その提案。
バックス機がロングナイフを持ち、都市廃墟に切っ先を向ける。
「さあ、どうする? 刀使い」
三○分後、都市廃墟の方から、赤い猫がゆっくりと現れた。
その姿を見たバックスは、
「やべ、負けるかもしれん」
と、呟いた。
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