151~160

151

 精緻な細工の額縁に、伏し目の女性の肖像画が収まっている。この女性を、数多あまたの人間が己の母と誤認してきた。それがこの絵の力だ。

 だが私は違う、彼女は真に私の母だ。幼少の頃の遊びも、自分の誕生の瞬間も、羊水の中の音だって記憶にある。

 残りの人生を母と過ごすのだ。頼む、我々を引き離さないで。

―母の肖像画



152

 つまり旬が過ぎたのだ。

 俺は俳優の肩書きを失いつつある。顔で持てはやされデビューして、その効力も二十代まで。 演技力をつちかう努力もせずに三十路みそじを過ぎ、周囲が冷淡に偶うのも当然だ。

 何年もスルーしてきたのに、ある同級生だけが定期的に遊ぼうぜと誘ってくる。今の俺に、応える資格があるだろうか。

―旬を過ぎても



153

 またフラれたから慰めて、と涙の跡も痛々しい弥花みかが私の胸に顔を埋める。口調は明るいが、幼馴染みの私には彼女の傷の深さがよく分かる。


 ――自分なら泣かせたりしない。


 この子と恋愛ができれば良かったかも、とさえ思う瞬間がある。でも、恋愛より強い友情もあると、私は私の人生を懸けて示したいんだ。

―友情に人生を懸けて



154

 人生のクリーニング屋なるのぼりを見かけた。人生の汚点や黒歴史を綺麗にします、と。


「実は僕、数年前に窃盗をしたんです。綺麗になりますかね」


 相談すると、少々お待ちを、と椅子を示される。


「うちでは難しいんで、彼らに綺麗にしてもらって下さい」


 振り返ると、制服姿の警察官が二人、店に入ってきた。

―人生のクリーニング屋



155

 雪の王国が寒冷期に陥った時、王は国民生活を締め付けて乗り切った。妾腹しょうふくから産まれた彼の父が先王でないと知れると、民は偽りの王に騙されたと怒り狂った。

 彼は死の間際、私でなければ皆死んでいたぞと不遜に笑った。

 かの王国は幾年もせずに亡び、後の歴史家は偽王ぎおうへの評価を賢王へと見直しつつある。

―偽王から賢王へ



156

 解体作業を生業なりわいにしていると時折寂しくなる。誰かに望まれて建てられ、往年は賑やかだっただろう目的を終えた建造物を見ると、祭りの後という言葉がちらつくのだ。


「物事にケリをつけるのにも意味がある。俺たちが土地をまっさらにすることで、無限の可能性が戻るんだ」


 先輩に言われ、僕ははっとした。

―祭りの後に



157

「これが真実の姿なんだ、ごめん」


 友達の男の子は、迫り来る車に立ち尽くすぼくを路肩へ突き飛ばし、代わりに衝突されて地面を跳ねた。一瞬で三倍ほどに膨らみ、もさもさの毛で覆われた彼の体には目がたくさん。

 申し訳なさそうに立つ彼の体に我慢できず抱きつく。格好いいと言うと、友達ははにかんだ。

真実まことの姿



158

 正確に繊細に、時に力強く躍動する指が好きだった。

 ピアニストの彼、ヴァイオリニストの私。指だけが好き、と割り切っていたはずなのに、音楽だけでなく人生のパートナーになってと言われた私はその場にくずおれた。心には嬉しさと、確かな苦みがあった。

 私は彼の笑顔を見る度、胸のうずきを思い出すだろう。

―指だけが



159

 浜に漂着した缶詰には触らないことだよ。ことに、地球に存在しない言語が記されたものは、絶対に開けないよう。中に、しきものが詰まっているからね。

 海で出会でくわしたその人物は、警句を口にしてこちらをっと見つめる。呼吸すら感じないほど微動だにしないその異様な姿に、私は恐れをなして逃げ出した。

―悪しきもの



160

 猫の耳って可愛いな。三角でもふもふでぴこぴこ動いて、と思っていたら私の頭にも猫耳が生えてきた。帽子で隠して生活していたら尻尾も体毛も生えてきた。混乱して引きこもっていたある朝、私はどこぞのお宅の家猫イエネコと化していた。

 そうか、猫ってこうやって生じるんだ、と感心したがそのうち全て忘れた。

―猫の生じ方

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