私は気づく。とても大切な想いに

 君は動かなくなった。まるで糸が切れた操り人形のように動かない。

 昨日の今頃は一緒に歩いていたのに。

 昨日の今頃は一緒に喋っていたのに。

 不思議だった。不思議で仕方なかった。

 胸からは、あの時見たような赤い液体が出ていた。あの事故の頃は分からなかったが、今なら分かる。これは血液だ。

 それが私の手や服を染めていく。元の色が分からなくなるくらいだった。

 そして、君の身体は冷たくなっていた。

 君は死んだ。

 私が殺した。

 頼まれたから君を殺した。

 頼まれたから私が刺した。

 君は最後に笑った。

 それは私が初めて見た、君の笑顔だった。どこか大人びいている時とは違って、無邪気な子供の笑顔だった。私の頭には、それがこびりついて取れなくなっていた。

 私はこの旅の途中で一人取り残された。君と一緒にゴールまで行くと、勝手に思っていた。けれど、それはけして叶うことのない願いだった。

 私もここで死んでいいのだ。それが良い選択だ。もう生きる目的なんてないから。旅をする人が死に、ゴールに行く意味が無くなったから。

 けれど、ゴールに行かないと後悔する気がする。それは君と旅をできたから思ったことかもしれない。それとも、ただ単に見たいという好奇心からかもしれない。

 今はいまさらそんなこと関係ない。けれど、私は行くしかないのだ。ゴールに行く意味が無くなったとしても、ゴールに行って、君の代わりにゴールを見る義務があるのだ。

 私は歩きだした。もう動かない君を担ぎながらも、一歩一歩丁寧に歩いていった。まだ暖かい血は身体から流れていた。

 私の手や服はもう元の色が分からないくらいに真っ赤になっていた。だが、そこまで気になりはしなかった。むしろ安心感があった。この血の鮮やかな色で君が生きているかのように錯覚できるからだ。

 死体を担いで血まみれの私。こんな私を知らない人が見たらどんな反応をするのだろう。少し気になったりもした。

 私は君に助けてもらった。

 私の代わりに怒ってくれた。

 私の昔話をしっかりと聞いてくれた。

 私と旅をしてくれた。

 きっと君にとってはごく普通のことだと思うけど、それでも私は凄く助かった。凄く嬉しかった。

 君はいつの間にか私の中で大きな存在なっていた。


「やっと着いた……ここが、ゴール…」


 目の前にはたくさんの向日葵が広がっていた。まるで黄色の絨毯のようだった。綺麗だった。その言葉が一番正しくて、一番ふさわしいと思う。

 私が君と着くはずだったゴール。

 私と君で一緒に死ぬはずだったゴール。

 実は私、ずっと前に一回だけ来たことがあった。だから、ここを知っていた。右にはお母さん。左にはお父さん。二人に挟まれて同じこの光景を見ていたのだ。今回は一人になってしまったが。

 君と見れたらどうだったのだろうか。

 他にも思うことがあったのだろうか。

 それも今では分からないことだ。

 太陽が輝いている右上。そこを見ている向日葵たち。そこを分けながら私は歩いていく。しっかりと君を担ぎながら歩いていく。途中転びそうになるけどそんなこと関係ない。

 やがて一番大きい向日葵にたどり着いた。私と同じくらいの高さだった。そんな向日葵に君を立てかける。そして、私もその横に座る。


「ここがゴールなんだよ」

「……」

「綺麗でしょ」

「そういえば…君って私の名前知ったくせに自分の名前は教えてくれないんだね」

「……」

「卑怯だよ。私にもちゃんと名前教えてよ…」

「……」

「………ばか」


 もちろん君は返事なんてしてくれない。それでも私はしばらく話しかけていた。そうしているとまだ君がいるような気持ちになれて、不思議と胸が五月蝿くなった。

トクン──。

 昨日から想っているこの気持ち。なんとなく今ならこの正体が分かる気がする。

 これは私とは無縁だと思っていた感情。

 一生想うことがないと思っていた感情。

 私はきっと君に、恋をしていたんだ。

 好きになっていたんだ。

 恋をしていたから、この気持ちがあるのだ。

 自然と涙が溢れていた。それは地面の色を変えていく。やっと気づけたこの想い。けれど、それは君に伝えることができない。私は気づくのが遅すぎたんだ。

 私は死ぬために旅をしていた。このおかしな世界からいなくなるために旅をしていた。そんな旅のゴールにたどり着いたら私はどうするのか。そんなこと、決まっていた。

 ナイフを手にする。

 私は今から死ぬのだ。

 苦しみから解放されるために。

 また君に逢うために。

 君に気持ちを伝えるために。

 私は死ぬのだ。

 ナイフを構える。そして、私の胸に力強く刺した。血液が辺りに飛び散った。不思議と痛みは感じなかった。それとも感じれなかったのか。どちらかは分からない。

 徐々に意識が薄れていく。

 そんな時、思うことはただ一つだけ。

 私にとって大切なことだ。

 とても大切で、とても大事なこと。

 それは──








「私は……君の、こと…が、好き……でした」

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