101~110

101

 映画館にいる時、人は最も孤独になる。複数人で観に来たとしても変わらない。

 自ら暗い箱に閉じ籠り、上映中は身動きも発声も慎む必要があり、外部とも連絡が取れない。好みに合うか不明な作品と約二時間対峙し続けるなど博打に近い趣味だ。その制約も含めて、僕は映画館が好きだ。

 予告編がもう終わる。

―箱の中



102

 こちらの御神体に土地神が顕現しておられます、と宮司が示したものは、ただの古い小箱に見えた。

 いぶかる私の前で、男は箱に耳を近づけて何度か頷く。彼に手招かれ、板の隙間から内部を覗くと、中は小さな街めいて灯りが点り、豆粒大の人の姿が行き交っていた。

 どうかご内密に。驚く私に宮司は片目をつぶる。

―土地神の顕現



103

 親の再婚で家族になった妹は不器用だ。背側にボタンがある服も、短い首飾りの留め金具も、後ろ側のヘアアレンジも、全部私がやってあげる。

 休日に偶然早めに起きると、全身ばっちり身支度した妹と鉢合わせた。嘘。もしかして、最初から? 妹は赤面して慌てて出かけていった。

 何あの可愛い生き物。好き。

―妹は不器用



104

 まだ小さかったホルスが家に来て十年近くになる。彼は見上げるほどの精悍な青鳥せいちょうになり、私が高校に遅刻しかけると、学校までの空を抱えて運んでくれる。

 私は既にお嬢の翼ですから、と真剣な表情で言う彼を好きにならないはずがない。でも鳥人との恋愛はハードルが高すぎる。

 私は一体どうすればいいの?

―お嬢の翼



105

 大学の先輩は常に手袋を着けている。艶々した黒革の下の、生身の手を誰も見たことがない。

 僕は見たい。

 いつも独りでいる彼に、思い切ってなぜと訊いてみる。先輩は、お前みたいな奴が釣れるからな、と蠱惑的に笑む。僕は乗せられたようだ。

 何でもいい、彼の手を見られるなら、僕は彼の手下にでもなる。

―僕はいかにして彼の信徒となりしか



106

 全身黒ずくめで、宝石をじゃらじゃら身に付けている人物がいたら用心するといい。死神かもしれないから。

 死神の鎌に刈られる時、人の魂は記憶に応じた種類の宝石に変わる。たちの悪い死神はその宝石を見せびらかしてるってわけ。僕がなぜこんなに詳しいかって?

 それは――ほうら、後ろにいるのはだーれだ?

―宝石と死神



107

 一冊の分厚い本が手中にある。それは運命という題の、私だけがめくれる本だ。

 黒々と言葉で埋め尽くされた見開きの、所々にある滲みは、人の子が自らの宿命を変えんと奮闘した跡だ。人の嘆願は私のあずかり知るものではないが、その足掻きは愛おしい。

 程なく来る小さき者の終焉の日まで、また一枚頁を手繰たぐる。

―『運命』



108

 馬と共に、風になる。亡国の王女となった私の前に、導くものは何もない。

 父王は「生きろ」と仰った。一縷の希望すら未だ見えず、胸だけが熱く燃え、祖国の再興など砂漠に陽炎かげろう蜃気楼のよう。

 朝日が赫々かくかくと照らす荒れた国土には、ただ広大な未知が横たわっている。黎明へ向かって、一直線に駆けていく。

―風になる



109

 一月も終盤の神社の境内。人の姿はまばらだ。一緒に初詣に来た星夏せいなちゃんが、何を真剣な表情で祈っていたのか気になり、帰り際に訊いてみる。

「……来年も二人で来れるように、って」

 驚いた。だってそれは、私と同じ。「それは神様じゃなくて私が叶えるよ」嬉しさの勢いのまま、私は彼女に抱きついた。

―神様じゃなくて私が



110

 春の遠さに思いを馳せる。

 雪に閉ざされ、静けさだけが降り積もるこの地で、熱い湯に浸る私の脳裏を様々な情景がよぎっては消える。記憶の中の花吹雪も、蝉時雨せみしぐれも、綾錦あやにしきも、冬の底ではすべておぼろな幻のようだ。

 天井から落ちるしずくがぽたんと澄んだ音を奏でる。冬よ、どうか少しでも長く私のそばにいておくれ。

―冬よ

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