第25話 ねこぶくろ

 昨日は無事に眠れて、今日は翔さんとの約束の日だ。

 お湯を沸かして、紅茶をいれる。今朝は食パンを焼いて、あんずのジャムを塗り、もう一枚にはさくらのジャムを塗る。たまにしか売られていない十枚切りのパンがあって、良かったと思いながら、パンを食べる。

 それから、テレビをつけて、天気予報を見る。今は、テレビで天気予報や時刻表などを見ることができて、便利になったと思う。

 今日は太陽と雲のマークがついている。ちょっと悩んでから、折り畳み式の傘を、ショルダーバッグの中に入れた。

 それから洋服を探して、この季節に合いそうな薄手のニットを選ぶ。グレーで、えりのあたりには大きめのビーズが縫いつけられている洋服と、ジーンズを合わせることにした。

 地下鉄の時間もあり、あまりゆっくりはしていられない。

 わたしは急いで日焼け止めを塗ったり、口紅を塗ったりしていた。そして、忘れ物がないか確認をしてから、部屋を出る。

 駅に着き改札を抜けて、地下鉄に乗る。今日はこの前乗ったときよりも、車内が混んでいた。出かけるには、ちょうどいい時間なのかもしれない。

 池袋について、わたしはこの前と同じ道順で、ふくろう像に向かう。腕時計によると、十時五十分。もう少しで、待ち合わせの時間だった。お手洗いは混雑するものだと思っていたが、タイミングによるらしい。今日は待たずに個室に入れた。手を洗ってハンカチでふく。丁寧に折りたたんでから、バッグにしまった。

 ふくろう像が見えないくらい、人で溢れる待ち合わせ場所で、わたしは翔さんを待った。十一時ころになり、わたしが周囲を気にして見ていると、少し離れた場所に立っている翔さんを見つけた。人を避けながら、翔さんの近くへ行くと翔さんもわたしに気づいてくれた。それからわたしたちはハンズを目指して歩くのだが、人が多くてうまく歩けない。そんなわたしに気づいた翔さんが、手を繋いでゆっくりと歩いてくれた。

「もう少しで、ハンズですよ」

「もう、ハンズですか? 早いですね」

「下から順にみて行きましょうか」

「それがいいですね」

 一階は見るところがほとんどなかった。文房具を売っているコーナーで、マスキングテープを見つけた。わたしは、はじめて見たきのこの柄のマスキングテープを購入した。

「ぼくは、前から不思議なんですけど、そのテープは何に使うんですか?」

「人によって、色々だと思いますけど、わたしの場合はノートのカバーに貼り付けて、オリジナルのノートカバーを作っています。手紙に貼るかたも多いらしいですよ」

「そうやって、使うんですね。使いでがありそうですね」

「そうですね、五メートルもあれば、わたしも十分だと思います」

 そうしてわたしたちはとうとう一番上の階についた。

 ここでは、ペット用品などを扱っているらしい。猫や犬のカレンダーなども置いてある。

「りんさんは、猫は好きですか?」

「猫はかわいいとは思うのですが、一緒に暮らしたことがないので、接し方がよく分からないんです。犬なら、実家にいるんですけどね」

「それなら、ねこぶくろに行きませんか?」

 そう言いながら、翔さんが指を差した先にはカウンターがあった。

「ねこぶくろは、飲食と猫を抱っこすることが禁止なんです。だから、りんさんが猫が大丈夫でしたら入りましょう」

「ねこぶくろなんて、はじめて聞きました。行ってみましょう」

 カウンターで料金を支払うと、ねこぶくろのシステムの説明がされて、わたしたちは猫の世界に足を踏み入れた。

 ねこぶくろの中には、とても可愛い世界が広がっていた。猫が自由に歩き回っているし、キャットタワーというのだろうか。そのタワーのてっぺんに居座り続けている猫もいた。可愛い、本当に可愛い。順路通りに進んでいけば、椅子が置いてあり、その横では猫が眠っていた。係員のかたによると、猫は非常によく眠るらしい。そして、野良猫たちとくらべて、少し、丸い気がする。椅子には自由に座っていいらしくて、わたしは猫の隣に座ってみた。近くで見ても可愛い。

「猫って可愛いですね」

「そうですね、動物は可愛いです。こういう場所は男一人だと入りにくいので、りんさんが猫嫌いではなくて良かったです」

「さっきよりも、猫が好きになりました」

「それは、良かった」

「そろそろ、出ましょう」

 可愛い猫たちに別れを告げて、翔さんと一緒にねこぶくろを出た。

 わたしは池袋のハンズに、ねこぶくろという可愛い世界があり、それを楽しめただけで今日はもう満足してしまった。

「お腹がすきましたね。何か食べたいものはありますか?」

「ぼくは、辛いものが食べたいので、パスタでもいいですか?」

「パスタはいいですね。わたしも食べたいです」

「ハンズからだと、一分かからない場所に、パスタを食べられる場所があるんです。そこにしましょう」

 本当にすぐ近くだった。階段をおりて、ドアをあけると、木の温もりが伝わってくる店内だった。そこで、わたしたちはテーブル席に座り、翔さんは水菜とベーコンのぺペロンチーノを、わたしはサーモンクリームソースを注文した。ランチタイムはドリンクバーがついているらしい。わたしは、先に飲み物を取りに行き、ピーチティーを注いだ。翔さんは、ウーロン茶にしたらしい。

 辛いものが食べたいと言っただけあり、翔さんはタバスコを全体に振りかけていた。わたしは、そのまま頂いたのだが、やはりこの味はわたしには出せないと思った。少しずつ冷ましながら食べていたが、どうしたら、こんなに美味しく作れるのだろうか。不思議だった。

「ピーチティーは美味しいですか?」

「美味しいですよ」

「それじゃあ、ぼくも今度はりんさんと同じものをもらってきます」

 翔さんは、ドリンクバーに飲み物を取りに行った。

 翔さんのお皿はからだった。唐辛子も一緒に食べてしまったようだ。わたしもあと少しで、食べ終わる。サーモンはどうやら、お刺身ではなくスモークサーモンだと気づいたので、今度覚えていたら作ろうと思った。お水にレモンが浮かんでいて、今飲むと美味しい。これも、まねしたい。

「そろそろ、時間ですね。

 もう、大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

 わたしはそう言って、立ち上がる。

 翔さんが伝票を持って先に行ってしまったので、慌てて追いかける。

「今日は、りんさんの体調が戻ったお祝いです。ぼくに払わせてください」

「ありがとうございます。ごちそうさまでした」

 この日はねこぶくろの入園料も、ランチ代も全て支払ってくれた翔さんに、改めて別れ際に、お礼を言った。すると、翔さんは、

「また、お会いしましょう」

と、いつも通りの返事で、わたしも、

「そうですね」

と、返していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る