十二話 バスタオルを巻いた彼女

 結局なんだったんだ? とにかく命拾いをしただけよかったのだろうか?

 もやもやしながら次の日を迎える俺。

 とぼとぼと登校していたら、ふいに横から誰かがぶつかってきた。

 ふわ……この腰が抜けそうな匂いは……。


「おはよ、快人」


 にこにこ顔の華子だ。


「お、おおおおはよう、華子」


 いきなりの急接近に声が上ずる純真な童貞の俺。

 今日の華子は髪を下ろして左のもみあげだけ三つ編みにしていた。くっついたまま俺の腕に自分の手を絡めてくる。

 えっ! 極上の女が自分から腕を組んできた?

 直に……直に、腕同士が接してるんですが! すっべすべで! やわらかで! 甘ったるい匂いがして!

 今すぐ昇天しそう……。

 華子が親しげに話かけてきた。


「昨日はありがとう。快人のおかげで、お母さんは話を聞いてくれる気になったわ」

「え? あれでよかったの?」

「うん。お母さん、何度も愚痴ってたわよ。童貞ごときに『萎える』なんて言われたのがよっぽど堪えたみたいね」

「そ、そうなんだ……?」


 助かった?

 ……いや、とんでもない恨みを買ったのかもしれない。しばらく会いたくないな……。


「昨日はすっごい疲れた~。お母さんとずっと話し込んで、お祖母様の家で夕食。私ら二人、お祖母様にかなり叱られちゃったわ」


 華子が頭を俺の肩に載せてくる。艶々の髪が俺の顔に。

 ふわあああ!

 あ、甘えてくる極上の女ですと! たまらん……これはたまらん……。

 あ、これはこれとして……。


「それで……実加子さんには気持ちが届いた?」


 華子が俺の肩から頭を離す。そして思案するような顔を向けてきた。

 こういう顔もいちいちかわいい。


「届けたつもりではいるけど、あの人はメンドくさい人だからねぇ……。まだまだ油断ならないと思ってるわ」

「大変そうだ?」

「ええ~? 他人事っぽいなぁ。これからも二人してお母さんに立ち向かうのよ?」


 華子がじとーっと俺を見つめた。


「や、やっぱ、そうなるよねぇ……」


 また実加子さんににらまれたり?

 あの人の迫力はハンパじゃないからなぁ。今度こそ命がヤバいことになりそうだ……。


「あはは! 快人ってば、すっごい情けない顔してる!」


 華子が口を大きく開けて笑いかけてくる。

 俺は思わずどきりと胸が高鳴った。

 久し振りに見た――ずっと見たかった、華子の無防備な笑顔。


「ほーら、しゃんとなさい? 頼りにしてるんだからねっ!」


 華子が俺に身体を押し付ける。ふいを打たれて俺はよろめいてしまう。

 ……華子のこの態度。

 結構、俺に心を許してくれている?

 だとしたらもっと信頼を勝ち取ろう。俺の命なんていくらでも削ってやる。


「分かったって、任せといてよ」

「お、いい返事。じゃあ、まずは私の引っ越しを手伝いなさい?」

「……引っ越し?」

「実家に戻るのよ。台車はゲンちゃんから借りるから、荷物を運ぶように」

「は、はい……」


 ……俺、非力な帰宅部の童貞なんだけどね?




 華子の荷物は予想以上に多かった。

 一回家を出た後も、実加子さんがいない隙に何度も荷物を取りに戻っていたらしい。それを何往復もしながら運ぶ俺。

 華子は自転車以外はなにも運ぼうとしなかった。

 ……はぁはぁ、やっと終わったぞ。


「ちんたらちんたら、ホント、情けない童貞よね?」


 いつの間にか、華子は再び俺を童貞と罵るようになっていた。

 ……自分だって処女のくせに。

 ふたり、華子のベッドに並んで腰かける。俺はもう立ち上がる気力すらない。ペットボトルのスポーツドリンクをあおる。


「さて、と」


 華子が改まったように言う。


「ん? どうしたの?」

「私は結婚詐欺をでっち上げて、お母さんをヘコます気でいたわ」

「うん」

「でも本当は、お母さんのことを心配してたの。また男に裏切られるんじゃないかって。その気持ちを素直に伝えられなくて、メンドくさい企みをしていた」

「……うん」

「今でも私は、男は裏切る生き物だって思ってるわ。浜口行道も裏切るかもって疑ってる」

「いや……」


 華子が手を上げて俺を遮る。


「私はお母さんに自分の想いを伝えた。お母さんのことを心配してるんだって」

「……うん、頑張ったよね」

「後はお母さんの選択に任せるつもりよ。私の想いを知ってなお、浜口行道と結婚するなら仕方ないって思うことにする」

「……そうなんだ」

「本当に伝えたいことを伝えて、私の中にあったもやもやはもう消えた。今回の快人を巻き込んだ騒動は、私の中ではケリが付いたわ」

「そっか、よかった」

「つまり、全部が終わったの」

「うん」

「んん? 分かってないわね?」


 華子が眉間にしわを寄せる。

 え、どういうこと? またなにかミスってるの?

 焦っておたおたしてしまう俺。

 華子が言う。


「全部が終わったら、快人の童貞をおいしくいただくって話だったでしょ?」

「えっ!」


 俺は思わず立ち上がる。

 そうだ! そうだよ! 全部が終わったら、華子に童貞を捧げるんじゃないか!

 俺は上ずった声で聞く。


「いいの? 童貞を捧げさせてくれるの?」

「だって約束じゃない。私は約束を守る女よ?」

「華子ぉぉぉ!」


 華子の両肩を掴んで押し倒しにかかる俺。


「ちょっと待ちなさい! 待ちなさいって!」


 足で俺の腹を押して食い止める華子。


「な、なんで? 童貞……」

「こんな汗まみれでハジメテのセックスなんてあり得ないでしょうがっ!」


 華子が鉄をも切断するバーナーの炎みたいな視線を向けてくる。


「……でも、どうせ汗まみれになるんだし」

「ダメ! ちゃんとシャワーしてきなさいっ!」

「……わ、分かったよ」


 そしてシャワーを借りることに。

 ……つ、ついに……ついに、極上の女に童貞を捧げられる! しかも俺は華子のことが好きなんだ。

 好きな女子に童貞を捧げるだって?

 なんてこった!

 前みたいな捨て鉢なセックスじゃないぞ。今回は華子も前向きな気持ちでいてくれている。愛のあるセックスと言っても過言ではないだろう。

 華子と、ちゃんと愛し合えるんだ!

 かつてないほど隆起する我が息子。

 い、いや、ここで発射するわけには。少なくとも三回はしたいし。

 発射しないよう慎重に慎重に、一物を磨いていく。

 華子に言われたとおりバスタオルを腰に巻いて華子の部屋へ戻る。

 俺を見た途端、華子は目を見開いた。すぐに視線を上の方へやる。

 どうした?

 上ずった声で華子が言う。


「ス、スゴいのが露出してるわ、快人……」

「え? ああ……別にいいじゃん、どうせすぐ……」

「隠して! 直前まで恥じらってっ!」


 注文の多い女だな。これだから処女は……。

 とにかくコニチハしてた息子をバスタオルで隠す。


「丁寧に梱包いたしました」

「じゃ、じゃあ、次は私ね。待ってるように」


 俺の股間は決して見ないようにしながら、華子が出ていく。

 ふあああああ! 極上の女が俺のために身体を洗ってくれる!

 その事実だけでご飯が三杯はいけるぞ!

 い、いや、落ち着け、俺。ヘタに焦ってはダメだ。

 あくまで紳士的にリードしながら、中に発射するんだ!

 ……まぁ、コンドームは付けさせられるんだろうけど。

 いや……うまく流れを作れば、生で? どうだろ? ヘタに反発されて全部がおじゃんになったら元も子もない。

 でも、生がいいなぁ……。

 そうこうしてる間に華子が戻ってくる。ピンク色のバスタオルを身体に巻いていた。

 ちょこんと俺の隣に座る。

 はぁ……はぁ……はぁ……。

 いよいよ……いよいよだ……。

 …………あれ?

 ここからどうセックスに持っていけばいいんだろ?

 いきなり押し倒していいのかな? それとも甘くキスから? そんなのまどろっこしいんだけど。

 ……セックスの始め方?

 予想もしてなかった困難を前にして途方にくれる俺。


「快人……」


 横を見ると潤んだ瞳で華子が俺を見つめていた。


「は、華子!」


 衝動のおもむくままに華子の華奢な両肩に手を置く。しっとりとした肌から華子の体温が確かに伝わってくる。

 好きな女の子に触れて昂ぶった俺は――どうすればいいの?

 

「優しくしてね、快人……」

「う、うん、頑張る!」


 ……やっぱりキスなのかな? 優しくしてっていうことは……押し倒すのはマズい?

 ……誰か教えて?

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