第3話

 ヴィンスは夜中、不意に目を覚ました。あたりはまだ暗く、空には宝石のごとく星々が散らばっている。


 寝続けようと抵抗してもその甲斐なく、目は冴え渡る。致し方なく、ヴィンスは見回りを兼ねて散歩をすることにした。


 石造りのこの城は中央に王と政務官の仕事の場や、居住空間がある。そしてその中央の塔を囲むようにして庭があり、その外側には、兵士や召使いたちの居住空間を兼ねた城壁がある。


 前王の影響でやたらと絢爛豪華に装飾を施された部屋は、国賓と王が使い、その周りに側近と政務官が部屋を持つ。


 ヴィンスの部屋は本来ならば中央の塔にあるべきなのだ。


 だが、実際には城壁と中央の塔の繋ぎ目に、最も近いところに位置している。つまりは、兵士や召使いたちの居住空間と同じところに、ヴィンスは居を構えているのだ。


 そのため、夜間散歩をしていても、城壁の屋上なら誰に咎められることもないことを、知っていた。


 着の身着のまま、部屋から出る。剣を持って行こうか迷ったが、少し歩くだけだからと持っていくのをやめた。


 屋上に続く階段を登る。思いの外、外は風が強い。


 ヴィンスは辺りを見回した。


 屋上は誰もいない。星々のみが存在している。下方に見える街にも、光はない。


 まるで、どこか異世界にでも迷い込んだようだ。


 ふっと笑うと、時折吹く強い風に服をはためかせ、ヴィンスは上を向きながら歩きだした。


 何故だか、昨日の少女が空から降ってくるような気がした。


 しばらく経って、城壁を半分ほど歩いたころ、前で何かが動いた。


 初め、ヴィンスは等間隔で設置されている旗か何かだと思っていた。


 だが、どうも違うようだ。


 訝しみながらも、歩を進める。剣を持ってこなかったことを、頭の隅で後悔した。


 しかし、近づくにつれて浮かび上がる人影に、ヴィンスは驚き、剣を持ってこなかったことに安堵した。


 城壁に凭れかかるようにして空を見上げているのは、リフォードと名乗った女王の息子であった。


 ヴィンスはどうしようか悩んだが、それも少しの間で、すぐにまた歩を進める。


 ただぼんやりと前方を見つめるリフォードの警戒心のなさは、ヴィンスの目に余った。


「リフォード様。如何致しました?」


 リフォードは後ろを振り向くと、少し目を見開く。


「あなたは国王の後ろにいらっしゃった」

「ヴィンス・クラウザーと申します」

「ヴィンスさんとお呼びしても?」

「どうぞご随意に」


 リフォードは微笑を浮かべると、照れくさそうに頭を掻いた。


「勝手に出歩いてしまってすみません。実は眠れなくって困っていたんです。もし、ヴィンスさんにご迷惑でなければ、少しお話しませんか」


 ヴィンスはこの願ってもいない申し出を快諾すると、リフォードに促されるまま、隣に凭れ掛かった。


「それにしても、こんな所にお一人でいらっしゃって、刺客でもいたらどうするおつもりですか」


 ヴィンスが咎めるように言うと、リフォードはまた笑いながら頭を掻いた。


「そうですね。些か不注意でした。以前は何を言わなくても付いてくる者が側にいたものですから、ついついその癖が抜けなくって。でも自衛くらいはこれでも出来るんですよ。魔法は得意なんです」


 楽しげに話す青年は、少年のようでありながら、どこか大人びているようにみえる。ヴィンスは思わず苦笑した。


「どうやら、いらぬ心配だったようですね。リフォード様はやはり、次期国王になられるのですか」

「さあ、どうでしょう。なんたって、私の髪はこんなですから」


 リフォードは笑って自分の髪をつまんだ。彼の髪は、夜の闇の中でも、まるで轟々と燃え上がっているようである。


「あなたも、不思議に思ったでしょう?」


 ヴィンスは、横にいる青年に脱帽する思いだった。


「ええ、そうですね。赤い髪といえば、勇者の一族を連想しますから」

「そうでしょう。ああ、あなたは面白い方だ。今はどうやら国王の側近でいらっしゃるようだが、以前は戦士では?」

「そうです。よくご存知で。何かご無礼でも働きましたか?」

「いえ、違います。私がこう言うと、貴族の方はただ苦笑するだけで、否定も肯定もしません。ですが、戦士の方は必ずどちらか答えてくださるんですよ」


 ヴィンスは少し笑いそうになり、思いとどまった。どこかさばさばとしているリフォードの雰囲気は、皇族とは思えない。


 ウィッチャー家は因習的な皇族と思っていたが、女王といい彼といい、どうやら変わってきているようだ。


 リフォードの楽しげな横顔をしげしげと見つめて、ヴィンスはまた前を向いた。


「リフォード様にはご兄弟でもいらっしゃるのですか?」

「いえ、いません。……ですが、叔母の方にご子息が生まれたらしいのです。まあ、我が女王があの叔母を許すわけはないのですが、未来はどうなるか分かったものではありませんから」


 ヴィンスは言葉を失い、しばらくぼうっと前を凝視していた。


「風が、強くなってきましたね。夜風は身体に悪いと聞きます。もうお部屋に戻られませんか。お送りいたします」

「そうですね。お話できて、とても楽しかったです。また、眠れない夜は私の戯言に付き合ってくれませんか」

「戯言なんてとんでもない。私でよろしければ、よろこんで」

「あなたは本当に面白い方だ」


 星々の光の中にうっすらと、太陽のそれが混じりだした。

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