第14話 願わくは、桜の樹の下で

 神無月は、神様が出雲の国に集合して、土佐には居なくなるらしい。

長兵衛は、藩の御用補佐で、安芸に向かった。


五、六日は、帰れぬらしい・・。


 幸は、なにやら不安になり、頭が痛くなった。


長兵衛が、自分とお腹の子の大きな支えであることを

改めて感じた。


 夜中に寒くなって、ふと目覚め、中庭の桜の樹を、なにげなしに眺めていると

樹の根元のあたりに白いものが見える。

はて?今夜は、月も出ていないのに何が置いてあるのやら・・・。


それは、まるで、白装束の小柄な人間が、横たわっているように見えた。

なにやら見てはいけないものを見てしまったような気がして

それきり、桜の方は見ないように過ごした。


 翌日、庭に出てみて、樹の周りを見てみるに

何も変わったものはない。

自分は、一体何を見たのであろうか・・・。


 祖父から聞かされた話では、本町筋で倒れた高齢の女遍路が

坂本家で介抱され、薬石功無く亡くなったらしいが、中庭の桜の樹を見て

「出来れば桜の樹の下で死にたい」と洩らした事があったらしい。


 家内一同、総出で看病したが、そのまま亡くなり

身元不明のまま、無縁仏として、坂本家の山に埋葬したらしい。


 お遍路というものが、どういう者か、幼く、よくわからなかった幸は

それきりその話は、忘れていたが

長い年月の間にはそのような事もあったのだ・・・。

白装束に見えたのは、まさにお遍路の装束であったか・・・。


 出産を翌月に控えている身としては、余計なわずらわしさは

邪魔になる。

幸は、それきり桜の樹のことは、忘れるようにして

夜中に目覚めても、窓の外は、一切見ないようにした。


猫のチビが、幸の慰めとなった。

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