16話 生きた証はどこにいく─透

「やっと服乾いてきた。ベタベタになっちゃったけど」

「確かにね。けど、今日も天気が良くてほんとよかったよ。僕達って天気には恵まれてるみたいだね」

「そうだけど……ベタベタは取れないよ」

「君から遊ぼうって言ってきたんだから、そんな文句言っちゃダメだよ。自業自得なんだから」

「うぅ……言い返す言葉がない。…けど!楽しかったからいいでしょっ」


 あれからしばらく海で遊んでいた。

 彼女はバシャと音をたてながら海に走っていった。ギリギリ膝下のところまで行ったものだから、透は驚いていた。そこまで行くとは思っていなかったからだ。

 少し距離をとってそんな彼女を見ていると、水をかけてられた。全体がびしょ濡れ状態になった透も、それに応戦するかのように水をかけていた。

 そのため二人の服はずぶ濡れ状態になっていた。ただ、幸なことに今日は晴れていた。しばらくすると乾いてきていた。

 そんな二人は夏の道を歩く。

 周りには緑色の田んぼが広がっていた。家は片手で数えれるほどしかなく、殆どが緑色だ。

 空には雲一つなくて太陽が見えていた。見ていると、さらに暑さを感じる気がしていた。


「あそこ見てみて。すごいカラスいるよ」


 歩いているとたくさんのカラスがいた。その数は今まで見たことのないくらい。そこだけ夜になっているようだった。


「ほんとだ。なんかあるのかな?」

「ねぇ君、行ってみようよ」


 彼女にそう言われてそこに向かう。カラスは飛んでいき、そこにあった物が初めて見えた。

 呆然とした。そこから目を逸らしたくなった。そして、言葉も出なかった。


「……」

「……」


 子猫がいたのだ。真っ白な毛が赤色に汚れていたのだ。そして、ところどころにカラスに突かれて赤色が見えていた。

 手で触るが子猫は冷たかった。

 死んでることが分かった。


「ねぇ、埋葬してあげよう。このままじゃ可哀想だよ」


 すると彼女がこの沈黙を破った。


「いいけど……掘るものないよ」

「これ」


 彼女はウエストポーチからあるモノを取り出していた。それは鋭くて、銀色に輝いていて、太陽を反射させていた。そして、これを刺せば死ぬことができるモノだった。


「これって……」

「うん、ナイフだよ。廃ビルで自殺するために持ってきてたやつ。これで穴は掘れるよ。少し掘りにくいけど」

「……じゃあ、それは僕がやるよ。君はそうだな……花でも探してきて」

「分かった」


 ナイフを受け取った。それは、とても軽かった。

 透はナイフで地面を掘っていく。スコップのように一気にたくさんは掘れないが、手よりは効率がいい。

 確かに穴を大きくしていく。どんどん大きくなっていく。手は土で汚れていった。やがて、子猫が入れるくらいの穴になった。

 子猫を持って穴に入れる。手には血がついていた。まるで、自分自身を埋めているような感覚があった。そして、自分が死んだ時のことを考えてしまった。

 透は白明病のため、いつ死ぬか分からない。だから死については考えているつもりだった。けれど、それはまだまだだった。この子猫を見て、そう思った。


「死ぬってこうゆうことなのかな……」


 透はそう呟いたが、それは誰にも聞こえなかった。

 言った本人にしか聞こえてなかった。

 莉子が戻ってきてから埋葬をした。終始二人はなにも喋らなかった。ただ、黙々としていただけだった。

 穴を埋めて、花を置いて、手を合わせて。それが終わってもすぐには動かなかった。動けなかったと表現するのが正しいかもしれない。

 数分してから莉子が一言、ポツンと喋った。


「まだあんにも小さかったのに……」

「そうだね。………けど、この子猫は最後に幸せなことがあったよ」

「幸せなこと?」

「ほら、生きてた証は残せたでしょ」

「証?」

「うん、僕達に見つけられたことで生きてたってことが分かったでしょ。それって証だと思うんだ。この世界に残せる生き物と、残せない生き物がいるけどね」

「そっか………私達って残せるのかな…」


 そう言った彼女の声は消えてしまいそうだった。″残せるのかな″というたった一言。それが透の頭の中をぐるぐる廻る。

 生きた証。

 それを残せるか残せないか。

 透は残せると思っている。透は彼女に、彼女は透に、お互いに残せると思う。だから、そのことをしっかりと彼女に言う。


「………お互いの心には残るんじゃない」

「うん……」


 そう言った彼女は、どこか安心しているようだった。

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