4.

砂利道をしばらく行くと、右手に二軒の家があり、左手に井戸とトタン屋根の納屋があって、正面は石段になっていた。

「もしかして、これだけ?」

「何が?」

「君たちが住む村だよ。」

「この上に神社があるよ。」

「この石段の上に?すると、ここには、民家が二軒と、神社が一軒あるきりかい?」

「そうさ。」

「温泉に続く道というのは?もしかしてこの石段の先に山越えの道があるってことかい?」

「そういうことさ。」

なんてこった。どうもこの先は、獣道のようなものが通じてるだけらしいぞ。

「ところで、君たち以外に、大人はいないのかい。」

「いないよ。」

「いないわきゃないだろ。」

「いないんだ。」

「どこに行った。仕事に出かけてるだけで、夜には帰るんだろ。」

「ううん。もう何年もいないんだ。」

「どうして?」

「どうしてって。」

「昔はいたけどある日突然いなくなったのか。」

「そうかもね。」

「そうかもねって、一緒に同じ村に住んでてわからないのか。」

「わからないよ。だって僕らはそのころ今よりもずっと子供だったのだもん。」

そりゃあ、きっとそうだろうさ。


俺はぞっとした。

あの男が言ってたことは本当だったってことか。

子供だけの村?あり得ない。こんな山奥の廃屋みたいなところに、子供ばかりで住んでるなんて。

「君たち、子供らだけで、どうやってこんなところで生活してるんだい?」

みんなニヤニヤ笑うだけで、何も答えない。

「学校には通ってるのか。」

「そんなもの、僕たちには関係ない。」

「本気で言ってるのか?」

警察に通報したほうが良さそうだが、スマホに電波は届かない。


こいつらは人に言えない秘密でもあるのか。

もしかしたら家出した子供たちなのか。不登校児のたまり場なのか。

異常すぎる。こんなことは現実にはあり得ない。こんな村がいまどき日本にあるはずがない。


あの男は何者なんだ。俺をここまで連れて来て、急にいなくなりやがって。

俺はあいつに騙されてここに連れてこられたんじゃないか。

あいつと、この子供らは、グルなんじゃないか。

俺をはめようとして、この子供らはおかしな芝居を打ってるんじゃないのか。


あるいは俺は、いつのまにか狂い始めているんじゃないか。

いつから狂ったのか。いつまで正常だったのか。

もしかすると、あの男と会ったときから、おかしくなり始めたのかな?

俺は時々不安になるんだ。俺は狂ってるんじゃないかと。それというのも、世の中には狂ったやつらが、俺の周りにもたくさんいるから。俺一人狂ってないなんてどうして信じられようか。

狂人が町中を平気で歩きまわっている。SNSにもたくさんおかしな連中がいる。本人は、自分が狂っているって自覚がまったくないんだが、はたから見れば明らかに狂っている。俺もとうとうそういう連中の一人になってしまったのかもしれない。いやとっくの昔になっていたのかもしれない。

俺はもう、現実を現実のままに理解できなくなっているのではないか。いやそもそも、狂ってないやつなんて一人もいないのかもしれない。そうさ、みんな狂ってるんだ。


いつの間にか俺の周りには、十人ほどの子供らがわらわらと集まってきていた。

男子も女子も、みんな粗末な、ぺらぺらの夏服を着ている。

その中で一番年長な者でも、おそらく十五才にも、いってない。


こんな不気味な子供らとは、関わり合いたくもない。

こんな気味の悪いところにはもう一刻もおれない。

早く山をおりて忘れてしまおうと思って、俺は砂利道を引き返した。

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