第2話

 部屋に一つだけある窓から、白い朝日が射しこむ。


 ぼんやりと覚醒してきた頭で、ヴィンスは昨日のアイと名乗った少女のことを考えていた。


 あれは、現実だったのだろうか?


 まだ温もりの残ったコップを持って尚、ヴィンスは疑っていた。夜が明け陽の光を見てしまうと、その疑いの念はますます強くなるばかりだ。


 いまいちスッキリしない頭を抱えて、ヴィンスは寝返りをうつ。


 外では早々に起きた鳥たちが、可愛らしい歌を奏でながら舞っていた。


 しかし、あれが現実だとしたら。あれは、誰かの所有物などではなく、本物の魔女だったのかもしれない。だが、そんなことがあり得るのか?危険を冒してまでここに来る理由が思いつかない。強いて言うなら……密偵か。


 教会の方で、目覚めの鐘がなる。ぼーんぼーんと、低く優しく。まるでそれは寝坊助の頭を揺らすかのようだ。


 ヴィンスは頭を掻くと、その低い鐘の音を聞きながら、のろのろと起き上がった。


 そういえば、今日は会食があって忙しいのだ。準備できるものは、粗方昨日のうちに用意してある。あとは清掃と料理と警備のチェックを……。


 そんなことを考えつつ服を着替える。すると突然、黙々と動かしていた手を止めた。ヴィンスははたと気がついたのだ。


 今日の会食相手は、魔法の国エトロニア国女王。全く、これは偶然かはたまた必然か。


 ヴィンスは苦虫を噛み潰したような表情で、一度だけ会ったことのある女王の顔を思い浮かべた。


 確か、あれは女王の即位式に招かれた時か。


 艶やかに伸びた、闇を写したかのような黒髪。思慮深そうな目とは対照的に、常に優しく微笑む口元。


 ヴィンスが懸命に女王の容姿を思い描いていると、ドアがノックされた。朝食の用意ができたという知らせに、ヴィンスは考え事を止め、素直に呼びに来た侍女に付いて行くことにした。




 ヴィンスは前方で優雅に食事をしながら王と談笑する女性を、感嘆の念を込めて見つめていた。


 楕円状のテーブルには、白く真新しいレースのテーブルクロスがかかっている。王と女王はその端と端に腰掛け、ヴィンスと女王の従者とみられる青年は、彼らの後ろに控える。


 後ろに控える青年は聡明そうな顔つきで、ゆっくりと周囲を伺っている。その顔つきや雰囲気は女王とあまりに似ていて、親類であることを伺わせていた。


 だが、ヴィンスはその青年の髪の色に違和感を感じた。


 赤なのだ。


 少し黒みがかってはいるが、まるで燃えているかのようにさかだつ毛は、赤以外に形容し難い。朝焼けや夕焼けの優しい赤ではなく、メラメラと燃える地獄の炎のそれなのだ。


 面妖な。それこそ、魔女の忌み嫌う色だろう。余程の権力者の血筋か。いや、それもまたありえない。赤といえば、勇者の一族のものだったはずだ。


 王もヴィンスと同じく、青年が気になっていたのだろう。それとなくちらちらと視線を寄せる。


 そして、それに気がついた女王は微笑むと、スプーンを置いて口を開いた。


 まだ彼らの前にはスープしか置かれていない。


「そうでしたわ、ご紹介が遅れて申し訳ございません。これは、愚息のリフォードです」


 女王がそう告げると、目を見開いたヴィンスたちを尻目に、リフォードは一歩前に出て折り目正しく礼をした。


「はじめまして、リフォード・ウィッチャーと申します。本日は私も従者の身。どうぞご用がございましたら、遠慮なくお申し付けください」


 しばらく面食らっていた王も、リフォードが頭を上げる頃には正気に戻っていた。


「随分ご立派なご子息がいらっしゃったのですね。いやはや、羨ましい。それにしてもお二人とも、随分と美しい髪をお持ちのようだ」


 女王は相好を崩すことなく、グラスに注がれた水を一杯口に含んだ。


「お褒めにあずかり光栄です。王も、美しい金の髪ですこと」


 そしてそれっきり、女王は何も告げなかった。王もそれ以上の深入りは危険とみて、早々に話題を変える。


 ただヴィンスだけは、息子だという少年をじっと見つめていた。

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