第11話名前

名前は春と言った

 戦争で死んだ兄は琴、どう考えても男の名前ではない

父親は母の名前をそのまま付けたのだ


母は芸者で自分たちをおいていった


 何もかもが乱暴で思慮がないそんな暮らしが続き

様々な苦しみに慣れてしまった


 兄は優しかったがもういない、何かにすがろうとするとそれはすり抜けてしまう

そういう厄災がいつも自分にはついて回ったと春は言う


「それであなたは」そのさきの言葉は大きな目で語られる

(僕をどうしたいの、殺すの、助けるの?)


その目には感情がないが痛々しく美しい

真は関心を引こうとして正直に自分の生い立ちを話す

春の眼に初めて興味が現れるのを見る

 真は始終穏やかな情熱をもって正直に話す

初めて二人の間に共犯的な関係が生まれたように思う

 それから自分は殺さないし傷つけない嘘もつかない

春の目が不思議そうに自分を見る

 「自分は望んだことがない、君もそうだろう」

「意味が分からない」

「俺もわからなかった、こんなことは初めてだ」

自分をここへ連れてきたことを言っていると

春はさとる

 真のしゃべり方は分かりにくかった

しゃべることに慣れていないのかもしれないと思う

今もわからない衝動の意味を真は問う

 「あの、屋敷はなんなんだ」

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