十三話 童貞を捧げる?

 極上の女――好きな女の子との初めてのセックス。

 なんとしてでも成功させたい。

 でも、性交までどう持っていけばいいの? 愚図な童貞の俺にはまるで分からなかった。

 華子がしおらしい声でつぶやく。


「快人はもう知ってるけど……私、処女なの……」

「俺も童貞だ!」


 二人ともハジメテ。

 これからのセックスは二人にとってかけがえのない思い出となるだろう。

 まさに理想どおりだ!

 だから、なんとしてでも成功させねばならない!

 どうする? どうすればうまくいくんだ?

 俺の焦りをよそに華子がささやく。


「……痛くしないでね、快人」

「う、うん、努力する」


 そこまで行くのにどうすればいいのかが分からないんだよ。

 ああ……だんだん考えるがメンドくさくなってきた。一方でひたすら高まる興奮を抑えきれないぃぃぃ。

 俺はもう考えるのをやめ、欲望のままに突っ走ることに決めた。

 まずはおっぱいだ!

 おっぱいを、この目で見る!

 華子のバスタオルに手をかけた俺は――


「ちょ、ちょっと、いきなりどうする気?」


 慌てたように華子がバスタオルをガードしてきた。正直な童貞たる俺は率直に答える。


「おっぱい……おっぱい見せて!」

「……まずおっぱいなの?」


 華子の表情が歪んだ気がするが、多分気のせい。俺はなおもバスタオルを剥がそうとする。

 

「大丈夫、Aカップなのはこの際妥協するから!」


 Aカップとはいえ、初めて見る同年代女子のおっぱいだ。俺の期待は否応なく高まる。

 急に華子の視線が冷たくなった。


「快人、あなたこれからなにがしたいの? おっぱいを見たいだけ?」


 その言葉に俺は手を止めてしまう。思いがけない質問に戸惑いながら答える。


「いや……俺は……童貞を、捧げたいんだ……」

「そうよね。じゃあ、その際の注意事項は、ちゃんと聞こえてた?」

「その際の注意事項?」


 とっさに思い浮ばず首を傾げる俺。

 華子が低い声で言った。



 鈍感な童貞の俺は、ようやくマズい空気を感じ取った。おずおずと手を引っ込める。


「……努力は、するよ?」

「ダメ、痛くしたら一生恨み続ける」


 華子の視線がどんどん冷え込んでいく。

 一生? 一生恨むの? タチの悪い華子が?


「で、でも……俺童貞だし……」

「私、痛いのは絶対にイヤだから」


 固い意志を感じさせる氷点下の視線。

 華子の言ってることは無茶なように思えた。


「で、でも……華子は処女でしょ? 女の子の初体験って痛いものじゃないの?」

「そうね、個人差が大きくって、中には全然痛くない場合もあるそうよ。でも基本、すっごい痛いようね」


 俺の中に焦りが広がっていく。

 やっぱり……普通は痛いんだよね?

 い、いや、全然痛くない場合もあるって言ってる。一縷いちるの望みに賭けて聞いてみよう。


「……華子はどうなの?」

「そんなのしてみないと分からないわ。……でも」


 華子の視線がツララみたいに鋭くなった。


「痛くしたら、一生恨む」

「ええ……? でも俺、童貞だし……そんな痛くしないテクなんて……」


 そもそも痛くしないテクなんてのが存在するのかすら分からない。


「ダメ、痛くしたら、一生恨む。絶対に、許さない」

「ど、ど、どうすれば?」


 俺はみっともなくうろたえてしまう。

 すぐ目の前にあるはずのセックス。そいつになかなか手が届かない。

 華子の視線が優しいものになった。まるで菩薩のよう。


「痛くしなければいいだけの話よ」

「ム、ムリですぅぅぅ」


 情けない声が出てしまった。

 俺はしょせん妄想ばかりの童貞なのだ。テクなんてものにはまるで自信がない。

 当たり前じゃん、相手もいないのにどうやって腕を磨くのさ!


「……じゃあ、やめとく?」

「え?」


 華子の言葉に耳を疑う。

 今、一番聞きたくないセリフだよ、それ?


「今日のところはやめとこうか?」

「え……でも……」


 童貞……捧げたいん……ですけど……。今さらやめとくなんて、そんなぁ……。

 俺は今にも凍死しそうになった。


「でも、快人の息子さんは役に立ちそうもないわ」


 言われて股間を見てみると、確かに一物はションボリと萎えていた。

 処女を痛くさせないセックス。

 そんな難易度最上級の要求に愚息はすっかり怯えてしまっている。

 その事実がいっそう俺を落ち込ませた。


「うう……」

「じゃあ、今日はやめとくということで」

「う、うん……」


 童貞を捧げるという大目標がこんな形で失敗するなんて。

 華子も期待してたかもしれない。失望させてしまったろうな。

 俺が童貞なばっかりに……童貞なばっかりに……。

 ひたすら気分が沈んでしまう。

 しかし華子は俺に向かって満開の笑顔を見せてきた。


「はーい、ざーんねーん!」


 いきなり自分のバスタオルを剥ぎ取る。

 その下には眩しい裸身が……。

 って!

 チューブトップに短パン!


「だ、騙したな、華子!」

「人聞きが悪いわね。私はちゃ~んとセックスする気でいたわよ?」

「で、でも下にそんなの着てて……」

「バスタオルの下は裸って、誰が決めたの? 勝手に決め付けないで」

「ええ~~~!」


 俺は恨みがましく批難の声を挙げる。そんなの屁理屈ですらないよ。


「い、いや、そんな目で見ないでよ。バスタオル一枚なんて勇気が……童貞相手には危険すぎたのよ。実際、ムードもへったくれもなくバスタオル引っぺがそうとしたじゃない。おっぱい見たさにね!」

「そうだけどさ~~~」


 ムード? ムードが必要だったの? だったそう言ってくれよ~~~!


「それと言っておくことがあるわ」

「え、なに?」

「私たちはまだお付き合いが続いてるの」

「う、うん……」

「浮気とかぜっっったいに、許さないからね?」


 絶対零度の視線で華子が俺をにらみ付ける。


「わ、分かってるよ……」


 華子は、男は裏切る生き物だと常に疑っている。言われなくても華子を裏切るなんてあり得ない。

 あれ? ということは?


「……俺ってずっと童貞?」


 あまりにも恐ろしい境遇に身体が震えて止まらない。ようやく脱却できるつもりだっただけに、いっそう心身に堪えた。

 華子が慈愛の込められた声で応える。


「私を痛くしないセックスをすればいいだけじゃない」

「で、でも……練習もなしにそんなの……」

「他の女で練習なんて、絶対に許さないから」


 また絶対零度。

 練習は必要だって!

 いや……練習相手の心当たりなんてないけどさ。


「ふ、風俗は?」

「そんな汚らわしいの、許す訳ないでしょ?」


 風俗を利用するのは童貞としての敗北を意味する。しかし切羽詰まった時の最終手段として常に視界にはあった。

 ……それもダメなの?


「ぶ、ぶっつけ本番で、処女を痛くしないすごいテクを駆使するの?」

「そうよ。あんたが童貞を捨てるにはそれしかないわ」

「ムリですぅぅぅ!」

「じゃあ、一生童貞ね」


 俺の肩に手を置いて軽やかに微笑む華子。

 ええええええ!

 そんなの……そんなの、あんまりだ……。今日まであれこれ苦労してきたのに、全部意味なし?

 い、いや……せめて……せめて……。


「華子!」

「な、なによ」


 華子が俺の気迫にたじろぐ。

 俺はどうしてもこのままでは収まらない。今ここで叶えたい願いを華子に届けねば。

 俺は華子に向かって両手を合わせる。そして想いよ届けとばかりに叫ぶ。


「せめておっぱい見せてっ!」


 華子は無言。

 大きく右手を後ろへやった。


「クタバレ、サイテーヤロー!」


 滅殺のビンタ。


「ぎゃふっ!」


 ベッドから転げ落ちる俺。


「おっぱいおっぱいって! あんた、結局は性欲なんじゃないの!」

「で、でも、せめておっぱい……」


 四つん這いで情けなく半泣きになる俺。

 と、華子が床の上に両膝をついた。俺の両頬に手を添える。


「今は、これで我慢なさい」


 そう言って――優しく唇を重ねてきた。

 ……思っていたより柔らかくはない。

 でも、思っていた以上に胸がときめいた。

 今まさに二人はつながっている。そう感じた。

 愚鈍な童貞たる俺がこんな感覚にとらわれるなんて。

 華子の顔が離れる。


「二人とも、ファーストキスね」


 ちょっと首を傾げて照れたみたいに笑いかけてくる。その顔は耳まで赤い。

 今、華子の方から甘いキスをしてきた。

 それって、つまり……?


「華子って……俺のこと、好きだったりする?」

「この私が、快人を好きなんてあり得ないわ」


 そう言って、華子は親しげな笑みを見せてきた。純朴な童貞たる俺にはこの子の本心なんて分からない。

 ……神在華子はとんでもなくメンドくさい女の子だ。俺はこれからも振り回され続けるだろう。

 それでもいいと思った。

 今みたいに胸が温かくなる視線で見つめてくれるなら。

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神在華子は童貞を目で殺す いなばー @inaber

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