2.

彼のバイクはオフロードバイク。モトクロス車のようながっちりした車体、両脇にサイドバッグを吊している。いかにも山岳写真家のプロ装備って感じだ。林道でもへっちゃらで踏破できるのだろう。

一方、俺のは普通の街乗りバイクだ。4スト単気筒400ccってだけが取り柄で、特別な装備は何も無い。荷物もボストンバッグに詰め込んで後部座席に縛り付けてるだけ。


杉だかひのきだかが植林された鬱蒼うっそうとした森を縫うようにワインディングロードを登っていく。対向車とも歩行者とも全然でくわさない。

GPSも誤差が大きすぎて役に立たない、グーグルマップでも自分のいる場所さえ不明。

要するに、この道は、国道でも県道でもない、ただ緑地保全のために森のど真ん中を通した林道なのだ。


登り切ったあと、くだりは雑木林になって、狭苦しい谷間に出た。空が少ししかみえない。

太陽が高く登った。

「腹ごしらえしよう。」男はそう言って、沢で釣りを始めた。

俺は特にやることもなかったので、石をひっくり返してサワガニを集めてみた。

男はサバイバルナイフで釣果ちょうかの小魚を一匹ずつ、腹を割いてはらわたを取りのぞいていく。うつろな目をした哀れな魚は、血を滴らせて絶命する。


男は、枯れ木をナイフで削って火口ほぐちを作り、ヤスリのような金属の棒をこすり合わせて火を付けた。

「すげえや。テレビで見た通りだ。」俺はなんだか、わくわくしてきた。旅に出た甲斐があった気がした。


それから、男は魚に塩を振り、串刺しにして焚き火であぶった。

サワガニは飯盒の中でしばらくガサゴソ暴れていたが、焼かれて静かになった。蓋の中でカニは赤く変色していた。

俺たちは二人で獲物を腹におさめ、ついでにパンをかじり、インスタントコーヒーを飲んだ。

そのあとさらに林道を行くと、やや視界が開けた、平らな土地に出た。


「ここかい?」

「ああ、ここのはずだ。」

赤茶けたさびまみれたバス停があって、文字はかすれて読めない。

その隣にあるのは、たぶんもとは郵便局だったのだろう。赤いポストが建物の前に立っている。

木の電信柱が腐って傾いて、電線が切れて垂れ下がっている。

「どうみても廃村だけど?昭和までは人がいたようにも見えるが。」

アスファルトの林道から一本、砂利道が分かれて奥へ延びている。林の中の集落へ続いているように思える。

「実に良い感じだ。廃村だか廃墟だか知らないが、こう、き込まれそうな良い絵面えづらじゃないか。廃墟マニアにはたまらんぜ。」男は早速、一眼レフを取り出して、パシャパシャ写真を撮り始めた。「こういうのを、インスタ映えって言うんだろ、今時の人は。」

「さあ。どうかな。売れるんですか、こんな写真が。」

「ああ。雑誌やブログに載せると、急に人が押しかけて、賑やかになったりするもんさ。」

「こんなところが?」

「紹介した俺も名が売れる。だがね、あんまり騒ぎになると地権者がゲートを作って封鎖したりしちまうんだ。」

彼はオフロードバイクのアクセルをふかした。

「奥まで行くのかい?よしてくれよ。俺のバイクじゃとてもじゃないが、舗装されてない道は走れない。」

「じゃあ、ここで待っててくれるか。何、すぐに戻ってくるから。」

「すぐってどのくらいさ。」

「ものの数分だよ。何があるか調べてくる。」

「やれやれ。」


俺は深く考えもせず、男を行かせた。

男は砂利道を走って、森の中へ消えていった。

それから十分たとうと、二十分たとうと、三十分たとうと、男は戻ってこなかった。

俺はいらいらしてきた。もう男を待たず引き返そうと思ったときに、砂利道の奥から、一人の男の子がこちらに歩いてきたんだ。

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