第28話 親愛なるあなたへ

 あの日から一週間後の日曜日に、わたしたちは二人でそれぞれの花束を抱えて、約束の場所へと向かう。お互いに何も話さなかった気がするけれど、それは悪いことではないように思える。

 鉄でできた柵沿いを並んで歩き、翔さんが先に敷地内へと入った。わたしはそれに続くように歩いていく。

 井戸に手をかければ、澄んだ水が流れ出す。今日も呼び水は要らなかった。

 まずは、翔さんの大切な人へ渡す釣鐘草つりがねそうの花束を受け取る。そして、わたしは翔さんへミニヒマワリの花束を渡す。お互いの花束を交換して供えるのは、親愛なるあなたへ報告するためなのだ。

「わたしたちは、まだ出会ってから日が浅いほうなのでしょう。それでも、わたしは翔さんの隣にいたいのです。だから、どうか、見守っていてください」

 それから、わたしの大切な人へ翔さんが花束を贈る。

「ぼくには未来を見る能力なんてないから、いつ二人に永遠の別れが来るのかなんて分かりません。それでもりんさんと手を繋いで生きていたいのです。だから、どうか、一緒に居させてください。ぼくたちがあたたかい家庭を築けるようにと、どうか願っていてください」

 お線香の煙が、高く上っていくのを、わたしは横目で追いかける。そして、視線が翔さんとぶつかった。わたしたちは、お互いに大切な人を亡くし、その人のことを想い続けながら一生を過ごしていくのだろう。でも、その隣には、今を生きる大切な人がいる。愛せる人がいる。それは、どれだけ幸せなことだろうかと、その幸福をわたしは噛みしめた。

 これからの長い時間の中で、わたしたちはきっと、たくさん後悔をして、喧嘩もして、それでも離れないようにすぐ近くにいるのだ。

「そろそろ、行きましょうか。翔さん」

「そうですね、行きましょう。りんさん」

 二人は供えた花束の分だけ近くなった距離を、離れないようにと手を繋いで歩いた。それは、人生の岐路でもあった。マイナス思考でも、悲観的になっているのでもなく、二人はやっと留まり続けていたあの日から、未来へと歩き出せたのだ。

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