3.

俺はびっくりした。

その子供は、まだ10才くらいだろうか。Tシャツに半ズボン、はだしにゴム草履、その垢抜けない格好はどう見ても、避暑に訪れた都会の子にはみえない。といって、だらしない、鼻を垂らした田舎の子、というわけでもない。髪の毛はきちんと櫛でとかし、綺麗に顔を洗っているようにみえる。

「君、地元の子?」

「うん。」

「君のうちはこの近所?」

「すぐそこさ。」

「さっき、男の人が、俺よりか少し年上くらいの人が一人、バイクでそっちに行かなかったか?」

「ううん。」

すれ違ったらわかるだろう。別の道から来たのか。

「君が住んでいるところには宿があるか?」

「宿?」

「旅館とかホテルとか。客を泊める商売をしている家は無いか。」

「そんなうち、無いよ。」

「旅行者が泊まれるようなところは?公民館とか児童館とか集会所とか。山小屋とか、避難所みたいな。」

「無い。」

「一番近い役場や小学校は?」

「あの山を越えればあるよ。」

まいったな。今からあの山を越えるくらいなら、引き返したほうがましだ。

「君のうちに泊めてもらうことはできるかな。」

男の子はしばらく黙っていて、それから言った。「僕一人では決められない。」

「そりゃそうだろうね。」

俺は迷った。

ここに泊めてもらうよう交渉してみるか。それともさっさと帰るか。


砂利道の奥から子供たちがバラバラと走ってきた。

「おーい。新次郎。何やってんだよ。」

「よそから人が来たんだ。」

「誰だい?」

「知らない人。」

「おじさん、何しにきたの?」女の子が尋ねた。

「ただ、通りすがったんだ。」

「お兄さん、旅行客なの?温泉町なら、この尾根を過ぎたところだよ。」

女の子は、砂利道のずっと向こうを指さした。

「この砂利道は、尾根を越えて、その向こうの温泉街に通じているのかい?」

「そうよ。」

「俺はあっちから来たんだけど、このままずっと、この道を行けば、先には何がある?」

「何もない。ずっと森。」

俺は再び迷った。俺のバイクがオフロードバイクだったらな。思い切って山道を抜けて、温泉に行くだろうが。山の中でバイクを壊して立ち往生しちゃどうにもならん。JAFを呼べるかもわからないし。

とりあえず、この近くの地図でも手に入らないかと思って、俺はバイクを郵便局跡にめて、子供らと一緒に、彼らの住む村へ行ってみることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る