8.

男は一人一人、子供らの肋骨の隙間からサバイバルナイフで心臓を一突きにしてとどめを刺し、その後俺に近づいて、「あんたには迷惑をかけたな。」と声をかけ、俺の縄をナイフで切り始めた。

「知ってたのか。この村のことを。全部。」

「悪い悪い。巻き込んでしまってすまなかった。こんなはずではなかったんだが。」

「どんなはずだったというのだ。」

「だまされたふりをしなきゃいけなかったんでな。あんたに知らせるひまがなかった。」

「あんた何者なんだ。それは拳銃だろ。」

「俺のお守りグロック17。弾倉を入れ替えることなしに、18発連続で撃てる。レーザー照準器付きさ。闇夜でも仕留められるようにな。」

「なんでそんなもの持ってるんだ。あんた、ヤクザか暴力団か。」

「違う。身分は明かせぬが、連続殺人事件を捜査していたんだ。」

「てことは警察か。」

男はにやりと笑った。

「警察ならいきなり発砲したりしないだろ。ともかく、身分は明かせぬが、これは特命でやったことだ。」

「特命?日本政府の?」

「ははは。言えないな。」

つまり、非公式の特殊部隊?

「写真家だっていうのは。」

「嘘じゃない。それが俺の表向きの職業。これは裏稼業、趣味と実益を兼ねた。」

男の話によれば、この男は、勝手に廃村に住み着いて、訪れる旅人に麻酔薬を飲ませて殺してしまうカルト集団を始末しにきたのだそうだ。不老不死だか若返りだか知らないが、なんかヤバい麻薬だか整形手術をやってるせいで、その教団の信者たちは、あんなふうに、一見幼くみえる。しかしどいつも、おそろしく高齢なのだそうだ。


あのドクダミ茶に薬が入っていたのだろう。おそらくあの男は飲んだふりをして飲まなかったのだろう。

「俺も殺すんだろ、口封じに。」

「そんなことはしない。君はただの民間人で、無実だ。罪の無い者を殺すことはできない。」

「だが、もしこのことを俺が人に話したら?」

男は大きな声で笑った。

「一応、口止めはしておこう。言えば厄介なことになる。だが誰もこんなこと、話しても信じないさ。君が山の中で、気がふれたと思われるだけだよ。」

「俺も未だに、頭がおかしくなったんじゃないかと思ってるんだ。」

「悪いことはいわん。あんたの精神衛生のためにも、今日のことはすぐに忘れろ。そして誰にも話すな。」

「ああ。」

「ヘッドライトを貸してやる。今から山越えだ。」


疲れ切っていたが、仕方ない。こんなところには1秒も長くはいたくない。俺は、重い自分の体を引きずりながら、男の後について、夜の山道を歩いた。

男は途中何度もトランシーバーで誰かと「ああそうだ」とか「了解」とか、短く交信した。ときどきヘリコプターが頭上を飛ぶ音がした。

どこをどう歩いたんだかさっぱりわからないが、ものの数時間ほど、山道を登ったり降りたりして、一つの尾根を越えて、俺たちは温泉宿が数珠つなぎになった谷に出た。ほっとした。普通の、人間の集落だ。

「話はつけてある。宿代も払っておいた。あんたの荷物も、バイクも発見された。明日までに、ここへ届けてくれるそうだ。今晩あんたはここでゆっくり休み、すべて忘れて帰ってくれ。」

男は腰に吊した、ステンレス製のウィスキーボトルに口を付けてぐびりと一飲みし、

「あんたも飲むか。」と俺に差し出した。

酒に酔わなきゃやってられない気分だった。「ああ。」俺はボトルを受け取りラッパ飲みした。ストレートのバーボンが喉を抜けていき、胃を焦がした。

「良い飲みっぷりだな。それはあんたにやるよ。」男はにやりと笑い、「じゃああばよ。もう会うこともあるまい。」そう言いのこして去っていった。


こうして今も、彼が残したウィスキーボトルが手元になきゃ、何もかも夢だったんじゃないかって思うくらいだ。


終わり

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大人がいない村 田中紀峰 @tanaka0903

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